作戦開始――!!
作戦開始まであと10分ほどまで差し掛かってきた頃。
俺達は『糺』の職員達からそれぞれ、小型通信機と『雛祭りの日に最大限に効果を発揮する術式』が施されている魔導具とやらが入ったリュックを渡されてから、特別な輸送車で巨大ひな壇の近くまで送り込まれることになった。
結局春恵は部屋に引きこもったままで、俺とは話どころか全く顔を合わせる事すらなかった。
これから輸送車に乗り込むことになる他のみんなも、俺と同様にこれから命懸けの作戦に参加する緊張感からか、皆最初に出会った時のように、重々しく口を開こうとしない。
その中でふと気になったのは、目に見えて分かるくらいに少し落ち着きのない様子であるパリピ系怪盗社長令嬢の森崎 ののかだった。
……こうして字面を並べてみると、本当にコイツ属性盛りすぎだろ……。
とはいえ、今はそんな事を気にしている場合じゃない。
これまでには見せなかった森崎の様子からして、俺と別行動をしている間に何か只事ならぬ出来事が起きたのかもしれない。
――もしかして、天祐堂総司令の部屋に忍び込んだ事がバレたのか?
そんな考えが浮かんだ俺は、冷静さを意識しながら森崎へと尋ねかける。
「なぁ、森崎。少し様子がおかしいけど、一体どうしたんだ?……まさか、部屋から色々と盗み出した事がバレたのか?」
質問をされた事で、ようやく森崎は俺の事を認識したらしい。
ハッとした表情で目を見開きながら、慌てた様子で作り笑いを浮かべて俺へと答える。
「ア、アレ!?誰かと思ったら、タケマサじゃ~ん☆……ゴメン、ゴメン。なんか流石に決戦前夜MAX!って感じだったから、ついつい柄にもなく緊張してたっぽいわ~!!」
「いや、緊張って……」
状況が状況だけに、「絶対にない」とは言い切れないだろう。
だが、それでも――俺には、森崎の表情に浮かんでいるのは、緊張などではない一種の言ってしまえば“恐怖”のようなものだと感じ取っていた。
俺は少し声量を抑えながら、彼女へなおも問いかける。
「言っちゃなんだけど、とても緊張程度の表情には見えねぇよ。……もしかしてだけど、この施設内で色々と動き回っていた事で、この“糺”の人間に察知されたりしたのか……?」
もしもそうなったら、森崎からその情報を聞いた俺や鰹陀もタダでは済まないだろう。
森崎一人の問題ではなく、俺達にも影響してくる問題であるため、はぐらかしたりせずに答えて欲しいという意味を込めて、真剣な表情で俺は森崎を見つめる。
それに対して森崎は、苦笑を浮かべながら首を横に振る。
「ダイジョブ、ダイジョブ!アタシの潜入工作は、タケマサに教えた情報以上の戦果は挙げられなかったけど、代わりに誰にもバレてもないから!……第一、もしアタシが見つかっていたら、ここにこうしてアタシやタケマサ達が何の制約や罰則もないまま、無事にいられるはずがないっしょ?」
言われてみれば……確かにそうかもしれない。
ここに来るまでの間、俺は天祐堂総司令やゆかりさんのような“糺”に所属する人間から呼び出しを受けるような事はなかったし、実行犯ともいえる森崎においては、最高司令の部屋から最重要機密を盗み出している辺り、露見しているならそれ相応の制裁を科せられていたとしてもおかしくないはずだ。
そういう意味では、“トリニティ因子”適合者である俺達がこうして皆集まっている辺り、“糺”側は森崎の言う通り彼女の行動に気づいていないか、もしくは、既に把握していながらも今は特に問題視していないか……という事になる。
……いや、けれど森崎の様子を見る限り、俺と別れてこの施設内で行動している間に、何かがあったように思えるのだが。
それが何なのかを問いただそうとした――その時だった。
「――ッ!?」
