第43話 カラスさん手伝って
オーランドがライサンドロスへと経ってから5日後。
ラーナは村の猫たちを領主邸の前に集め、ネズミ退治の会議をしていた。
「ふむ。我々だけではすべてのネズミの駆除は無理か……」
にゃあにゃあと猫たちの鳴き声が響くなか、ラーナが困り顔で言う。
ここ最近、人間と猫で協力してネズミ駆除に当たっていたのだが、どうにもこうにもネズミが減らないのだ。
駆除数自体は一日に数十匹以上の成果が出ているのだが、どうやら増える数の方が多いらしい。
村では、家の中だけでなく畑にも豊富に食べ物があるので、ネズミたちにとっては楽園のような状態なのだ。
100や200では利かない数のネズミが、この村には生息しているのだろう。
「だが、鳥に協力を仰ぐといってもな……。彼らが素直に手伝ってくれるだろうか」
猫たちから、鳥たちにも協力を仰いではどうだろうかという提案をラーナは受けていた。
鳥ならば上空から村の全体を把握できるし、彼らの目は人や猫よりもはるかに優れていると猫たちは口をそろえて言っている。
周辺の森には数えきれないほどの鳥が生息しているので、数には数で対抗すべきというのが猫たちの総意だった。
唸るラーナに、ピコをはじめとした猫たちがにゃあにゃあと鳴く。
このままではらちが明かない、ものは試しだ、と口々に言っているのだ。
「分かった、分かった。では、鳥たちに話を持ちかけてみよう。お前たちも一緒に来てくれよ」
猫たちの意見に押され、ラーナは彼らを引き連れて森へと向かうことにした。
村中の猫を引き連れて、村の外へと出る。
木に止まっているカラスを見つけ、ラーナが目を向けた。
「おーい、カラスさん。少し相談があるんだが」
ラーナが呼びかけると、カラスがラーナに顔を向けた。
「村にはびこっているネズミについてなんだがな――」
ラーナが声を出して、カラスに事情を説明する。
頭の中だけで話すこともできるのだが、こうして声に出した方が気分的にやりやすい。
一通りの事情を説明すると、カラスは「へえ」とニヤリと笑ったようにラーナには見えた。
「……ああ、そうなんだ。どうにもこうにもならなくてな、困ってるんだよ。何とか協力してくれないだろうか」
ニヤニヤしているカラスに、ラーナが説得を試みる。
するとそこに、フィンがメリルとハミュンを連れてやって来た。
オーランドに見つけてもらったエンゲリウム鉱石を掘り出しに、廃坑道の辺りまで出かけていたのだ。
「あ、ラーナさん。何やってるんです?」
「おお、フィン殿。実はだな――」
かくかくしかじかと、ラーナがフィンに説明する。
「鳥たちと協力ですか! それはいい考えですね!」
名案だとばかりに、フィンが明るい声を上げる。
「鳥ってネズミも餌にしているはずですし、きっとネズミの捕獲なんてお手の物ですよ。上手くいくんじゃないですか?」
「うむ……そうなんだが……」
ラーナがカラスに目を向ける。
ニヤニヤ顔をしていたカラスが、ラーナに向かって「カア!」と鳴いた。
ニヤニヤ顔というのはラーナがそう感じているのであって、フィンたちにはカラスの表情などさっぱり分からないのだが。
「……何? 美味い食い物だと?」
カラスから何か言われたのか、ラーナが困った顔になる。
「ラーナ様、カラスは何て言ってるんですか?」
ハミュンがラーナに聞く。
「手伝ってもいいが、自分たちに料理を振る舞えと言っている。私たちが普段食べている料理と同じものを、自分たちにも毎日出せと」
「お料理ですか。フィン様、それくらいなら作ってあげてもいいんじゃないですか? 私も作りますよ!」
ハミュンの言葉に、フィンが頷く。
「うん、そうだね。手伝ってもらうからには報酬を払うのは当然だし、それで済むなら安いものだよね」
「もう、鳥でも何でもいいから、ネズミを何とかしてください! 毎日毎日ネズミが家の中を走り回ってて、頭がおかしくなりそうなんですから!」
