鰹陀の目的
それからは、あまりにも一方的な展開だった。
あれほどの猛威を振るっていた異形達や狂気の軍勢が、成す術もなく鰹陀によって蹂躙されるのに、大して時間はかからなかった。
魔物や機械兵達は原型をとどめないほどに惨たらしく、見えざる衝撃ですり潰されていた。
アルクラの凶徒達はもとが人間だからか、辛うじて命を奪われていないようだが……全員大怪我を負っている事は間違いないだろう。
そんな彼らを睥睨しながら、つまらなさそうに鰹陀は告げる。
「流石に、彼らが“大人”という存在とはいえ、正気もなく操られていた状態の相手の命を一方的に奪うのは、それはそれで卑劣な行為だからね。……彼ら彼女らには、憐れな被害者要素なんてものは微塵も持つことなく、愚昧な罪人として無様にその人生を終えて欲しいんだ」
これまでのつかみどころのなかった表情と言動から一転し、隠しようのないほどの“大人”という存在への敵意が、鰹陀からは感じられた。
そんな彼に気圧されつつも、森崎が訊ねる。
「……結局、アンタは一体何なの?多分、アタシを殺すつもりがないってのはなんとなく分かるけど、何をしたいのかが分かんないままだし……はっきり言うと、今のカッツ―からは三段目でアタシ――いや、違うか。タケマサ達を先へ行かせるために足止めを引き受けたときのような、真剣さとか必死さってのを全く感じらんない」
本来“五人囃子”が実力を発揮できる三段目から離れている上に、唯一の武器である小鼓を失っているにも関わらず、二段目でそれ以上の猛威ともいえる桁違いの能力を振るっているなど、鰹陀 慎太郎という青年だけが“トリニティ能力者”としての枠組みをあまりにも逸脱し過ぎている。
だがそれよりも、今の森崎にとっては鰹陀の強さ以上に、彼の真意がつかめない事のほうが恐ろしかった。
この作戦を邪魔するつもりなら、今自分の目の前で見せたこれほどの圧倒的な力を最初から用いていれば、“内裏雛”である正剛と菊池など容易く瞬殺出来ていたに違いない。
逆に作戦を成功するために動いていたというのなら、多少自分達に怪しまれたとしても、ともに行動して最上段を目指した方がよほどスムーズに物事が動いていたはずだ。
少なくとも、自分達から離れて押し寄せる凶徒達の相手を引き受ける必要性というものが感じられない。
どちらの立場で動いていたとしても、彼の行動はあまりにも回りくどすぎるようにしか、森崎には思えなかった。
そんな彼女の問いに対して、鰹陀がにこやかに答える。
「理由はいくつかあるけれど……君の言う通り、僕が押し寄せてきた凶徒の相手を引き受けたのは、この作戦の裏切り者だった君がどのような選択をするのか見定めるためだった」
――やはり、鰹陀は自分の動きに最初から気づいていた。
その事に対して、不思議と驚きはなかった。
彼なら、それを見抜いていてもおかしくないという理屈にならない納得をするのと同時に、この鰹陀 慎太郎という青年にとっては、あの決死ともいえる足止め志願も、ただ単に自分を油断させて尻尾を掴むための手段に過ぎなかったのか……と、森崎は戦慄する。
そんな彼女を安堵させるかのように微笑みながら、鰹陀が発言を続ける。
「あの場で森崎さんが本当に野村君の命を奪おうとしていたら、例え距離が離れていようとも僕の“音”で君の命を瞬時に刈り取るつもりだった。……だけど君は途中で自身の行いを悔い改め、あの二人を先に行かせるために今度は自身が犠牲になってでも、迫りくる敵を食い止めようと決断した。……その様子が“聞こえて”きたのと同時に、上から君が使用していた“長柄銚子”の武器が落下してきたから、それを拾ってさっさと上の段へと引き上げることにしたんだ」
それに、と鰹陀は呟く。
「――アルクラの凶徒達の狙いは、この僕だったからね。……僕一人だけなら、コイツ等がどれだけ攻めてきたところで確実に生き残れるけど、あれほどの暴徒の襲撃を前に、野村君を巻き込むことなく守り切るという自信は流石になかった。……だから、安全に彼に最上段に向かってもらう面から考えても、アルクラの狙いである僕がしんがりを務めるのが、やはりあの場での最適解に違いないんだよ」
……凶徒達――もっと言えば、そんな彼らを操っている“アルクラ”の狙いが、この作戦の要である正剛やカスミでもなく、鰹陀ただ一人?
