森崎 ののか
――“アルクラ”という存在が引き起こすのは、認識汚染を超えた現実改変能力である。
もし、これが事実だというのなら、俺達はそんなものを相手に戦わなくちゃいけないというのか。
……いや、それよりも
「……どういう事なんだよ。アルクラは脅威度が低いからそこまで警戒しなくても良いって、説明してたじゃないか!!なのに、こんな事って……!?」
ショックのあまり、思わず声を上げる俺。
そんな俺に対して、森崎が苦笑らしきものを浮かべながら、さらにスマホを操作し別の画像へと切り替えてから、再度こちらへと見せてきた。
「そしてこれが、現在この地上を襲っている三大脅威に対抗している『糺』のような特務機関に送られてきている政府筋や各方面からの要請文。……そこに、何が書いてあると思う?」
「……?何ってそんなの、早く脅威を取り除いて社会に平和をもたらしてくれ、とかそういう内容に決まってるだろ?……でも、三大脅威には“三位一体”の概念効果が既に出始めているから、満足に傷一つ負わせることすら出来ないだろうけ、ど」
そこまで口にしてから、俺は絶句する。
何故なら、森崎のスマホには、俺の目を疑うようなとんでもない情報が記されていたからだ。
政府筋や各方面からの要請文――そこには大同小異差はあれど、要約すれば書いてあることはただ一つ。
――例え、三大脅威を撃破出来る可能性があったとしても、足止め以上の事は何もするな。
「なん、だよ……これは、何かの悪い冗談か?もしくは、一網打尽にするような作戦、とかだよな?」
そう言っている間にも、俺はせわしなく資料を確認する。
これらの要請を出しているのは、国民的人気を誇る大物芸能人やカリスマモデルのようなセレブリティを皮切りに、政治家や官僚、大手企業といった軍事作戦に精通しているとは到底思えない人間の名前がズラリと並んでいたのだ。
そして、すがりつくような視線を向けた俺に対して、悲しそうに首を横に振りながら、森崎が恐るべき答えを口にする。
「信じたくない気持ちは分かるけど、これも事実なんよタケマサ。――そこに書いてある連中は、自分の私利私欲のために脅威の力を利用しようとしてんの」
「私利私欲、って……こんな脅威を野放しにしたところで、誰が得するって言うんだよ!?」
そんな疑問をぶつける俺の態度も、ダダをこねる子供をあやすかのように森崎が返答する。
「人前に出まくる芸能人や上流階級のセレブ達は、“イビル・コンニャク”の美容効果で自分達が少しでも長く綺麗であり続けることを願っているし、経団連や天下りした官僚連中は“デスマリンチ”から多額の献金がもらえるからって理由で、ヤツを撃退しようとしている『糺』のような特務機関に積極的に妨害工作をしてるんだってさ。……“アルクラ”についても、アタシ等が会議室で聞かされたくらいの情報くらいしか世間に出回っていないから、『アルクラが引き起こす認識汚染現象を上手く利用すれば、自分達の利益に出来るんじゃないか?』って考えている軍需産業とか宗教組織なんかが水面下で密かに動いているんじゃないか、ってその資料には書かれてんね」
「な……そんな事言ってる場合かよ!!今日を過ぎてコイツ等を止める方法が完全になくなったら、美容やら利益なんて言ってられないくらいに、この人間社会そのものが滅んじまうかもしれないんだぞ!?……俺よりもよっぽど偉い立場にいて裕福なはずの奴等が、そんな事も分からないって言うのかよ!!」
「……多分、アタシ等みたいな有象無象の庶民がどんだけ死んだりしようが、自分達だけは金や権力の力で安全な地位に逃げられると本気で思ってるんでしょ。だから、“トリニティ因子”に覚醒したアタシ達の行動にしたって、『脅威から地上を守るための防衛作戦』なんかじゃなくて、『恩恵を得られる機会をふいにしようとする厄介な妨害行為』程度にしか、コイツ等みたいなのからは見做されてない……って感じかな」
森崎から告げられたあまりにもシビア過ぎる評価。
冷徹ながらもその裏から確かに感じる、俺達の命がけの行為を妨害しようとする大人達の薄汚い欲望に対する強い嫌悪と怒り。
そんな森崎とは別に、俺はこの事実を前にショックを受けながらただ茫然とスマホの画面を見つめる事しか出来なかった。
「……俺達は何で自分が選ばれたのかも分からない力を使って、死んでもおかしくない作戦にあと数時間後に参加しなくちゃいけないんだぞ?……怖い思いを我慢してそれでも守らなきゃいけないものの為に戦うっていうのに、なんで、俺達なんかよりずっとずっといろんな事が出来る大人達が!……俺達なんかよりももっと幼稚な理由で、自分の居場所を壊そうとしてやがるんだ……!!」
感情を込め過ぎたあまり、強く歯を食いしばる俺。
そんな俺に対して、森崎がそっと語り掛けてくる。