メリルが勢い込んで言うと、ラーナは少し困った顔になった。
「いや、報酬は料理だけじゃなくてだな……宝石と銀貨も寄こせと言っているんだ」
「えっ、宝石と銀貨!? カラスがそんなもの貰って、どうするつもりなんですか?」
メリルが驚いた顔でラーナに言う。
「ちょっと待て、今聞いてみるから」
ラーナが質問すると、カラスは再びカアカアと鳴いた。
「ふーむ……キラキラして綺麗だから、と言っているぞ。あと、それがあれば人間と取引ができるのだろう、と言っている」
「取引って、買い物でもする気……って、さっきからずいぶんと細かい話をしてますけど、カラスってそんなに頭いいんですか?」
驚いた顔でメリルがラーナに聞く。
「ああ。私も驚いているんだが、こいつら相当頭がいいぞ。まるで人間と話しているみたいだ。猫よりも話し方が論理立っているし、分かりやすい」
「カラスは人間の7歳児と同じくらい頭がいいって前世で聞いたことがあります。この世界のカラスと前世のカラスが同じなのかは分からないですけど」
「なんと、そうなのか。動物も侮れないものだな……」
そう話していると、再びカラスがカアカアと鳴いた。
「何て言ってるんです?」
フィンがラーナに聞く。
「……腹が減ったから、とりあえず何か作れと言っているぞ」
「ず、ずいぶんと上から目線ですね……。まあ、仕方がないか。メリル、何か作ってあげてくれない?」
「別にいいけど。それでネズミを駆除してもらえるなら安いものだし」
こうして、カラスの協力を得るために料理を振る舞うことになったのだった。
* * *
数時間後。
村の広場には、フィンたち人間のほかに、大量のカラスたちが集まっていた。
カラスは家々の屋根に止まっているのだが、その数が尋常ではない。
先ほどのカラスが仲間を呼び集めたらしく、ざっと300羽はいるように見える。
「な、なんかカラスたちの視線が怖いんだけど……」
大皿に盛った焼き立てのパンを運びながら、メリルが顔を引きつらせてフィンに言う。
エヴァやフィブリナ、そして村の女性陣も料理を手伝ってくれて、まるで宴会でも始めるかのような量の料理が次々に広場に運び込まれていた。
テーブルなどを用意しても使わないだろうということで、皿は地面に直置きである。
「そ、そうだね。こんなに集まるなんて思ってなかったな……」
カラスたちはカアカアとけたたましく鳴きながら、運ばれてくる料理を屋根の上から観察している。
運ばれてきた料理にすぐに群がらないあたり、統制は取れている様子だ。
「フィン様、とりあえず50人分くらい料理は用意しましたけど……」
エヴァが小さく切り分けたイノシシ肉の蒸し焼きを大皿で運びながら、フィンに言う。
「ありがとうございます。ラーナさん、こんなもので大丈夫ですかね?」
「うむ。これだけあればいいだろう。皆、皿を置いたら離れてくれ」
地面に料理が並べられ、皆が離れる。
ラーナがカラスに「食べていいぞ」と声をかけると、カラスたちが一斉に羽ばたいて料理に群がった。
ぎゃあぎゃあと騒々しい鳴き声を上げながら、思い思いの料理をくちばしで突く。
まさに貪り食うといった表現が適当な、すさまじい食べっぷりだ。
「わあ、すごい光景ですね!」
「ああっ、丁寧に作ったのに、あんなにまき散らして……はあ」
レイニーとメリルが、唖然とした声を漏らす。
しばらくしてカラスたちは満腹になったのか、ぽつぽつとまた家の屋根に戻った。
先ほどラーナと話していた代表のカラスが、バサバサと彼女の前に舞い降りる。
「ん? どうし……」
ラーナが何か言いかけるが、口を閉ざす。
「ラーナさん、どうしたんです?」
「いや……」
フィンの問いかけに、ラーナはくちごもりつつも、はあ、とため息をついた。
「肉が塩辛かったと言っている。あと、魚の小骨が邪魔だから次からは取り除いておけとも言っているな」
