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【すずの木くろ】バフ持ち転生貴族の辺境領地開発記  作者: すずの木くろ【N-Star】
第2部
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第47話 猟犬と恵みの雨

 翌日の昼前。

 フィンは村の果樹園で、スノウと一緒にアプリスの木を見上げていた。


「だいぶ綺麗な実が生るようになってきましたねぇ」


 たわわに生るアプリスの実の一つを枝から採り、フィンが眺める。

 真っ赤に熟したアプリスの実は、店で売られているものと遜色ないレベルにまで品種改良が進んでいた。

 ただ、枝に付いている実の中には形が妙にいびつなものが数個混ざっており、まだ完璧ではないようだ。


「やっとここまでたどり着きました。中身もすごく綺麗ですよ」


 スノウはポケットから果物ナイフを取り出し、フィンから受け取ったアプリスに慣れた手つきで切れ目を入れ、両手で持ってパキッと半分に割いた。

 薄く黄色がかった瑞々しい断面、そしてその中心には小さな黒い粒状の種がたくさん詰まっている。


「はい、フィン様。食べてみてください」


「いただきます」


 しゃくっと音を立てて、フィンがアプリスを齧る。

 爽やかな酸味と甘み、そしてその芳醇な香りに、フィンの頬が緩んだ。


「すごく美味しいです! これなら、そろそろ売り出しても大丈夫じゃないかな」


「はい。収穫量も安定して見込めますし、早速オーランド様の下へ送ってみましょう」


「フィン様ー!」


 そんな話をしていると、背後から声がかけられた。

 フィンたちが振り向くと、ハミュンが猫たちを連れて駆け寄ってくるところだった。

 彼女の肩にはカラスが1羽止まっており、上空にもバサバサとカラスの集団が羽ばたいているのが見て取れる。

 まるで動物使いのようだ。


「お昼ご飯の用意が出来ましたよ!」


「うん、ありがとう。ほら、ハミュンも食べてごらん」


 フィンは枝からアプリスを1つもいで服で表面を拭き、ハミュンに手渡す。


「もう売り物にできるくらいの状態になったんだ。明日にでも、ライサンドロスに送ろうと思ってて」


「えっ、そうなんですか! スノウ様、やりましたね!」


 ハミュンがアプリスを受け取り、スノウに笑顔を向ける。


「ふふ、そうね。上手くいって、本当によかったわ」


「スノウ様の頑張りにアプリスが応えてくれたんですよ!」


 ハミュンは元気に言うと、アプリスを皮ごと齧った。

 しゃくっと小気味いい音が響き、ハミュンがうんうんと頷く。


「んー! いつもどおりすごく美味しいです!」


「あれ? ハミュン、もう食べたことあったの?」


「はい。学校の給食でよく出ますから。そういえば、フィン様が授業を教えてくれている日には出たことなかったかもですね」


「あー……僕、あんまり授業を受け持ってないからなぁ」


 基本的に、児童たちの教育はフィブリナとエヴァがメインで担当している。

 フィンはいつも村をあちこち走り回っているので、数えるほどしか教師役をしたことがないのだ。

 すると、地面に舞い降りてきたカラスたちがカアカアと鳴き出した。


「あっ、フィン様。カラスたちもアプリスを食べたそうですよ?」


「みたいだね。いくつかおすそ分けしよっか」


「はい! 大きいままだと食べにくいですし、切り分けてあげましょうね」


 3人でアプリスの実をぷちぷちと枝からもいでいく。

 スノウはそれを1つずつ切り分けると、草むらに並べていった。

 カラスはぴょんぴょん跳ねてアプリスのかけらに近寄り、くちばしでついばんでいく。


「カラスたち、これだけたくさんアプリスが生ってるのに、勝手に食べなくて偉いね」


 アプリスを食べているカラスを見ながら、フィンが言う。

