第61話 未来に向けて
それから1カ月後。
秋の深まるエンゲリウムホイスト村は、賑やかな声に包まれていた。
あれから各地に戻った領主たちが噂を広め、観光客(主に富裕層)がちょくちょく村を訪れるようになったのだ。
まだ鉄道敷設前であり、村に来るには馬車を使うしかないために、かなりの移動時間がかかる。
それでも村を見てみたいという人はたくさんいるようで、彼らは長期の休みを作っては自費で訪れている。
貴族もよく子供連れで訪れるのだが、『エンゲリウムホイスト村を見学しに行く』という名目だと、貴族学校は特別に許可を出して学校を休めるようになっていた。
王家の指示で、そういうことになっているらしい。
今日はいつもよりも大勢の見学者が訪れているのだが、それには理由があった。
「いよいよ蒸気機関車に乗れるんだね……。ああ、楽しみ!」
村の広場に設置された大きな木箱に群がる子供たちを眺めながら、メリルが言う。
子供たちがやっているのは『宝石探し』だ。
木箱は幅約1メートル、長さは約10メートルという大掛かりなもので、中には大量の砂が入れられている。
砂の中の宝石は建材用や小物用に使われるものなので、価値はほとんどない。
それでも見た目は色とりどりで綺麗なので、砂をかき分けて宝石を見つけた子供たちは大はしゃぎだ。
「どんな乗り心地なんだろう。何十人も乗せて動く乗り物なんて前代未聞だし、皆驚くよ!」
「そうだね。この日のために見学者も大勢集まってくれたし、きっと盛り上がるよ」
今日は、蒸気機関車の試験走行が行われることになっている。
せっかくなのでと、オーランドに頼んで各地に宣伝チラシを送ってもらったのだ。
「この『宝石探し』もそうだし、フィンの前世の世界って面白いものがいっぱいあるよね。国中の人間が個人で乗り物を持ってて、あちこち旅行をして周っていたんでしょ?」
「すごい話よね……。馬車よりも速くて、自分で自在に操れる乗り物を皆が持っているなんて。いったい、どんな世界なのかしら……」
メリルとフィブリナが、フィンの前世の世界に思いをはせる。
使えるものがあるならば領地運営に活かそうと、メリルとフィブリナはあれこれとフィンに前世の話をせがむようになっていた。
その中で出た話の中の1つが、この『宝石探し』というわけだ。
「あと、カメラっていうのも面白そうよね。アンジェリカちゃんの祝福と同じようなことができる装置なんでしょ?」
メリルが思い出したように言う。
もしカメラがこの世界にも存在していたならば、こうして宝石探しを楽しんでいる子供たちを見守っている親たちは、きっと今頃写真を撮りまくっているはずだ。
今はカメラの代わりに、アンジェリカが瞳を黄金色に輝かせっぱなしにして、子供たちの様子を転写しまくっている。
彼の兄のジークはそれをさらに転写して、写真付きのコップや皿などの土産物を作っている。
写真入り土産物の購入は、すべて事前申請形式だ。
2人とも、来村者の多い日はとんでもない忙しさにヒーヒー言っている。
「うん。僕も原理についてはほとんど知らないから、どう作ればいいのかさっぱりだけどさ」
「まあ、そんな状態から始めるのも一興じゃないかしら。あれこれ試して物が完成した時には、その達成感はひとしおよ。きっと楽しいと思うわ」
「はは、フィブリナ姉さん、言うねぇ。鉄道と違って僕は何の知識も持ってないから、きっとすごく大変だよ」
「だって面白そうじゃない。新しいものを考えるのって、ワクワクするもの。それはフィンも同じでしょ?」
「……うん、そうだね。せっかく『実現可能なもの』って分かってるんだから、やってみようか。もっといろいろ新しいものを作って、村だけじゃなくて国もどんどん発展させないとだ」