「こ、この! 人が一生懸命作ったっていうのに、一番最初に言うのが文句ってなんなのよ!!」
メリルが口元をひくつかせている。
「ま、まあ、次から味付けを薄くしてあげればいいだけだからさ。魚の小骨は、たくさん作るのにそんな細かいことはできないって言って分かってもらおうよ」
「当たり前よ! カラスのために小骨を全部取るなんて、やってられるわけないじゃないの!」
「いや、僕に怒らないでよ」
そうしてすべてのカラスたちが食事を終え、皆屋根の上に上った。
カラスの代表がラーナに向かい、カアカアと鳴き声を上げる。
「む。カラスたちが『今からネズミの通り道と巣穴を教えるからついてこい』と言っているぞ」
「そうですか。手分けしたほうがいいですかね?」
「そうだな。人間と猫を何組かに分けるとしよう」
ラーナ主導で、手際よく組み分けが行われた。
フィンはラーナ、メリル、ピコの他、2匹の猫と一緒に代表のカラスたちと一緒の組になった。
村の人たちにも協力してもらい、それぞれカラスに付いていくことになった。
レイニーもカーライルたち護衛の騎士とともに手伝ってくれるとのことで、他のカラスに付いていくことになった。
「では、よろしく頼む」
ラーナの声掛けで、カラスたちが一斉に飛び立つ。
「お、おい! そんなに速く飛ぶんじゃない! こっちは徒歩なんだぞ!」
さっさと遠くに飛んでいってしまう代表カラス組に、ラーナが慌てて大声を上げる。
カラスたちはくるりと戻ってくると、フィンたちの頭上をくるくると旋回飛行した。
「ええい、のろまとか言うな! 空を飛ぶお前たちに、私たちが付いていけるわけがないだろうが!」
「ねえ、フィン。カラスって、なんだか性格悪くない?」
カラスに怒鳴っているラーナを見て、メリルがげんなりした顔で言う。
「そ、そうだね。他のカラスたちは、優しい性格だといいんだけどね……」
結局カラスたちは地面を跳ねながら誘導してくれることになり、その後をフィンたちは小走りで追った。
* * *
しばらく村の中を走り、フィンたちは村はずれのダト芋畑に到着した。
代表のカラスは芋の蔓の間をぴょんぴょんと跳ねながら進み、一声鳴いた。
「む、ここか?」
ラーナがカラスの傍に近寄り、芋の葉をかき分ける。
すると、直径数センチの小さな穴が開いているのを見つけた。
「おお、これがネズミの巣穴か」
「畑の中に巣穴を作ってるのね!」
フィンとメリルが感心した様子で言う。
「ううむ、これは見つけられないわけだ……。ありがとう、恩に着るよ」
ラーナがカラスの頭を指で撫でる。
カラスは得意そうに一声鳴くと、傍にいるピコたちに向かって鳴いた。
途端に、ピコたちが「にゃあ!」とカラスに向かって怒ったような鳴き声を上げる。
「あっ、こら! 猫はお前らみたいに目が良くないんだから、巣穴を見逃してても仕方がないだろうが! 暴言を吐くな!」
どうやらカラスとピコは口喧嘩をしているようで、にゃあにゃあカアカアと壮絶な言い合いを始めた。
なんとも不思議な光景だ。
「ああもう、ちょっとは仲良くしてよ! せっかく頭がいいのに!」
「なんだかなぁ……というか、猫とカラスって会話ができたんだね」
そんなこんなで、その後もフィンたちはそれぞれ手分けして、カラスたちからネズミの巣穴や通り道を教えてもらった。
村のあちこちで口喧嘩を始めるカラスと猫にラーナはてんてこまいで、あっちで仲裁、こっちで仲裁と汗だくになって走り回っていた。
「……フィン」
カラスに飛びかかろうとした猫を押さえつけて怒鳴っているラーナを見て、メリルが哀愁の漂った目をしながらフィンに声をかける。
「私、動物と話ができたらなって思ったことあったけど、言葉が通じないほうが幸せだってことがよく分かったわ」
「うん、僕もまったく同意見だよ」
これは今後も苦労が絶えなさそうだな、とフィンとメリルはため息をつくのだった。