 猫たちも興味が湧いたのか、カラスに交じってアプリスをしゃりしゃりと齧っていた。

 最近は喧嘩もすくないようで、言い争っている姿を見るのは稀だ。


「村の作物は勝手に食べないようにってラーナ様が言いつけてますからね。料理は毎日出してますし、満足してるみたいです」


「木に付いた虫も取り除いてくれてるんですよ。おかげで、どの木も綺麗なままで助かってます」


 ハミュンとスノウがアプリスを地面に並べながら言う。


「へえ、そんなことまでやってくれてるんですか。スノウさんがラーナさんにお願いしたんですか?」


「いえ、カラスたちが自主的にやってくれているみたいです。毎朝私が果樹園に来ると、たくさんの毛虫が一カ所にまとめて置いてあるんです」


「そうだったんですか。やっぱりカラスは利口だなぁ」


 カラスたちはこちらが丁寧に扱えば扱うほど、それに応えてあれこれやってくれていた。

 作物を食べに来る獣が森から現れればそれを追い払い、肥料用にと森で枝を集めている人を真似て、たくさんの枝をどこからか運んできてくれたりもしている。

 とはいえ、相変わらず「もっと美味いものを食わせろ」と食事に関する注文が多いのだが。


「おーい、フィン!」


 そうしていると、ロッサがフィンたちの下へとやって来た。

 毎日外で畑仕事に精を出しているせいか、こんがりと日焼けして健康的な見た目だ。


「王都から猟犬が運ばれてきたぞ。今、レイニー様とラーナさんが騎士たちから引き継いでる」


「そうなんだ。僕も行かないと」


「フィン様、私も行きたいですっ!」


 はい、とハミュンが手を上げる。


「うん、いいよ。スノウさんも来ます?」


「いえ、私はこの子たちと一緒にいます。アプリスを食べ足りなかったら、かわいそうですし」


「そっか。じゃあ、すみませんけどお願いしますね」


「あ、俺も手伝いますよ! 1人じゃ大変ですからね!」


 ロッサの申し出に、スノウがにっこりと微笑んだ。


「まあ、ありがとうございます。ロッサさんは優しいのですね」


「いやいや、そんな。ははは」


 そんなロッサにフィンは苦笑すると、ハミュンを連れて村の入口へと向かった。



* * *



 フィンたちが村の入口に到着すると、数頭の犬たちを前したラーナが何やら話していた。

 どうやら、猟犬と会話しているらしい。

 傍ではレイニーが猟犬たちの頭を撫でてにこにこしている。

 猟犬を運んできたのは王都の騎士たちのようで、皆でラーナが猟犬とコミュニケーションを取っているのを見守っていた。


「レイニー様、ラーナさん!」


「おお、フィン殿」


 ラーナがフィンに目を向け、にこりと微笑む。


「猟犬、届いたんですね」


「ああ。これでイノシシも何とかなるだろう。猟犬たちも『任せておけ』とか『朝飯前だ』と言って張り切っているぞ」


「ふふ、皆お利口さんですねぇ。すごく可愛いです」


 きちっとお座りしている猟犬の頭を撫でながら、レイニーは嬉しそうだ。

 なんというか、猫やカラスとは違った気品と知的な雰囲気が、猟犬たちの顔からは感じられる。


「フィン様、この子たちにも何かご馳走をしましょう。歓迎パーティーしませんか?」


「承知しました。ハミュン、メリルたちに伝えてきてくれるかい?」


「はい! たくさん動物が増えて、なんだか楽しいですね!」


「あ、そうだ」


 ハミュンが駆け出していこうとすると、ラーナがフィンに声をかけた。

 なんだろう、とハミュンも足を止める。


「陛下が、フィン殿にって地図を寄こしてくれたぞ。鉄道計画に役立てて欲しいとのことだ」


「えっ、地図ですか! それはありがたいですね!」


「そうだな。計画は今のところどれくらい進んでいるんだ?」


「えっと、精鉄炉に使うレンガがそろそろ揃うので、鉄の製作が始まったら早速部品作りに取り掛かろうかなって。半月後には試作が始められるかと」


