第59話 隠してもムダですよ
それから2日後の昼過ぎ。
フィンはミレイユとともに、捕らえた男たちを収監している小屋の中にいた。
「では、あなたたちは何も知らないということですか」
ミレイユが冷たい表情で老年の男を見つめながら、静かに言う。
「そうだ。ドルト・トコロンとかいう男とは森でたまたま会っただけさ。この村の噂を聞きつけて家族で遊びに来ていたら、偶然森で会ったのだよ」
「ふむ。では、あなたたちが持っていた毒物については?」
「あれは私たちが自分の畑で使っている除草剤です。この村に売り込もうと思ったんですよ」
先ほどから、ミレイユが何を聞いても彼らは「偶然」とか「村に何かをした覚えはない」といったことを繰り返していた。
同様の毒物が村に撒かれたという話をしても、別の誰かが同じものを持っていたのだろうなどと言って、話にならない。
毒を撒いたという現場を押さえられたわけではないので、知らぬ存ぜぬを決め込んでいるのだ。
「なるほど。では、祝福を持っているのに王家に報告がいっていないことについては? すべての貴族は、祝福が発現したら教会伝いで国に報告する義務があるのですが」
「いやぁ、それについては私らはなんとも言えませんな。教会が報告し忘れていたのでは?」
「そうですか。言っておきますが、王家に対して嘘をつくことは重罪となります。それは分かっていますね?」
ミレイユが言うと、男はすぐに頷いた。
「もちろん、分かっていますとも」
男が余裕の表情で言う。
ミレイユはため息をつくと、フィンに目を向けた。
「分かりました。フィン様、私の祝福をA+に強化してください」
「……え?」
突然の申し出に、フィンがたじろぐ。
「今まで隠しておりましたが、私は祝福持ちです。他人の思考を読み取ることができる祝福を持っているんですよ」
その言葉に、その場にいる全員がぎょっとした顔になった。
本当は彼女の祝福は『触れた相手の欲望を探知する』というものなのだが、ミレイユはあえて嘘を言っている。
「さあ、お願いします」
「わ、分かりました」
フィンがミレイユに手をかざすと、彼女の体が青白く光り輝いた。
ミレイユが、男の頭に手を触れる。
「……おやおや、これはこれは」
ミレイユがにやりとした笑みを浮かべた。
「ドルトに言いつけられて、高額な報酬と引き換えに獣の姿でこの村に毒を撒いたのですか」
「な、何を言って――」
「教会もグルになって虚偽の祝福申請を行っていたとは、驚きですね。ええと……なんとまぁ。200年前からこんなことを繰り返していたのですか。これは大事件ですね」
男たちが驚愕に目を見開く。
ミレイユは男の頭から手を離すと、ポケットからハンカチを取り出して自分の手をゴシゴシと拭いた。
「な、何を言って――」
「ゲイズ・ボロンゴさん。嘘はいけませんよ」
それまで名乗っていなかった名前を言い当てられてしまい、男が言葉を止める。
ミレイユは他の者たちも一人一人指差しながら、それぞれの名前をいい当てた。
続けて、彼らの家の場所や、その家の家具の配置、好きな食べ物の品名まで、事細かに言い当てる。
皆、ミレイユに唖然とした表情を向けていた。
「A+というものはすさまじいですね。今考えていない心の奥底にある記憶まで、すべて把握することができました。この件は王家に報告させていただきます」
「……」
黙りこくっているゲイズを、ミレイユが冷たい目で見つめる。
「もう一度言いますが、王家に嘘をつくことは重罪です。しかし、この後私が呼び出した時に正直にすべてを話すなら、あなたたちには寛大な処置が下るように私から陛下に進言すると約束しましょう」
「……承知しました」
ゲイズが観念してうなだれる。
ミレイユはフィンに目を向けた。
「尋問は終わりです。フィン様、参りましょう」
ミレイユはそう言うと、扉を開けてさっさと外に出ていった。
フィンも慌ててその後に続く。
「どうだ、奴らは吐いたか?」
扉の外で待機していたラーナが、ミレイユに問いかける。
ラーナの肩には、一羽のカラスが留まっていた。
「吐いてはいませんが、すべて分かりました」
「は?」
「ラーナさん。私が呼んだら、彼らを村の入口まで連れてきていただけますか?」
「あ、ああ。分かった。こいつを連れていけ」
ラーナがカラスに指示を出し、そのカラスがミレイユの肩に飛び移る。
ミレイユはラーナに礼を言うと、スタスタと歩き出した。
「あの、ミレイユさん。他人の思考を読み取る祝福って……」
小屋から少し離れたところで、村の入口に向かって歩きながらフィンがミレイユに話しかける。
「あれですか。嘘ですよ」
「う、嘘!?」
驚くフィンに、ミレイユがちらりと目を向ける。
「いえ、嘘でした、が正しいですね。私の祝福は『欲望探知(B)』というものです。触れた相手の抱く欲望を、大まかに知ることができます」
「あ、だから、村に来る人たち全員と握手をして回っていたんですか……」
「はい。邪な考えを持って村に危害を加えるような人間がいては大変ですので。それに、レイニー様の身の安全も守らなければならないですし」
ミレイユが視線を進行方向へと戻す。
「ですが、まさかA+に強化したら、本当に他人の思考がすべて読み取れるようになるとは思いませんでした。私もびっくりです」
「……え゛」
引きつった声を上げるフィンに、ミレイユが小さく笑う。
先ほど小屋の中でミレイユが言ったことはブラフだった。
すでに状況証拠だけで充分であるとミレイユは判断しており、彼らはトコロン家ともども断罪すべきと判断していた。
それだけの権限を、彼女は持っているのだ。
