第52話 それぞれの未来のために
数時間後。
村内を一通り練り歩いたフィンたちは、村の一角にある猫カフェで休憩を取っていた。
突貫工事で作られた丸太小屋は、作りは少々雑だが丸太を未加工でそのまま柱や壁に使っており、普通の家とは一風変わった雰囲気を楽しめるようになっている。
室内にはいくつかのテーブルとイスがあるのみだが、訪れている見学者たちは、皆が実に幸せそうにしていた。
それぞれの見学者の膝の上には猫が丸くなっており、頭を撫でられようが肉球をぷにぷにされようが、一切文句を言わない。
猫じゃらしのおもちゃを出せばすぐに数匹が集まって遊んでくれるため「これは楽しい!」とすこぶる好評だった。
見たところ、猫カフェ内にいるのは8割方女性のようだ。
「ふむ。そろそろ店じまいをしたほうがよさそうだな」
ピコを膝に載せてうたた寝をしているレイニーを見ていたラーナが、隣でハーブティーを飲みながら休憩しているフィンに言う。
「あ、猫たち、もう限界ですか?」
「ああ。皆一生懸命客を構っているが『疲れた』と『眠い』と『つらい』を連呼し始めている。ひたすら肉球をぷにぷにされているやつなんて『あうあうあー』とかよく分からないことを言い始めているぞ」
「そ、そうですか。それはさすがに、もう休ませたほうがいいですね」
「うむ。そろそろ夕方だし、これくらいで勘弁してもらおう」
ラーナはそう言うとイスから立ち上がり、パンパンと手を叩いた。
猫と戯れていた人々が、一斉にラーナに目を向ける。
それまで必死に人間の猫じゃらしに手を伸ばしていた猫の1匹が、その場にぱたりと倒れてぜいぜいと荒い息を吐いた。
体力的に限界だったらしい。
レイニーも目を覚まし、眠そうに目を擦っている。
「皆様、お楽しみのところ大変申し訳ございません。そろそろ猫たちの夕食の時間となりますので、当店はこれにて閉店とさせていただきます。お近くの猫たちに、お別れの挨拶をよろしくお願いいたします」
ラーナの呼びかけで、見学者たちが名残惜しそうに猫に別れの挨拶をする。
また来るからね、と猫の頭を撫でている者、もっと触っていたかった、と肉球を最後にぷにぷにしまくる者と、その別れ方は様々だ。
すべての見学者が建屋を出ていくと、最後まで愛想よくしていた猫たちも、そのほとんどがバタバタとその場に倒れ始めた。
「うわ! 猫たち、大丈夫ですか? そんなに疲れてたのか……」
「あわわ、皆どうしちゃったんですか!? あれ? いつの間にかピコちゃんが乗ってます」
膝の上にいるピコの頭をレイニーが撫でると、ピコは「にゃあ」と一声鳴いて、レイニーの顔に自身の頭を擦り付けた。
彼女の膝の上は聖域扱いにされていたようで、体力が限界に達した猫が交代で休憩を取っていたのだ。
「さて、猫たちの夕食を用意するか。フィン殿、メリル殿とフィブリナ殿は調理場だな?」
「はい。2人とも、夕食の準備をしていると思います」
見学者たちの夕食会は、村の広場で行われることになっている。
今頃、調理場は食事の準備でばたばたしているはずだ。
「では、私も手伝いに行くとしよう。フィン殿、レイニー様のことをよろしく頼むぞ」
「分かりました。レイニー様、今から鍛冶工房に行くのですが、ご同行お願いできますか?」
「はい!」
ぐったりしている猫たちをその場に残し、フィンとレイニーは鍛冶工房へと向かった。
* * *
「ふふ。皆さん、すごく楽しそうですねぇ」
道すがら、村のあちこちを思い思いに見学して回っている人々を見て、レイニーが嬉しそうに微笑む。
今は自由行動の時間となっており、見学者たちはそれぞれ村内を歩き回っている状況だ。
屋台の食べ物を食べ歩いている者、学校を見学している者、果樹園で熱心にスノウから品種改良の経過を聞いている者、ウィーロット兄妹に記念撮影をしてもらっている者など、様々だ。
村の外の池にあるプールと生け簀も使えるようになっており、子供たちは水遊びをしたり魚の掴み取りをしたりと楽しんでいるだろう。
捕まえた魚はその場で塩焼きにしてもらえるということで、フィンが少し前に様子を見に行った時は、子供だけでなく大人も掴み取りに参加して楽しんでいた。
「これなら、見学に来た人たちがあちこちに話を広めてくれそうです。お客さんが増えそうですね!」
「はい。何とか見学会が上手くいって良かったです」