「おー、フィンってば格好いいこと言うじゃないの」
「ふふ、そうね。惚れ直しちゃうわ」
「ちょっ、姉さん! 何を言って――」
メリルが言いかけた時、カランカランと鐘の音が響いてきた。
「あら、時間みたいね。楽しみだわ」
フィブリナがワクワクした表情になる。
これから、蒸気機関車の試験走行が行われるのだ。
「ついに、本物の蒸気機関車に乗れるのね……。こんなに早く乗れるなんて、夢みたいね」
「ゴーガンさんもルナちゃんも、毎日すっごく頑張ってたものね。ちゃんと動くといいなぁ」
フィブリナとメリルの言葉に、フィンが力強く頷く。
「動くに決まってるよ。まだ本番用のレールに乗せて動かしたことはないけど、エンジンはしっかりと稼働するのは確認済みだからね」
ミニチュア機関車を走行させた実績はあるが、あちこちの街へと向かって走る予定の実寸大の機関車を走らせるのは今日が初めてだ。
ミニチュア機関車に用いたレールは直進のみを考えて設計されていたので、カーブには未対応である。
今、村の外にまで敷かれているレールはカーブにも適したものであり、機関車に付けられている車輪も同様にカーブに対応できるものとなっている。
「フィン、試験走行が終わったら、皆で記念撮影しないと!」
「そうね。今日はこの村にとって、すごく大切な一日なのだから。村の全員で記念撮影しましょう」
メリルとフィブリナがそう言った時、見学者の子供たちに混じって宝石探しに没頭していたハミュンが、見つけた宝石をそのままにフィンたちに駆け寄ってきた。
「フィン様! 鐘が鳴りましたよ! 早く行かないとですよ!」
「うん、そうだね。他の子供たちにも、いったん宝石探しは止めて村の入口に集まるように言ってきてくれる?」
「はい! 皆、機関車の試乗会が始まるよー!」
ハミュンはとびきりの笑顔で頷くと、子供たちに声をかけ始めた。
フィンたちは彼らが集まって来るのを待って、皆で村の入口へと向かった。
* * *
「あっ、フィン様! 早くこちらへ!」
やって来たフィンを見つけたレイニーが、フィンに大きく手を振る。
すでに村中の人が集まっており、村の入口の線路に乗っている蒸気機関車を眺めていた。
フィンたちが、レイニーの下へと駆け寄る。
上空を旋回していたカラスの1羽が、機関車の傍にいたラーナの肩に降り立った。
「うむ、そうか……。フィン殿、村人も来村者も全員この場にいるようだ」
「分かりました。では、始めましょうか」
フィンが機関車の前に立ち、皆に目を向ける。
「来村の皆様。本日は遠路はるばるお越しいただき、誠にありがとうございます」
フィンがぺこりと皆に頭を下げる。
「これより、世界初の蒸気機関車の試験走行を行います。見学者様全員がご乗車いただけますが、まずは安全確認のため、我々村の者が先に乗車させていただきます」
フィンはそう前置きすると、タラップを使って客室車両へと乗り込んだ。
客室車両は車輪を取り付けた四角い部屋といった作りで、長椅子、手すり、窓が付いているだけのシンプルなものだ。
先頭車両にはすでにゴーガンが乗っており、出発の最終チェックを行っている。
火室と呼ばれる燃料を入れる部分にはすでに石炭が入れられており、火も入れてあるようだ。
「さあ、レイニー様」
「ありがとうございます!」
フィンに手を貸されて、レイニーがタラップを上がる。
「ほら、ハミュンもおいで」
「はいっ!」
続けて、ハミュンもフィンの手を取り、車両に乗り込んだ。
弾けるような笑顔で、レイニーとともに前の方へと駆けていく。
「うう、何だか緊張してきた……」
「はは、僕もだよ。足元に気を付けてね」
「うん。ありがと」