だが、フィンに祝福を強化してもらった結果、本当に他人の思考を、もとい深層心理の記憶まで自在に読み取れるようになってしまった。
もはや、彼女に対してはどんな隠し事も不可能である。
「私の祝福を知っているのは陛下とフィン様だけです。このことは他言無用でお願いします。もし人に話したとしても、私がフィン様に触れれば、たとえ何も考えないようにしていても心の奥底まで全部お見通しですからね」
「わ、分かりました……」
フィンは内心震え上がりながら、ミレイユと一緒に村の入口へと向かうのだった。
* * *
その頃、メリルたちは村の入口で見学者たちが来るのを待ち構えていた。
前回同様、村ではさまざま屋台を開いており、早くも子供たちがあちこちで遊びまわっている。
「メリル、目つきが怖いわよ。落ち着いて」
まるで親の仇でも見るような目つきで道の先を見つめているメリルに、フィブリナが声をかける。
「だってあいつら、アンジェリカさんを殺そうとしたのよ!? 許せない!!」
吐き捨てるように言うメリル。
あれから、皆は村に戻ってきたアンジェリカたちから何が起こったのかを一部始終聞いていた。
毒を撒いた者たちは、猟犬に追わせた者たちも含めて全員が捕らえられ、今は村の中の家に閉じ込められている。
カラスに頭を突かれてしまった2人は死んでしまっていたが、残りの者たちはフィブリナによって完全に治療されていた。
獣の姿に変身されても逃げられないように窓には鉄格子が付けられ、数百羽のカラスと猟犬が家を取り囲んでいるという厳戒態勢だ。
「せっかく皆で筋書きを考えたんだから、そのとおりにやらないとダメよ。そんな顔してたらぶち壊しじゃない」
「う……そ、それもそうね。ごめん」
メリルがちらりと村の方を見る。
「それにしてもフィンとミレイユさん、遅いわね」
「そうねぇ……。捕まえた人たちに自白させるってミレイユさんは言ってたけど、そう簡単に吐くとも思えないし、手間取ってるんじゃない?」
「でも、毒物が入ってた袋も押さえてあるし、アンジェリカちゃんが転写した証拠もあるんだから、言い逃れのしようがないよ。白状するしかないって」
「それでも、認めちゃったら重罪決定なのよ? 最後まで白を切ると思うんだけど……あ、来たよ」
2人が話していると、フィンとミレイユがやって来た。
何やら、フィンの顔色が悪い。
「フィン、どうしたの?」
「い、いや。その……」
フィンがちらりとミレイユを見る。
「何でもないです……」
「あのね、そんな顔して、何でもないなんて――」
「皆さん、来ましたよ」
すると、じっと道の先を見つめていたレイニーが、先頭の馬車を見つけて声を上げた。
皆は口を閉ざし、馬車の一団がやってくるのを静かに待った。
馬車がフィンたちの前で止まり、窓からドルトが顔を覗かせた。
その横から、フィンたちのかつての級友のドランが顔を見せる。
ニヤニヤといやらしい笑みを浮かべて、上機嫌な様子だ。
「これはこれは、皆様わざわざ村の外までお出迎えを……おお、レイニー様!」
ドルトとドランは扉を開けて馬車を降りると、レイニーに深々と腰を折った。
「レイニー様、お久しぶりでございます。また一段とお美しくなられましたな」
「ふふ、ありがとうございます。今日は遠いところ、ご苦労様でした」
にこりとレイニーが笑顔を向ける。
その様子に、ドルトは一瞬不思議そうな顔つきになったが、すぐに笑顔に戻った。
「いえいえ、今国中で話題になっているエンゲリウムホイスト村を見学できるということで、道中楽しみで仕方がありませんでした。立派な花畑と上質な作物が育つたくさんの畑、それに、アプリスの果樹園まであると聞き及んでおりますが」
「はい。それはもう、国内外に誇れるような素晴らしいものですよ。ぜひご覧になってくださいね」
レイニーの自然な物言いに、ドルトが固まる。
「どうかなさいましたか?」
「い、いえ……。では、村の中に入らせていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい、もちろんです。フィン様」
レイニーがフィンに目を向ける。
「はい。馬車は村の中に停めていただければと。こちらへどうぞ」
フィンが見学者たちの馬車を先導し、村へと入る。
ドルトは困惑した様子ながらも、その後に続いた。
「よう、フィン。久しぶりじゃないか」
ドランがニヤつきながら、フィンに話しかける。
「どうだ、元気にしてたか?」
「う、うん」
「何だ? 元気がないな。何かあったのか?」
小馬鹿にした態度のドランに、フィンは愛想笑いを浮かべる。
この後の彼のことを思うと、少々気が重い。
「いや、その……ドラン」
「何だ? 言いたいことがあるなら言えよ」
「……これから大変だと思うけど、きっと誠実に努力すれば報われる日もくるよ。頑張ってね」
「は?」
ドランが怪訝な顔になる。
なおも問いかけてくるドランをあしらいながら、皆で村へと入る。
「なっ、こ、これは……」
見えてきた村の景観に、ドランが驚いた声を上げた。
視界の先に広がる畑や花畑には、青々とした野菜や色とりどりの花が咲き誇っている。
毒の散布によってそれらが壊滅していると思っていたドランには、何がなにやら分からなかった。
ドルトも驚愕の表情で、それらを見つめて言葉を失っている。
それぞれの馬車が停まり、中から各地の領主たちとその家族がぞろぞろと降りてきた。
皆が美しい村の景観を目にした途端、感嘆の声を漏らす。
フィンは彼らの前に歩み出ると、声を張り上げた。
「皆様、ようこそエンゲリウムホイスト村へ!」