そうしてしばらく歩き、鍛冶工房へとやってきた。
工房の前では、ミニチュアサイズの蒸気機関車が子供たちを乗せてしゅぽしゅぽと白い煙を上げながらレールの上を走っている。
見学会に間に合わせようと、ゴーガンたちが大急ぎで作り上げてくれたのだ。
車両の大きさは大人の胸ほどの高さで、長さは約2メートルほど。
先頭車両と後部車両に動力部が備わっており、線路の端まで進んだ後は、今度は後部車両を使って逆走させる仕組みになっている。
子供たちが乗っている車両は、板に座席と車輪を付けただけの簡単なものだ。
「あっ、フィン様ー!」
機関車の中ほどに乗っていたハミュンが、フィンの姿を見つけて大きく手を振る。
見学会の最中、ハミュンはずっとこの場所でミニチュア機関車を楽しんでいた。
彼女の後ろには、ゴーガンの孫娘のルナも乗っている。
「やあ、ハミュン。楽しんでる?」
「はい! 何回乗っても飽きないです!」
約100メートルほどの真っ直ぐな線路を、ハミュンや見学者の子供たちを乗せたミニチュア機関車が進んでいく。
先頭車両で運転しているのは、ゴーガンの息子だ。
わいわいと騒ぎながらミニチュア機関車に乗っている子供たちを、大人たちは微笑ましく眺めていた。
「ゴーガンさん、お疲れ様です」
「おお、フィン様。レイニー様も、お疲れ様です」
少し離れた場所でイスに腰かけていたゴーガンに、フィンたちが歩み寄る。
「機関車の具合はどうです?」
「まったく問題なしだよ。もう何時間も動かしっぱなしだが、不具合は一切なしだ。実験は成功だな」
「よかった。このまま大型化すれば大丈夫そうですね」
「だな。あとはカーブ用に車輪を作り変えるのと、山道の整備が上手くいけば御の字だな」
ゴーガンが満足そうに頷く。
実際に運用予定の蒸気機関車も構造自体はほぼ同じなので、あとはこれを大型化するだけだ。
近い将来、この村と各地の街を繋ぐ鉄道網を整備することができるだろう。
「そろそろ日が暮れてきたし、夕食の時間だろう? ミニチュア鉄道はそろそろ店じまいにしようと思うんだが」
「はい。それを伝えに来ました。皆を広場に集めないと」
「おう、分かった。そんじゃ、あれが戻ってきたら終わりにするとするか」
ゴーガンが機関車に目を向ける。
ちょうど終端まで行ったところのようで、彼の息子が後部車両に乗り換えていた。
しばらくすると、ミニチュア機関車がしゅぽしゅぽと白い煙を吐きながら戻ってきた。
ゴーガンが彼らに営業終了を伝え、車両から降りさせる。
「フィン様、私が鐘を鳴らしてもいいでしょうか?」
レイニーが鍛冶工房の前にある吊り鐘に目を向ける。
この鐘の音が聞こえたら、広場に集まるようにと見学者には伝えてあるのだ。
「もちろんです。お願いします」
「はい!」
レイニーが吊り鐘に駆け寄り、垂れている紐を握る。
「よいしょっ」
ぐいっと彼女が紐を引っ張ると、カンカン、と大きな鐘の音が村中に響き渡った。
* * *
それから約1時間後。
煌々とした篝火に照らされた村の広場にて、夕食会が行われていた。
大きな長テーブルの席に着いた見学者たちの前には、村で採れた野菜や魚、イノシシ肉をふんだんに使った料理が個別に配膳されている。
子供たちには、メリルとフィブリナが子供が好きそうな料理だけ見繕って作ったお子様プレートが用意されていた。
「いやはや、廃坑を観光資源にするとは考えましたなぁ」
料理を頬張りながら、領主の1人がフィンに言う。
彼らには山道を少し歩いてもらって、エンゲリウム鉱石採掘予定地へと案内したのだ。
そこにある旧坑道を整備して、観光資源として活用するという話をフィンがすると、皆が「なるほど」と感心していた。
「何百年も前の坑道の中など、誰も見たことがありませんからな。実に楽しそうです」
「はい。きちんと安全に配慮して、坑道内は補強と整備も行いますので、その折はぜひ皆さんも遊びに来てくださいね」
「もちろんですとも。次は知人も大勢連れて、訪れさせていただきますぞ」
「うむ。こんなに楽しい一日を過ごしたのは初めてです。何度でも遊びに来たくなります」
「食べ物も美味しいし、景色も綺麗だし、猫たちの愛想はいいし、本当に素敵なところですわ。ずっと住んでいたくなっちゃいます」
見学者たちが口々に村を称賛する。
皆、お世辞ではなく本心で言っているのだ。
