再生
施設に預けられることになりながら、誰とも関わろうとせずに孤立した日々を過ごしていた森崎。
そんな彼女のもとに現れたのは、一組の夫婦だった。
「それが、今のふんどし製造工場の社長である父さんと母さんだった。……二人は、事業が上手くいっていたけど、長年子供に恵まれなかったから、アタシみたいな身寄りのない子供を自分達の養子として引き取ることにしたんだ」
そう言いながら、かすかに柔らかく微笑む森崎。
その表情から見るにどうやら、その出会いと彼らとの生活は、今の森崎にとって決して悪いものなどではなかったようだ。
森崎は一度、両親に何故自分を引き取ろうと思ったのか、両親へと訊ねた。
そのときに父親となる社長は、笑顔で彼女の頭を撫でながら、優しく語り聞かせた。
『ののかは、確かに他のみんなと仲良くするのが難しい性格かもしれない!――だが、絶望に晒され孤立しようとも、常に自身の為すべき事を模索する者を、俺は決して見捨てないッ!!!!……気合いだ~~~ッ!!』
社長夫婦は、他の子供達が遊んでいる間も、常に黙々と本を読み漁ったり、そこから得た知識を用いて一人実践を行う森崎を好意的に捉えたようだった。
森崎にすれば、二度もの“家族”の喪失によって、落ち込む以上に自分が生き残るためのなにがしらの明確な力を得なければならない、という焦燥感に駆られていたのかもしれない。
夫婦はそんな彼女の在り方を認識したうえで、貪欲なまでに学習と精進をする森崎を称賛すると同時に、そんな森崎のいつ折れてもおかしくない心を、今度こそ“家族”として自分達が支えていかねばならない、と考えて彼女を引き取る事にしたのだ。
「……昭和が逮捕される少し前から、アタシが“エンプティ・ドリーマーズ”のみんなから教わった空き巣とかの技術は、社会で許されるような代物じゃない、っていうのは漠然とだけど理解していた。……だからアタシは、アタシを引き取ってくれた父さんや母さんを悲しませないために、あの頃に学んだ技術を全部封印して、それまでとは全然違う新しい生き方をするために、目に着いた習い事には片っ端から挑戦していくようになったんだ」
二度も家族を失った自分を引き取って優しくしてくれただけでなく、これまでからは考えられないような豊かな環境を与えてくれた両親。
そんな彼らを悲しませるような“泥棒”などという過去とは決別して、少しでもまっとうな人間に変わりたい――。
そう考えた森崎は、それまでの自分の面影を少しでも振り払うかの如く、自分の人生で全く関わりのなかった存在――ポールダンスなどもそのときに身に着けた技術の一つらしい――にのめり込んでいき、周囲からの孤立を懸念していた両親を安堵させるために、施設にいた頃とは打って変わって、明るく社交的な性格として振る舞うようになっていた。
経営している会社の経営が順調なことと、新しく出来た愛しい我が子への溺愛ぶりもあって、森崎が言えば両親はどれだけでも習い事を受けさせてくれた。
森崎も複雑な環境下で育ってきたものの、もともと昭和やその実母、そして“エンプティ・ドリーマーズ”のメンバーという知らない大人達と打ち解ける事が出来、彼らのもとで技能を着実に覚えられるほど物覚えが良かったのもあって、学校でも周囲と良好な関係を築き、どんな習い事にも貪欲かつ粘り強く打ちこむ優等生へと成長していった。
「この作戦に成功したのも、三大脅威に対抗できる“トリニティ能力”の適合者として覚醒した以上、友達やウチの口上で働いている従業員さん達とか……なにより、アタシをここまで育ててくれた父さんや母さん達を守ろうと思って参加したんだ」
そこまで口にしてから、これまでの柔らかなものから一転、苦々しさを押し殺した表情を浮かべながら、森崎が告げる。
「アタシをこの作戦にスカウトした“糺”っていう組織は、この地上を守るためとはいえ、アタシから見ればあまりにも不審な点が多すぎて、とても信頼出来るような場所じゃなかった。……こんな奴等に自分の運命を委ねるなんてまっぴらごめんだから、昭和達と過ごしていた時に覚えたスキルを解禁してでも、自分で潜入しながらこの組織を調べあげなきゃいけなくなったんだ」
でもさ、と彼女は話を続ける。
「本当に最悪なのは、そこからだった。……どこから聞きつけたんだろうね。アタシのスマホに“テンプレッド・カンパニー”という軍事関係の会社の奴から、突然電話がかかってきた……!!」
世界的にも有名な軍事系大企業:“テンプレッド・カンパニー”。
テンプレッド側が世界の命運を背負うメンバーの一人である森崎に対して突きつけたのは、そんな状況下にはあまりにも非常識な――けれど、軍需産業としては当然な要求だった。
――『この地上で現在猛威を振るう三大脅威の力は未知のものであり、我々人類の未来の更なる発展のためにも、"糺"の作戦で消し去ってしまうのは実にモッタイナイ存在といえる。……なにより、我々と君達家族の双方の利益のためにも、君の協力でこの作戦の筋書きを少しだけ、変えてみないかね?』