 それを聞き、ハミュンの表情がぱっと輝いた。


「えっ、もう試作を始めるんですか!?」


「うん。ゴーガンさんたちの祝福があれば、加工は簡単だからさ。とりあえずやってみようって話になってるよ」


「やった! これなら、すぐに蒸気機関車が完成しそうですね!」


「はは、それはさすがに気が早いよ。でも、できるだけ早く作れるように頑張るね」


「はい! 楽しみにしてます! では、犬さんたちのお料理を作ってきますね!」


 ハミュンが大喜びしながら、領主邸へと駆けていく。

 ラーナはそれを見送り、優しく微笑んだ。


「うむ。子供が元気で幸せそうなのはいいことだな。この村は、本当にいい場所だ」


「ありがとうございます。それもこれも、ラーナさんやレイニー様が協力してくれているからこそですよ」


「うふふ。いつもお父様が口癖みたいに『民を幸せにしてこそ真の王族だ』って言ってましたけど、私もようやくそのお手伝いができました。働くって、素晴らしいですね!」


 レイニーがフィンに目を向ける。


「フィン様、私の祝福を強化していただけませんか?」


「あ、はい。かしこまりました」


 フィンがレイニーに手を向ける。

 一瞬、彼女の体が青白く光り輝いた。


「ありがとうございます」


 レイニーは微笑むと、目を細めて空を見上げた。

 その途端、まるで水道の蛇口を捻ったかのように、数本の細い水の柱が空からすうっと落ちてきた。


「ほら、暑くて喉が渇いたでしょう? 好きなだけ飲んでくださいね。ラーナちゃん、伝えてあげて」


「はい」


 レイニーの言葉をラーナが頭の中で犬たちに伝えると、彼らは喉を鳴らしてごくごくと水を飲みだした。

 フィンが空を見上げると、数十メートル上空から水が湧き出ているような状態が見て取れた。

 フィンの顔にも、さらさらと霧のような雨粒が少しかかる。


「す、すごい。こんなピンポイントで雨を降らせられるんですか。しかも、水量まで自由自在って……」


「ううむ、やはり天候操作型の祝福は、他とは格が違うな……」


 唸るフィンとラーナに、しゃがんで犬たちを眺めていたレイニーが顔を向ける。


「A+になると、空の上のことが手に取るように分かるようになるんです。まるで自分の体の一部になったみたいで」


「それはすごいですね。だからこうやって、狙った場所に雨を降らせられるんですか」


「はい。風が吹いていなければ、ですけどね。やろうと思えば、空から滝を降らすことだってできますよ。やってみましょうか?」


「あ、いえ、それをやると地面に穴が……いや、地表に落ちる前に霧になるのかな?」


 前世でテレビで見た『エンジェルフォール』という高所から降り注ぐ滝をフィンは思い起こす。

 あれは、あまりにも高所から滝の水が落下するため、地表に到着する前に霧状になってしまっていた。


「それは水を集める高さ次第ですね。空の上の雨粒をすぐそこまで持ってくれば、滝でもなんでも作り放題ですよ」


 お風呂用の水を集める時もそうやっていますしね、とレイニーが付け加える。


「ううむ、まるで神様みたいな力だ……。じゃあ、せっかくですし、ここらへん一帯に霧のシャワーをお願いしてもよろしいでしょうか?」


「はい! お任せください!」


 レイニーが立ち上がり、空を見上げて目を細める。

 数秒して空に白い雲が滲み出したかと思った次の瞬間、優しい霧雨が一帯を覆いつくした。

 やりとりを見ていた騎士たちが、おお、と感嘆の声を漏らす。


「おー、これは気持ちいですね!」


「ですよね! このまま土砂降りにしちゃいましょうか?」


「あ、いや、それはまた今度お願いします!」


 調子に乗って大雨を降らせようとするレイニーを慌てて止めつつも、フィンは快晴の中に降り注ぐ霧雨を気持ちよさそうに見上げていた。

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