彼らの子供たちが心の底から楽しそうにしていたのも、村の心証を良くした一因である。
「フィン殿、1つ相談させていただきたいことがあるのですが」
皆で和やかに食事を続けていると、1人が神妙な顔でフィンに声をかけてきた。
「はい、何でしょう?」
「実は、こちらの村に移住してきたジーク・ウィーロットとアンジェリカ・ウィーロットですが、我が領地から転出した者たちでして」
「あ、はい、そうでしたね。彼らには本当にお世話になっていて。何でも積極的に取り組んでくれますし、祝福以外でもすごく活躍してくれていますよ」
「そうでしたか……。それは私としても嬉しいのですが、ここ最近、彼らのようにこの村に移住をしたいと考えている者が領地に多くいるようでして」
彼が相談内容を噛み砕いて説明する。
彼曰く、レイニーが村に移住した噂が今では国中に広まっており、彼の領内ではエンゲリウムホイスト村の噂話でもちきりらしい。
そこに、つい先日オーランドが宣伝チラシを各所に配り、そこには『村に移住してくれる貴族を募集している』と記載されていた。
フィンが他人の祝福を強化できるという話もすでに噂で広まっており、チラシを見た領内の貴族たちから「村へ移住したい」という申し出が数件、彼の下に上がってきているとのことだ。
「このままいくと、村への移住を申し出る貴族が大勢出てくると思うのです。しかしながら、国の法律では我々領主は転出拒否を強制することはできません」
オーガスタ王国では、住人の各地への移住は比較的自由に行うことができる。
より発展した都市へ移住して幸せを享受したいと思うのは人の常であり、それを妨げることは人々の幸せの追求に対する妨害になると考えられているからだ。
ただし、移住を行う際にはその理由を明確に領主に申し出る必要があり、資産に応じた『転出金』というものを支払う義務がある。
また、転出によってその領地に大きな損害が出ると見込まれる場合は、転出希望者は見込み損害額に応じた転出金を支払う必要があり、王家は他の領地から代わりの住人の移住を支援金を支払うことによって斡旋することになっていた。
「このままですと、多くの下級貴族や一般市民がこの村への移住を希望することが予想されます。そうしますと、我が領地の運営状況に少なくない悪影響が出ると考えておりまして……」
彼の話に、別の領主も深く頷く。
「うむ。これほど将来有望な村を見れば、移住したいと申し出る者も大勢出てくることでしょう。繁栄が一極集中になるというのは、将来的に互いの領地にとって不利益を招きかねません」
「フィン殿、今のうちに、ここにいる者の領地との間にだけでも、何かしらの折衝案を結ばせていただければと思うのですが」
割と切実な彼らの申し出に、フィンも「確かに」と頷いた。
村を一大物流拠点にし、王都に負けないほどの大都会にするというのがフィンの目標だ。
しかしながら、それによって他の領地と不和が生じては元も子もない。
残された住人や領主たちからは不満が噴出するだろうし、いらぬいざこざが起こってもつまらない。
「フィン。オーランド様にお願いしてる貴族の募集は、いったん取りやめたらどうかしら?」
話を聞いていたフィブリナが口を挟む。
「領主様たちがおっしゃっているように、このままだといろいろと悪影響が出かねないわ。移住じゃなくて、村の事業協力のための一時的な転居っていうかたちがいいと思うのだけど」
「なるほど、それはいいね。こっちから他の領地に礼金を出して、人材派遣っていう形にしたらいいかも」
フィンが言うと、それぞれの領主たちは「それはいい考えだ」と、ほっとした様子で同意の声を上げた。
「それと、平民の移住希望者についても考えないと。期間を区切って、移住できる人数を制限したらどうかしら」
「そうしていただけると大変助かります。それと、鉄道についてなのですが、真っ先に我らの領地へと線路を繋いでいただけるようご検討願えませんでしょうか」
「うむ。村との鉄道が繋がるとなれば、我らの領地にも各地から移住希望者が増えそうだ」
「その折には、この村からもぜひ我らの領地に住人たちを招待させていただきたい。旅行者が相互に行き来するようになれば、経済も活性化するはずです」
食事会が終わった後も、フィンたちはお互いの領地の未来のために皆であれこれと相談をするのだった。




