第56話 何か分かったんですか!?
それから、約1カ月半後。
秋が到来し、エンゲリウムホイスト村の周囲の山の木々は、色鮮やかな紅葉を見せるようになっていた。
村から200メートルほど離れた山道では、大勢の村人たちが道の整備を行っている。
この道に、線路を敷くためだ。
まずはライサンドロスと行き来できるようにしようということで、今まで使っていた山道をせっせと開拓中である。
機関車だけが通れる幅を開拓するというのでは後々問題が起こるだろうということで、線路の隣には馬車が最低1台は通れるくらいの幅の道を作ることになっている。
所々に馬車がすれ違うための退避スペースも設ける予定だ。
トンネルも掘れればよかったのだが、ノウハウもなにもない状況でトンネル掘りを敢行して崩落事故でも起こったら、洒落にならない。
安全第一で考えた結果、既存の山道に線路を通すことになったのだった。
「うう、私、楽しみで仕方がないです!」
大勢の人々が木々を切り倒したり岩を取り除いている姿を見つめながら、ハミュンがうきうきした様子で隣に立つフィンに言う。
ハミュンの他にも村の子供たちが『社会科見学』という名目で集まっており、わいわいと騒ぎながら作業を見守っていた。
皆、お弁当を持参しており、これからお昼ご飯の予定だ。
「もう少し先まで道を広げたら、先に線路を敷いちゃうんですよね?」
「うん。機関車で作業場所まで資材を運んだほうが楽だからね。人の行き来も簡単だしさ」
「その時になったら、最初に機関車を動かす時に私も一緒に乗せてくれませんか!?」
「もちろんいいよ。何十人もまとめて乗れるくらいの荷台は付けるだろうから、皆で一緒に乗ろうか」
「はい! ああ、早く乗りたいなぁ!」
ハミュンが、わくわくが止まらないといった様子で身悶えする。
現在、ミニチュア機関車をモデルにして、実際に運用するサイズの機関車も開発中だ。
将来的は燃料にエンゲリウム鉱石を用いる予定だが、まだ採掘が始まっていないので、それまでの繋ぎとして石炭を用いることになっている。
石炭はライサンドロスから無料でオーランドが輸送し続けてくれているので、燃料費はタダだ。
そうしていると、村の方からラーナが歩いてきた。
「フィン殿。カラスたちが、見学ツアーの参加者たちが各地を出発したと言ってきたぞ。ライサンドロスに一旦集まるまで、あと10日ほどかかるだろう」
「分かりました。いよいよですね」
「ああ。しかし、本当に奴らは仕掛けてくるだろうか?」
ラーナが少し不安な様子で言う。
「奴らとて、この間派手なことをした手前、こちらも警戒していると考えるだろう。そう短絡的に、再び毒を撒きにくるだろうか」
「必ず来ます」
すると、ラーナの後ろからミレイユが歩いてきた。
メリル、フィブリナ、アンジェリカも一緒だ。
「トコロン家にとって、このエンゲリウムホイスト村は目の上のタンコブです。国中の領主を招いて見学会を催すとなれば、好機とみて大恥をかかせにくるでしょう」
見学会を開催するにあたり、フィンはチラシで『アプリスは順調に生育しており、間もなく大々的に出荷を始める』と触れ込んで回っていた。
あの場に居合わせた旅商人たちには、村の作物が全滅してしまったことは口止めしており、今のところ外には漏れていない。
村では土を無毒化するためにすべての土を入れ替えている“ふり”として、畑の土を掘り起こしては山で採ってきた土に入れ替える作業を一部で行っていた。
村に訪れる旅商人たちは、それまであった果樹園や花畑がなくなっていることと、土の入れ替え作業をしている様子に驚いていたが、彼らには「よりよい作物のために、山の土と入れ替えることにした」と説明していた。
なので、祝福を使って一気に土を無毒化したことは、外部の人間は誰一人知らないのだ。
「彼らは、我々が毒に侵された土を力業ですべて入れ替えたと思っているでしょう。つまり、見学会の何日か前に毒を撒くことさえ成功してしまえば、見るも無残な状態になった村の様子を見学者たちは目にすることになります」
「それは分かるのだが、いったいどうやって毒を撒くというのだ? 前回のような手は通じないと向こうも考えているはずだろう?」
「はい。もしやるとすれば、川の上流に毒を撒くということでしょうか」
ミレイユの言葉に、皆の表情が引きつる。
確かに、川の水を畑の水やりに使っていると考えるのは普通のことだ。
その水に毒を撒いてしまえば、後は勝手に村人たちが作物を枯らしてくれる。
実に合理的だ。
「なっ!? 作物だけではなく人間も……レイニー様の命にすら危険が及ぶようなとんでもない凶行ではないか!」
「そのとおりです。しかし、レイニー様が滞在しているこの村の畑に毒を撒く連中です。そのようなことをしても不思議ではありません。アンジェリカ様には川の上流付近に待機していただき、証拠を押さえていただくべきかと思います」
「ううむ……承知した。アンジェリカ殿」
ラーナがアンジェリカに目を向ける。
「はいっ!」
「すまないが、今から見学会当日まで、川の上流付近で待機していただきたい。もちろん、護衛も付ける」