突如、機械の振動音らしきものが聞こえてきたかと思うと、森崎は瞬時に自身のスマホを手に取って通話を始めた。
どうやら、彼女のもとに誰かから電話がかかってきたらしい。
彼女は軽く笑いかけながら、左手で謝罪のポーズを取りながら、この場から少し離れていく。
何があったのかは気になるところだが――今のところ、『森崎の施設内での行動が問題化する事はない』というのは、先程俺自身で結論づけている。
作戦に支障をきたさないなら、森崎の様子は気になるところではあるが、彼女にも踏み込まれたくない事情とかあるかもしれないし、とりあえず俺はこれ以上下手に追求する事はやめておくことにした。
そうこうしているうちに、時刻は開始時間の18:00になっていたらしい。
“糺”の職員に呼ばれた俺達は、慌てて輸送車の中へと乗り込んでいく――。
俺達が車内の席に座ってすぐに、森崎が「ゴッメ~~~ン☆」と明るく言いながら、無事乗車してきた。
すでに会話を終えているらしく、スマホをしまいながら菊池の隣に座って他愛もないやり取りをし始める森崎。
経過時間から言って、あの短い間ではロクなやり取りも出来ずに一言二言くらいしか互いに言えなかったと思うのだが、通話相手は森崎の家族か友人だろうか。
まぁ、そんな事を俺が気にしてもしょうがないだろうけど……。
そんな事を考えている間に、森崎のテンションに引っ張られるように、俺達は先ほどの緊張しきった状況から一転して、和気あいあいとまではいかなくても、全員でそれぞれ雑談をする心の余裕が生まれていた。
互いの込み入った状況や、この作戦に関する情報の共有などは、互いの打ち明け度や運転している“糺”職員がいる事もあって出来なかったが――それでも、この他愛もないやり取りをしている間だけは、あの施設内に限らず、今日一日ずっと張り詰めていた緊張の糸が少しやわらいだ気がした。
走り始めて30分ほどだろうか。
辺りが暗くなってきた頃、その光景に真っ先に気がついたのは外に視線を移していた岳人だった。
彼は得意のエセ関西弁を駆使しながら、俺達へと呼びかける。
「オイ、正剛!それに皆!!アレを見てみぃ!!……アレこそが、ワイ等の目指す通天閣やでぇ~~~!!」
別に俺達は通天閣なんて目指してないだろ、と内心で思いながら、俺は岳人へと答える。
「別に俺達は通天閣なんて目指してないだろ……」
どうやら、思わず口にも出してしまっていたようだ。
そんな俺の発言に続くように、他の皆も外を見ながら、思い思いの言葉を口にする。
「ワ~、カスミン!アレ本当にスゴクない!?もっと近くまで行って撮るっきゃないっしょ☆」
「そ、そんな状況じゃないと思うよ?ののかちゃん……!!」
「フフフッ……女の子同士の仲良き事は、実に良きことかな……ってね?」
「――って!ワイ等の目指しとるもんは、通天閣じゃないやろがーい!!って、誰かツッコまんかい!このままやと、全く愛着が感じられない正剛の言葉がこの中でナンバーワンのリアクションになってしまうんやで~~~!?」
「アハハ、うけるうけるー」
「……そういう女子のリアルな棒読みリアクションを前にしてしまうと、ワイは特に面白い事も言えないまま、少し素に戻ってしまうんやでぇ~~~ッ!?」
なんか悲しい独白を耳にしてしまった気がするが、俺はすぐさまそれらを脳裏から忘却して、聳え立つ巨大な建築物を睨みつける。
「アレが、俺達の決戦の地である“巨大ひな壇”って奴か……!!」
人知を超えた強大な力を秘めた最後の希望。
――それと同時に、三大脅威のもとに堕ちれば、その途端に世界を滅ぼしかねない災厄の象徴。
そんな巨大ひな壇を車内から見つめながら、俺達は自分達の命運を賭けた作戦の開始を静かに感じ取っていた――。




