第16話:アーニャの行方
「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」
額に玉のような汗が浮かぶ中、私は迷宮都市ラヴァンダのスラム街を走り抜けていた。
「いたぞ、こっちだ! 追え!」
「あのアーニャという女が、例の計画の機密情報を握っている。なんとしても捕らええて始末するんだ!」
「くっ……もう見つかったの……!」
私は悪態をつきながら、逃げ足をさらに前に出した。
私は今、悪臭漂うスラム街の中、大手クラン『ストレミーア』の人間に追われていた。
私が手に持つ、機密情報を追って。
おそらく世間的には、『アーニャがクランの金貨を奪って逃げた』、という了見になっているのだろうが、事実は違う。
奪って逃げたのは、金貨ではなくアカデミーと言う人体実験場の機密情報だ。
私が手に持つ羊皮紙の書類の中には、大手クランやマフィアが交わした証書や、金貨の使用用途、人体実験の手順が記された書類だった。
この情報が世間に流出すれば、クラン『ストレミーア』はおろか、マフィアや国へも大打撃となる。
だから彼らは私をなんとかして捕まえようと、このスラム街で執拗に追いかけてきている。
汚物が地面に撒き散らされているスラム街の中を、私は息絶え絶えになりながらも、臓腑を絞り上げるようにして懸命に逃げ足を前に出した。
「囲め! 魔法を使って逃げ場所を誘導させるんだ!」
「空間魔法で無限回廊に閉じ込めろ! アーニャだけはなんとしても生きて逃すわけにはいかないんだ」
「分かった。やってみる」
チッ……。
私は再び舌打ちする。
スラム街一帯に空間魔法を張られたら、前衛火力職である私には、脱出する術がない。
私は近くの廃墟の壁に脚をかけ、【アビリティ】によって補正されたジャンプ力で、空高く跳躍した。
「あっ! いたぞ、あそこだ!」
『ストレミーア』の追手の視線が集まる中、私はスラム街に並ぶ住居の屋上へと躍り出る。
上空に逃げれば、無限回廊に閉じ込められる危険性は少なくなる。
「あの銀髪の女がアーニャだ!」
「逃がすな!」
私はそのまま天井伝いに屋根から屋根へと跳び走っていき、死に物狂いで逃げた。
下のほうから『ストレミーア』の追手たちの悔しそうな声が追いすがってきたが、私はそれを無視して高速で屋根の上を飛び移っていく。
私は、ここで捕まるわけにはいかない。
この計画を白日の下に晒して、なんとしても悪の組織に正義の鉄柱を下さなければ……!
その一心で、私はスラム街の屋根を駆け続けた。
◇ ◆
「はぁ……はぁ……ふぅ」
私はスラム街を必死の思いで逃げ続け、なんとか『ストレミーア』の追手を撒くことに成功していた。
今は廃屋の中に身を隠している。
探知魔法から逃げるスキルも発動しているし、しばらくはここにいれば安全のはずだ。
「はぁ……疲れた……」
一息ついて、私は悪臭のする廃屋の中の床に座り込む。
必死になって逃げ走っていたから、布の服の下はもう汗でぐっしょりだった。
下着は大量の汗を吸っていて、冷たく濡れていて気持ち悪かった。
おおよそ、人前に出られる状態ではない。
「はは……。こんなところ、イシカには見せられないや」
私は自嘲する。
今や離れ離れになってしまった男の名を思い浮かべた。
イシカ。
かつてエミンズの街で、彼の16歳の誕生日を祝った日のことを思う。
あの時のイシカの嬉しそうな顔と、アーニャに向けられたほっとした表情を、私は忘れたことはない。
「イシカ……何も言わなくて、ごめんね。
でも、私は必ず戻るから。
今は、孤児たちのために、このアカデミー計画を潰さなければならないの」
私は廃屋の中、立ち上がる。
行こう。
アカデミーの計画を潰すために、私が得た協力者の元へ。
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