“三人官女”
岳人、鰹陀という仲間達と立て続けに離れ離れになりながらもようやくたどり着いた、この巨大ひな壇の二段目という領域。
ここさえ抜ければ、俺達が目指した最上段であり、そこでこの巨大ひな壇の力を“内裏雛”の位階能力者である俺と菊池が継承すれば、この地上の混沌もなにもかもを終息させられるはずだが……。
「流石に、現実はそう甘くない、ってか……!!」
俺は自分自身でも表情も声音も何もかも強張っているのを感じながら、そう呟く。
俺達が見据える先にいたのは、これまでと同じように上の段を目指して這い上がろうとする魔物や機械兵達だった。
ここに至るまでの蹴落とし合いが相当苛烈だったのか、奴等にかかる負荷も尋常ではなかったのか、あるいはその両方なのか。
この段にいる奴等の総数は、これまでと比べても遙かに少ない20体ほどしかいなかった。
だが、それだけにこれらの異形達はそんな過酷な状況を生き抜いてきた歴戦の猛者なだけに、一体一体が尋常ならざる闘気を漲らせていた。
今はまだ最上段に至るために俺達の存在になど気づいてすらいないが――もしも、コイツ等の内のどれか一体が、気まぐれに俺達の方に注意を向けて襲ってきたら、三人とも瞬殺されてもおかしくない。
そんな思考が脳裏に浮かび上がるほど、この段にいる脅威の眷属達のヤバさが本能レベルで伝わってくる。
かと言って、このまま手をこまねいていたらその内最上段へ到達する個体がいつ出てきてもおかしくない……。
そう思っていた矢先のことだった。
「――ッ!?」
突如、その身を盛大に震わせながら、こんにゃく系の魔物の一体がひな壇へ登ろうとするのを中断して、こちらの方へと振り返る。
そしてその個体は、自身の同胞に(どういう意思伝達の仕方かは分からないが)呼びかけたらしく、魔物の集団が一斉に俺達の方へと殺到してきた――!!
「ッ!?きゃ、きゃあッ!!」
「クッ!大丈夫か!?菊池ッ!」
驚いて尻もちをついた菊池に、手を差し伸べて何とか立ち上がらせた俺。
だが、そうしている間にも奴等は俺達のもとへと接近する。
瞬間、これまで目に焼き付けた岳人や鰹陀の姿が脳裏に浮かんでいく――。
「……ちくしょう、アイツ等から想いを託されたのに、こんなところで終われるわけがないだろうッ……!!」
「野村君……」
腕の中で菊池を抱きかかえながら、そう呟く俺だったが、この状況を打開する方法が思いつかず、諦めかけていた――そのときだった。
「――フ~!二人ともお熱いこってーす!……そんじゃまぁ、このしみったれた運命とやらを用意したこの世界の神様をゴッデスするくらいの勢いで、アタシが大活躍しちゃいましょうかね☆」
そう言いながら、森崎が一人果敢に奴等のもとに向かって俺達の前を疾走していく!!
「――ッ!?ののかちゃん!!」
「よせ、森崎!!……いくら何でも、一人でなんて無茶だ!!」
俺と菊池が制止の声を上げる。
だがそれに対しても、森崎はわずかに俺達の方に振り返ると、余裕の笑みを浮かべながら答える。
「にししっ!まぁ、見ててよ……アタシの能力なら、たぶんコイツ等を何とか出来ると思うからさ?」
その言葉を聞いて、俺と菊池は戦闘の只中にも関わらず、困惑のあまり次の行動を選択する事も出来ずにただその場で棒立ちになるしかなかった。
それも無理はない事だろう。
眼前にいるのは、あの鰹陀の音撃をもってしても倒しきるのが困難に思えるような屈強な魔物達が殺到しているのだ。
そんな中で、位階が上とはいえ森崎が一人でコイツ等全てをどうにか出来るとは思えない。
だが、森崎はそんな俺の思考などお構いなしに、迫りくる異形達に向けて自身の右手を力強く翳す――!!
「皆の衆、よ~く噛み締めまっしょい!これが“三人官女”たるアタシのとっておきの能力のお披露目でぃ!!」
刹那、森崎の右手に自撮り棒らしきものの先端に備えられた、金属製の蓋がないヤカン――もしくは柄杓のような形の容器が出現する。
それを武器のように構えながら、森崎が自信満々に言葉を重ねる。
「アタシのトリニティ能力は、三人官女のうちの“長柄銚子”!――とびっきりの魅惑のひとときを前に、酔いしれとこ♡」
そんな森崎の様子を見ながらも、俺は彼女とは対照的に酷く困惑していた。
“長柄銚子”。
確か三人官女の中では、“三方”と呼ばれる真ん中の官女の盃に、白酒を注ぐ役割のはずだ。
――にも関わらず、現在森崎が持つ容器の中には肝心の酒どころか、何も入っていないまさに空っぽとしか言いようのない状態だったのである……!!