「……コイツ等もだけどさ、大人って本当に勝手だよ。いくら“アルクラ”っていうのが対処出来ないからって、その脅威に直に立ち向かうことになるアタシ等に対して、その情報を隠していたこの『糺』っていう組織の事もアタシは信用出来ない」
それは……と、その事に気づいた俺が何かを言おうとするよりも先に、森崎が話を続ける。
「……全く打つ手がない“アルクラ”の事を知って、作戦に参加するアタシ等をパニックにさせないようにする、っていう考えが天祐堂総司令にはあったのかもしれないし、もちろん、アタシだって別に身勝手で最低最悪な大人達がたくさんいるからって、今の社会全部がこんにゃくの魔王に消し去られたりブラック企業に酷使されたり何もかも存在ごと別のモノに変えられたりして良いなんて微塵も思ってないよ。――だけど、こっちだって真剣に命を懸けて挑んでいく以上はさ、アタシ等が子供だろうと全く騙さずに本当の情報を知らせて欲しかった。……そんなんで、この組織を信用しろって言われてもさ、そんなの、アタシには無理だよ……!!」
俺は全く顔を上げる事もないまま、ただ黙って森崎の言葉を聞いていた。
それから数分くらい経ってから、落ち着きを取り戻したらしい森崎は「うっし!」という掛け声とともにタハハ~と、わざとらしいくらいに明るい声を上げる。
「なんか本当にゴメン!よくよく考えたらタケマサとは今日が初対面なのに、本当に変なところばっか見せちゃってさ!……でも、結局どうこう言ったところで、アタシ自身でどうする事も出来ない以上、この作戦を成功させて!あの“三大脅威”とやらを何か不思議なひな壇パワーでやっつけるしかないんだよね!」
だからさ、と森崎はスマホを見つめていた俺の顔を覗き込みながら、今度こそ本物と思える表情でニカッと笑いかけてきた。
「勝手に事情をアレコレベラベラ喋っちゃったけど、とりあえず“トリニティ因子”に覚醒したみんなで協力しながら!今回の作戦を成功させまっしょい!!」
そんな森崎に対して、俺も笑みを返しながら答える。
「本当に強いな、森崎は。……俺なんか、未だに迷ってばかりなのに、森崎はその間にもそんだけの情報を集めるくらいに色々行動していて、迷ってもそうやって自分の答えをしっかりと持ってる。俺もそんくらいの強さって奴を持ちたいくらいだな」
「えぇ~、なにそれ?……もしかしてタケマサ、アタシの事を口説いちゃってんの?」
茶化すような森崎の口調と視線を前に、俺は慌ててそんなつもりじゃないと身振りと口調で「ち、違う!!」と告げる。
そんな俺の様子を面白そうにゲラゲラとひとしきり笑っていた森崎だったが、すぐに寂しそうな微笑へと表情が変わる。
「……強い、か。まぁ、弱いままじゃいられなかったというか……」
「?どうしたんだ、森崎?」
ボソッと呟かれた森崎の独白が気になって思わず聞き返す俺。
それに対して彼女は、「アハハ!大したことじゃないって!」と答える。
「実は、今のアタシの家って、最近女の人達の間で『運気が上がる!!』で結構有名な“赤ふんどし”の製造をしている工場でアタシはそこの娘をやってんだよね~!!……だから、アタシは工場を経営している家族や、そこで働いている社員の人達の生活を守るため!でもって、知名度アップでイケてる素敵なカリスマ彼氏をゲットするためにも!!アタシは絶対にこの作戦を失敗するわけにはいかないって訳!分かった!?」
なんだろう、森崎の発言にふと引っ掛かりを感じはしたが、今はそれ以上に別の事に俺は完全に気を取られていた。
――へぇ、女性の間では赤ふんどしが流行っているのか~……。
そう考えるのと同時に、俺は森崎の自己紹介を思い出す。
『ハロハロ~♪アタシは“官女”の森崎 ののか!気軽にノノカッチって呼んでくれて良いよ、アタシ等のお・だ・い・り君♡――イケメンをゲットする事期待して、ここに来るまでに下着は赤ふん装備にしてきたし、これからそういう方向でドンドン!攻めていく所存なので、ヨロピク・山幸・海幸彦☆』
アレも安易なキャラ付けなどではなく、健気な家業アピールだったのか。
というか、それ以前に
「ッ!?何が『アタシ等みたいな有象無象の庶民』だよ!森崎ってガチの社長令嬢じゃねぇか!?――俺みたいな閑古鳥泣いているラーメン屋の息子からすれば、お前は十分敵側のブルジョワだろ!この嘘つきッ!!」
「えぇ……いやでも、別にアタシ社長令嬢とかそういう柄じゃないっしょ?ホラ、怖くなーい怖くなーい」
「コワくなーいコワくなーい……蠱惑night……!!」
「ハァッ?」
流石に嘘つき呼ばわりしたのが申し訳なかったので、森崎のテンションで返答してみたのだが、それは滑った親父ギャグ的なものとして認識されてしまったらしく、俺は彼女から白い視線を向けられた。
……解せぬ。
『ヨロピク・山幸・海幸彦☆』が良くて、なんで今の俺のノリがアウト扱いなんだよ!?