「わ、分かりました」
アンジェリカには悪いが、今回の計画のキーマンは彼女だ。
彼女に決定的な証拠を掴んでもらい、トコロン家の悪事を白日の下に晒してやらねばならない。
犯行を行っている人物を捕まえるだけでは言い逃れされる可能性もあるので、毒を撒くところから犯人がトコロン家の者と接触しているところまで、すべてを転写して証拠を手にする必要があるのだ。
「フィン殿、今から村で使うすべての水は、エヴァ殿や彼女の母君が祝福で浄化したもののみを使うことにしよう」
「それがいいですね。村の人たちには、僕から伝えておきます」
「よろしく頼む。作物への水やりは、すべてレイニー様にお願いすることとしよう。私から話は通しておく」
「お願いします。今までもレイニー様にやってもらってましたけど、全部ってわけじゃなかったですからね」
「ああ。まったく、レイニー様のお手をここまで煩わす事態になってしまうとは……」
「貴族としてあるまじき行いをする連中を引っ立てる、いい機会です。レイニー様にも頑張っていただきましょう」
きりっとした表情で言うミレイユに、ラーナが顔を向ける。
「お前、今回の件に関してはずいぶんと強硬な意見が多いな。いつも冷めている様子だったが、なかなか熱いところもあるじゃないか」
「私は自分の不手際が許せないだけです。このままでは、陛下に顔向けできません」
「は? 不手際? なにかしでかしたのか?」
「それは秘密です」
表情を変えずに言うミレイユに、ラーナは首を傾げるのだった。
* * *
それから10日後の夕方。
村の住人たちは、いつもと変わらないように振る舞いながら生活を続けていた。
畑や果樹園では新たなものが生育されており、花畑も見事な復活を遂げている。
「あと5日で見学者が来るけど……」
「何も起こらないわね……」
木々に実っている季節外れのアプリスの実を眺めながら、メリルとフィブリナが話す。
あれから村人たち総出で深夜から明け方まで村中の監視を続けているのだが、今のところ侵入者の姿は目撃されていない。
アンジェリカが待機している川の付近も、平穏そのものだ。
「もしかして、私たちが警戒してるのがバレちゃってるんじゃない?」
「かもしれないわね。目立たないように気を付けてはいるけど、仕掛けてくる人はプロだろうし。でも、このまま何も起こらないなら、それでもいいんじゃないかしら?」
フィブリナが、果樹園で祝福を使っているスノウに目を向ける。
スノウは穏やかな表情でアプリスの木々を見つめており、それらの木々に付いた実はぼんやりと光り輝いていた。
種から育て始めたのでだいぶ時間がかかってしまったが、間もなく収穫できる頃合いだ。
「トコロン家のやったことを暴けないのは残念だけど、見学会が成功すれば村の地位は確立されたようなものよ。見学会のついでに大々的な取引契約も結べるし、その後で何かされたとしても、またエヴァさんたちの祝福で毒を消しちゃえば大丈夫なのだから」
「そうかもしれないけど、このままじゃ腹の虫が収まらないわ! あんな酷いことしておいてお咎めなしなんて、絶対に間違ってるもの!」
メリルが鼻息荒く言い切る。
「でもねぇ……相手もリスクは承知してるだろうし、危険を冒してまで――」
フィブリナが言いかけた時、離れた場所で何やらにゃんにゃんカアカアとやっていた猫とカラスたちの下から、1羽のカラスとピコが風呂場へと走って行った。
今、ラーナはレイニーが入浴している風呂場の傍で警備についているはずだ。
「何かあったんだよ! 姉さん、フィンを呼んできて!」
メリルはフィブリナにそう言うと、風呂場へと向かって走り出した。
* * *
「ふむふむ……そうか。ご苦労だった」
メリルが駆けつけると、ラーナがピコたちから何やら報告を受けていた。
「ラーナさん、何か分かったんですか!?」
駆け寄るメリルに、ラーナが頷く。
「うむ。こちらに向かっているトコロン家の者が、山の中で何者かとこっそり接触しているのを目撃したとカラスが言っていてな」
「っ! じゃあ、すぐにでも何か仕掛けてくるってことですね!?」
「ああ。だが、カラスの報告にとんでもない内容があってな……」
「とんでもない内容?」
メリルが聞き返した時、フィンを連れたフィブリナが駆けてきた。
「ラーナさん! 何か分かったんですか!?」
先ほどのメリルとまったく同じセリフをフィンが言う。
「ああ。カラスたちが言うに――」
その時、風呂場の戸口が開き、髪を濡らしたレイニーがタオル姿で顔を覗かせた。
「ラーナちゃん、何か分かったんですか!?」
「うわ!? レイニー様、そんな恰好で出てきてはいけません! 服を着てください!」
ラーナが慌ててレイニーを建屋の中に押し込み、ぴしゃりと戸を閉める。
すると今度は、騒ぎを聞きつけたスノウとエヴァが駆けてきた。
「「ラーナさん、何か分かったんですか!?」」
「ええい、きりがない! ちゃんと説明するから、皆いったん領主邸に集まれ!」
ラーナが一喝し、とりあえず質問は後にして皆で領主邸に向かうことになった。




