運命の地に集いし者達
――市民の憩いの場として知られる“ほのぼの公園”。
だが現在は、そんな普段のイメージからかけ離れた巨大なひな壇が聳え立っている。
異様な存在ながらもある種の神々しささえ感じさせる存在だったが、その景観を損ねるかのようにひな壇には、三大脅威の配下と思われる人ならざる異形の者達が大量に犇めきながら、最上段を目指してじりじりと這い上がっていた。
「我々が移送出来るのはここまでだ。……あとは、お前達であのひな壇のもとにまで到達し、作戦を遂行するんだ」
運転をしていた職員はそれだけ告げると、俺達をひな壇から大分離れたところで降ろしてさっさとその場から逃げるように走り去って行った。
森崎が輸送車の方を見ながら、明らかに苛立ちの感情を浮かべて森崎が口を開く。
「何あの態度?アタシ等は命懸けでミッションに挑もうとしてるってのに、いくら何でも感じ悪すぎでしょ!……これだから、“糺”の連中って本当に信用出来ないし!」
当然と言えば当然だが、どうやら森崎はかなりご立腹のようだ。
それに対して俺は、場当たり的かもしれないが彼女へと答える。
「まぁ、“糺”の職員は俺達のような“トリニティ因子”の能力を持っていない以上、万が一あのひな壇に群がっているような怪物に襲われたら一たまりもないからな。……だからって、俺達に対してあぁいう態度をするのは最悪だとは思うが、それだけ大の大人が虚勢を張りながらみっともなく逃げ出すような事態でも、俺達はどうにか出来るだけの力があるんだって自慢してやろうぜ!」
「……ビビってるだけ、か。確かにそう考えた方が気もいくらかマシかも!――この場のリーダーに選ばれるだけあって、やるじゃんタケマサ!!」
そんな森崎の返答に、俺は苦笑を返す。
「まぁ、俺はただ単に身近で“駄目な大人”ってヤツの例を見てきたから、そういうのに慣れてるってだけだ。……第一、リーダーって言われても、俺は結局“トリニティ因子”の能力とやらを未だに何一つ使えるようになってないんだが?」
菊池とのやり取りを終えた後、付け焼刃とはいえ俺はトレーニングルームで鍛えたりしたのだが、結局その程度で能力に覚醒する事はなかった。
それは菊池も同様だったらしく、俺達二人は“内裏雛”という最高位の能力者でありながら、今のところ全く戦う事が出来ないという何とも頼りない存在であった。
これでは、あの逃げ去った輸送車の運転職員の事もビビりやらどうこう言えないな……。
そんな事を考えている俺とは裏腹に、同じ“内裏雛”の能力者である菊池 カスミは“糺”から俺達一人一人に支給されたリュックの中から、あるものを取り出していた。
彼女が手にしているもの――それは、一つの大きなレンコンだった。
補給用の食事、にしてはあまりにも剥き出しな生そのものな代物だが、これはそういった用途ではなく、この『雛祭りの日に最大限に効果を発揮する術式』とやらが施された魔導具の一つである。
この支給された魔導具は、内部に刻まれた術式の効果によって、俺達が覚醒した“トリニティ因子”とは別の効果を発揮する事が出来るようになっている。
このレンコンには、雛祭りにおいては『将来を遠くまで見渡せるように』という効果が込められており、菊池はこのレンコンの穴を望遠鏡のように覗き込む事によって、まだ大分距離がある巨大ひな壇の様子を観察しようとしていた。
レンコンを両手で掴みながら覗き込む……という、年頃の娘さんがやるにはあまりにもアレな絵面ではあるが、こういうのを見て真っ先にハシャギそうな岳人は何故か
「正剛みたいに自分の無力さを嘆くのではなく、誰よりも先に自分に出来る事を見つけに行くとは……偉いぞ、菊池ィ……!!」
と腕組をして、もっともらしく頷きながら呟いていた。
……何で後方彼氏面をしてるんだ、コイツは。
いや、この場合は「菊池はワシが育てた!」とか言い出してもおかしくないテンションだな。
まぁ、どのみちなんとなく面白く感じなかった俺は「オラァッ!!」と叫びながら、岳人に急襲を仕掛ける。
そんな風に俺達二人がじゃれついている間に、偵察を終えた菊池がレンコンから顔を外して、俺達全員の方へと振り向く。
「今のところ、あのひな壇に集まっているのは会議室で見たのと同じ、三大脅威の内が二体である魔王:“イビル・コンニャク”とコントロール不能のブラック企業:“デスマリンチ”が送り込んだ、こんにゃく属性の魔物達と自立型の機械兵器だけみたい。……認識汚染現象:“アルクラ”の眷属はまだここに来てないみたいだけど、いつ現れてもおかしくはない、と思う……」
ただでさえ数が多いうえに、二段目にまで到達しようとしている辺りヤバいことに変わりはないが、この場にアルクラの眷属とやらまで加わっていない事に少しだけホッとする俺達。
とはいえ、菊池の言う通り、予断は全く許されない状況なのは確かだ。
確認のために菊池同様に自身もレンコンで巨大ひな壇の方を覗き込みながら、森崎がため息交じりに呟く。
「最上段か~……そこに行くだけで良いなら、ヘリかなんかでチャチャっとアタシ等“トリニティ因子”の覚醒者――もっと言えば、“内裏雛”のタケマサとカスミンだけ降ろして、それでおしまい!とか出来たら良かったのにね~……」
そんな森崎の言葉に対して、ようやく爽やか(?)イケメンの鰹陀が苦笑交じりに反応する。
「事前の説明で言われていた通り、あの巨大ひな壇の周囲には、“トリニティ因子”の適合者以外の存在には強烈な負荷がかかるようになっているから、ロクに近寄る事も出来ないらしいからね……まぁ、それのおかげで四時間以上経過しているのに、あの招かざる御一行様は一段昇るだけでもかなり難儀しているようなんだけど」
鰹陀の言う通り、作戦直前に天祐堂総司令から告げられた説明によると、あの巨大ひな壇から生じている見えざる力場のようなものによって、敵はおろかヘリなどの飛行物体も接近を拒まれており、それでも下手に強行すれば、墜落する可能性もあるらしい。
もっとも、俺達“トリニティ因子”適合者に対しても、侵入者と見做された者達ほどではないにしろ、ある程度の負荷がかかるようになっているようだ。
儀式的なものを感じさせる存在である以上、横着するような真似は許されないという事かもしれない。
……とはいえ、多少の負荷などものともしないような巨大サイズの“イビルコンニャク”や“デスマリンチ”本体が巨大ひな壇の上から降ってきたら、その時点でおしまいだと思うのだが、そうさせないために現在この国の総力を持って、その親玉二体を何とか必死に足止めしているが……それもいつまで持ち堪えられるか分からない。
認識汚染現象と称される“アルクラ”については、本体……と呼べるものがあるのかどうかすら分からない状態だが、総司令曰く、アルクラが影響を及ぼすときは周囲に空間の乱れらしきものが発生するらしく、現在ここら辺一帯にはその兆候が全くないため、ひとまずのところは問題はない……との事だった。
……とはいえ、アルクラは未知の部分があまりにも多すぎる存在なうえに、肝心の総司令は俺達にアルクラの重要な情報を隠蔽していたりと、完全にその情報を鵜呑みにするわけにはいかないだろうけど……。
とりあえず今は、ここでグダグダ考えていても仕方ない。
これ以上の事態の悪化を防ぐために――何より、作戦を成功してこの“三大脅威”とやらの影響からこの世界を守るために。
いよいよ俺達は、巨大ひな壇のもとへと乗り込むことにした――。