メリルがフィンの手を取り、タラップを上る。
そうしてフィブリナ、スノウ、エヴァ、アンジェリカといった面々や、村人たちからも数人が車両に乗り込んだ。
ロッサとジークはここにはおらず、終着点でブレーキをかける合図の旗を振る役を買って出てくれた。
「皆、乗ったかー?」
運転手のゴーガンが、フィンたちに声をかける。
彼の孫娘のルナも一緒で、先頭車両から顔を覗かせてフィンたちを見ていた。
にこにこと楽しそうだ。
「はい、乗りました!」
フィンが大声で返事をする。
「タラップも片付けたか?」
「大丈夫です!」
「よおし、出発するぞ!」
カランカランと出発を知らせる鐘が先頭車両から鳴り響き、ポーッという汽笛の音が鳴り響く。
「出発進行!」
ゴーガンの掛け声とともに機関車の車輪がゆっくりと動き出す。
見学者たちから、盛大な歓声が湧き起った。
「動いてる! フィン、動いてるよ!」
メリルがフィンの肩を掴んで揺さぶる。
「だね! これなら問題なさそうだ」
「すごいわね……。こんなに大人数を乗せて動くなんて」
フィブリナが地面を見下ろし、感心した様子で言う。
そうしている間にも車両は加速を続け、馬車よりもはるかに速い速度で走り出した。
レールは木々に覆われた山道を曲がりくねりながら道沿いに設置してあり、長さは約1キロメートルほどだ。
あまり長い距離ではないので高速では走れないが、それでも時速20キロほどで3分は走れる計算である。
加速と減速の時間もあるので、もう少し長い時間乗車していられるだろう。
「わあ、速いですね!」
窓から身を乗り出したエヴァが、風に髪をなびかせながらはしゃいだ声を上げる。
隣にいるスノウも、とても明るい表情だ。
馬車の時速はだいたい10キロメートルから13キロメートルといったところなので、馬車の2倍近くの速さで走っていることになる。
「すっごいです! こんなに大きな乗り物が、こんな速さで走るなんて!」
「楽しいですねー!」
ハミュンとレイニーも、流れるように過ぎ去っていく景色を眺めながら大騒ぎだ。
アンジェリカはこの瞬間を逃すまいと、瞳を黄金色に輝かせながら車内を走り回り、乗車している面々の表情や外の景色をひたすら転写していた。
完全にカメラマン状態だ。
「これなら、街まで線路を繋いだらあっという間に行き来できるようになりそうね」
フィブリナが風になびく髪を手で押さえ、目を細めて道の先を見つめる。
「そうだね。馬車と違って休憩は必要ないし、一晩中だって走れるからね」
「ねえ、フィン」
「ん? どうし……んっ」
メリルに呼ばれてフィンが振り向いた瞬間、その唇にメリルの唇が重なった。
すぐにメリルが顔を離し、頬を染めながらにこりと微笑む。
「えへへ。今まで頑張ったご褒美!」
「あ、ありがとうございます」
なぜか敬語で答えるフィン。
するとその視線の先に、目を真ん丸に開いて口元に両手を当てているアンジェリカの姿があった。
祝福を使いながら、ばっちり見てしまったらしい。
「転写しておきます!」
「えっ!? それは――」
メリルがそれに気づいて慌てて止めようとすると、フィブリナがフィンたちに振り返った。
その間に、アンジェリカがさっさと紙に転写を済ませて紙を筒状に丸めてしまう。
「どうかしたの?」
「う、ううん。なんでもないよ。ねえ、フィン?」
「は、はい」
2人の反応にフィブリナが小首を傾げる。
「あっ、そろそろ終点みたいです!」
レイニーの声に、皆が窓から身を乗り出して前方を見る。
終点を知らせる赤い旗を持ったロッサとジークが、両手でばっさばっさと旗を振っていた。
フィンたちは彼らに向かって「おーい!」と声を張り上げながら、大きく手を振り返すのだった。