ギャル特有のノリと理不尽な展開を前に、俺が猛烈に反論したりそれを見て森崎が笑ったりしながら、作戦とは無関係なやり取りをしていく俺達。
――そんな他愛もない時間の中で、俺は彼女とほんの少しだけ打ち解けられた気がしていた。
ひとしきり雑談も終わり、最後に今後の方針を決めることにした俺と森崎。
その結果、『いきなりこれらの情報を与えると、混乱が生じるかもしれない』という点と、『天祐堂総司令のようなこの組織側の大人に、俺達が真実を知っていることを気取られるのはマズイ事になるかもしれない』という理由から、『今回の情報の話は俺達同様の“トリニティ因子”適合者で爽やかイケメンの鰹陀にだけは相談してみる事にする』という方針になった。
「だけど、少しだけ意外だった。確かに鰹陀は優秀そうな奴だけど、その分裏もありそうだからみんな警戒していると思っていたけど……森崎はアイツの事を信頼出来る奴だと思っていたんだな」
「う~ん、信頼っていうか……鰹陀のアレは、大してやり取りをしていないアタシ等でも見抜かれるくらいだし、誰かを騙すっていうよりも、安易に他人を自分のところに踏み込ませないための予防線的なものだと思う。どっちかって言うと、アタシみたいにそういう大人達の悪意とかそういうのを嫌悪しているからこそ、そういう風になった……って事かもしれないし」
……それは確かに一理あるかもしれない。
考えてみたら、明らかなパリピギャルの森崎だけじゃなくて、これまであまり人との交流があまり上手く行っていない尾田山までも『鰹陀は絶対裏がある』と評価していたからな。
そこまであからさまなら、逆に信頼出来る……と言えるのかもしれない。
「菊池は繊細そうだから、この情報を知ったらショックで作戦どころじゃなくなるだろうし、尾田山はもう論外!アイツ、絶対感情的になって総司令に怒鳴りに行く事は確実だもん!!――そういう消去法も含めてだけど、鰹陀はこういう話なら、真剣に話を聞いてくれる気がするんだよね~……」
岳人……まぁ、今回ばかりはこの評価も仕方ないか。
初対面でいきなり俺に因縁つけて怒鳴りかかってきたのが、森崎的には『秘密裏かつ慎重に相談・行動をする事に向いていない』と判断されてしまったようだ。
その後も少しだけ話をしてから、俺達は変に周囲から怪しまれないためにも、そろそろ解散することにした――。
森崎はこの後、まだ自分で何か新しい情報が得られないかの調査や、最初の潜入行為がバレていないかどうかの確認などで再度施設内を散策することにするようだ。
社長令嬢なのに、本当に変わった技術を持っているな~……と思ったが、金持ちの道楽なんて俺には分からないしな。
とりあえず俺の方は森崎と話した通り、解散した後に鰹陀を見つけ出して、今回の情報をもとに相談してみる事にした。
別れる間際に、森崎が若干申し訳なさそうな表情をしながら、俺へと語り掛ける。
「……本当に今回は色々とゴメンね、タケマサ。“トリニティ因子”で一番上の能力に覚醒したっていうのと、話しかけやすそうな雰囲気だから、って理由だけで何の断りもなくベラベラ喋っちゃったけどさ……話を聞いてくれて、本当にあんがとね!!」
それに対して、俺はなんでもないという風に笑みを浮かべて答える。
「あぁ、いや、確かに俺も色々と情報多すぎてビックリしたり取り乱したけどさ……やっぱり、知らないままよりもこうして情報を知ることが出来て良かったって思ってる。――それに、森崎のホンネにも少し近づけた気がするしな!」
そんな俺の発言に対して、森崎が意表を突かれた表情をしたかと思うと、すぐさま顔を赤くしながら詰め寄ってくる。
「タケマサのくせに、何カッコつけてんの!?――言っておくけど、タケマサとか本ッ……当に!アタシの好みじゃないから!!『自分の顔がイケメン~~』とか、『アタシから異性として見られてるかも?』みたいな、痛々しい誤解をするのだけは本当にやめてよね!!」
「なっ……!?何言ってんだよ自意識過剰なんじゃないか!?てゆうか、森崎の方こそ“正剛”っていう俺の名前を“タケマサ”とか誤解すんのをやめろよっ!!」
反論にもなっていない反論を口にしながら、俺達はギャーギャー、と言葉の応酬を繰り広げる。
途中までは間違いなくシリアスだったはずなのに、どうして最後でこうなったんだ……?
とはいえ、俺達は怒鳴り合っている間もどことなく笑い合いながらやり取りを終えると――部屋を出て、それぞれ別の方向へと進み始めた。
森崎の事は心配だが、俺に彼女ほどの技術やらがない以上は、今は森崎に任せるしかないだろう。
今はただ、自分に出来ることをするのみ――。
そう判断した俺は、爽やかイケメンの鰹陀 新太郎のもとへと向かう事にした。