そんな彼の発言を受けながら、森崎は内心で熟考する。
だとするなら、凶徒達がこの二段目にやってきたのは、最上段を目指していたからではなく、ここへ退避してきた鰹陀を追うため、魔物や機械兵達を襲撃したのはそのついで……という事だろうか。
ここで起きた出来事についての納得は出来た。
だが、それを知ったからこそ――なおさら、現在の彼の行動が分からない。
「アンタが三段目で足止めを引き受けた理由は分かった。――けど、だったら何で最上段を目指さずに、こうしてアタシを相手に懇切丁寧に説明してくれるワケ?……なんていうか、今のカッツ―はアタシを納得させるために説明している、っていうよりも、暇つぶしの雑談くらいで喋っているように見える」
三段目で敵の進行を食い止めるのをやめて、さっさとここに退避してきた鰹陀。
にも関わらず、鰹陀は作戦の目標にして、“内裏雛”の二人が到着しているであろう最上段に向けて急ぐでもなく、こうして敵の姿が見えなくなった戦場で森崎との会話に興じている。
森崎からしてみれば、こんなものは自分への理解を求める誠意などではなく、単なる彼の暇つぶしに付き合わされているようにしか思えなかった。(無論、そんなはずなどないという事は理性では理解しているが)
そのように森崎が露骨に警戒心を剥き出しにしているにも関わらず、鰹陀はただ一言、「これは手厳しいね!」と言いながら笑い始める。
馬鹿にしている、というよりかは、『いきなり図星を突かれたことが、却って面白かった』といった様子の反応だったが、ひとしきり笑ったあと、彼は真面目な顔つきで最上段の方へと視線を向ける。
「そうだね……端的に言うと、僕が待っていたのは、『森崎さんだけじゃない』って事かな」
「……待っていたのは、アタシの裏切りだけじゃない?――ッ!それって、どういう……!?」
森崎が発言の真意を問いただそうとした――その瞬間、
ズシィ……ッン!!
先ほど同様に、いくつもの人影が彼女の視界に映ったかと思うと、盛大な着地音を響かせながら、新手のアルクラの凶徒達が姿を現す。
その数、およそ十名。
彼らは皆、森崎や鰹陀と同年代くらいと思われる少年少女達であった。
そして、そんな凶徒達の顔を見ながら、森崎はある事を思い出そうとしていた。
――“糺”本拠地の会議室に自分達が集められた時の事。
そこに映し出された凄惨な映像は、これから先に何があったとしても、決して忘れる事など出来はしないだろう。
『ま、まさか、こんにゃくはそのまま食べるだけじゃなくて、ルアーとして魚釣りにも使用出来るだなんて!?……クソッ!これじゃ、あまりにも環境に優しすぎるッ!!!!』
『ギャヒィィ~~~♡研修という名目で、ブラック企業様に洗脳されてやりがい搾取されまくるの、とってもとっても気持ちイイです~~~!!ヨロコンデ!』
『アル、クラ……アルク、ラ……!!』
――それは、自分と同じように“トリニティ能力”に覚醒した存在でありながら、三大脅威と呼ばれる存在の影響下に組み込まれてしまった事によって、“糺”の拠点に辿り着く事が出来なかった者達の姿だった。
狂気に蝕まれる者、過度な健康や環境意識に目覚める者、目だけが笑っていない状態で労働力を酷使させられる者――。
『少しでも運命の歯車が違っていたら、自分があぁなっていたかもしれない』と、脳裏に焼き付いて離れなかった者達の顔ぶれ。
そんな光景を思い出しながら、森崎は茫然とした面持ちで眼前に現れた者達の姿を見る。
あぁ、間違いない。
彼らは――。
「まさか……アタシ達以外の“トリニティ能力者”が全員!――アルクラの狂気に呑まれたっていうのかよ……!!」
絶望が色濃く滲んだ表情で、森崎が叫ぶ。
信じたくない光景ではあるが――眼前の光景が、それが変えようのない真実である事を証明していた。
どうやら認識汚染現象とされるアルクラの影響力は、魔王:イビル・コンニャクや制御不能のブラック企業であるデスマリンチの支配下に置かれた者達をも凶徒にするほどの力を持つらしい。
そして、現在アルクラの忠実な凶徒と化した“トリニティ能力者”の少年少女達は、他の者達同様に声を上げた森崎には目もくれることなく――自分達に背を向けている鰹陀ただ一人に向けて、凄まじい殺気を放っていた。
「――――――――――」
このとき、鰹陀が何を考えていたのかは分からない。
ただ彼は、無表情のまま襲撃者達の方に振り返り、ゆっくりと口を開く。
「この状態の彼らの姿とこれまでの情報を照らし合わせたら、なんとなく森崎さんには見えてきているかもしれないけど――それじゃあ、僕が待っているアレが来るまでの間に、君が予想している“アルクラ”という存在がどういうものなのか、軽く答え合わせといこうか?」




