第42話 動物自警団成長中
数日後。
フィンとスノウは、村の畑でレイニーが作物に水やりをしているのを眺めていた。
目の前にあるパン麦畑には、空からさらさらと小さな雨粒が優しく降り注いでいる。
レイニーが祝福を使って雨を降らせているのだ。
数人の護衛の騎士たちが傍にいて周囲に目を光らせてはいるのだが、皆リラックスしている様子でレイニーとあれこれ言葉を交わしている。
ちなみに、現在のレイニーは祝福を強化していない。
レイニーの祝福は「降雨操作(B)」なのだが、もともとが自分を中心として範囲100メートルほど雨に自在に雨を降らすことができる。
A+に強化すれば数キロ圏内に自在に雨を降らすことができるようになるのだが、今はその必要がないのだ。
「レイニー様の祝福、本当にすごいですね……」
パン麦畑の四角い区画にだけピンポイントで雨を降らせているレイニーの姿に、スノウが感心した様子で言う。
「あんなに大変だった水やりが、レイニー様の祝福のおかげであっという間に終わってしまいます」
「ですね。Bの祝福であんなに便利なんて、やっぱり王家の天候操作型の祝福は格が違いますね……」
「ええ。どんな場所でも天気に関係なく水が手に入りますし、レイニー様さえいればどれだけ日照りになっても飢饉知らずですね。王妃様の祝福もすごいですし、この国は本当に恵まれていると思いますわ」
王家では、専門の観測隊が雪山の積雪量を毎年計測して日照りに備えている。
翌年に川に流れる雪解け水が少なくなると、下流の支流では川が枯れて飢饉になる恐れがあるので、そうならないように注意を払っているのだ。
積雪が少ない場合は、春になってからウェズリル王妃が山に赴き、祝福を使って必要な分だけ雪を降らせて夏場に備えるのである。
それでも、あまりにも酷暑が続くと地方によっては干ばつになってしまうので、その際は王妃が各地に赴きいて大量の雪を降らせ、巨大な雪山を平地にこしらえる。
その地域の人々は、徐々に溶けていく雪から水を得て急場を凌ぐのだ。
レイニーもあと2年すれば18歳になり成人するので、公務として日照りの地域に祝福で支援をすべく出かけるようになるだろう。
「川に水車を設置して、村の中にまで水路を大急ぎで引っ張らないとって思ってましたけど、これなら水路は後回しでも大丈夫そうです。人手の節約になって、本当にありがたいです」
「ですねぇ。落ち葉とか枯れ枝拾いに遠出しないといけなくなってきましたし、ベストタイミングでしたよ。あちこちの街からゴミが届くまで、これでなんとか凌げそうです」
フィンがほっとした様子で言う。
「それにしても、この世界は本当に平和でいいですね。戦争なんて、女神様が降臨してから1つも起こってないって貴族学校で習ったし」
「フィン様の前世の世界は、戦争があったのですか?」
「ええ、たくさんありましたよ。何百万人もの死者が数年で出るような大きな戦争がいくつも」
「恐ろしい世界だったのですね……。争いなんて、何も生み出さないというのに」
スノウが顔をしかめる。
この世界においては、遥か昔から国同士の大規模な戦争は1つも起こっていない。
理由は、各地に存在する国のすべてが遠い血縁関係にあるのと、それぞれの王族があまりにも強力な祝福を持っているからだ。
オーガスタ王国国王の持つ『風量操作(A+)』は、本気を出せば数キロ圏内を一瞬で壊滅させられるような超大型ハリケーン級の突風を自在に巻き起こすことができる。
他国の国王の中には、地震を自在に起こせる者や、何もない場所を広範囲に炎上させることができる者など、まるで神か悪魔のような驚異的な祝福を有している者が多数存在する。
そんな者たちがもし戦争でも起こせば、両国ともあっという間に壊滅するのは想像に難くない。
そんなバカげた真似をするよりも、互いに協力して国を発展させ、皆で豊かな生活を送れるように努力したほうがいいに決まっている。
そのため、各国で何か問題が生じた際は、周辺国はあれこれと支援して良好な関係を維持することに尽力しているのだ。
王家同士での積極的な婚姻関係の構築は、その最たる例である。
場合によっては王族が直接赴いて数カ月滞在し、祝福を使って内政の手伝いをしたりもする。
もちろん、それによって金をせびったりすることはない。
困った時はお互い様なのだ。
「子供の頃、家にあった歴史書をたくさん読んだんですけど、本当に驚きましたよ。戦争がない世界が存在するなんて、前世では考えられないことでしたから」
フィンが朗らかに笑う。
「僕の生きていた時代だって、世界のどこかしらで戦争は起こってましたし。暴動とか虐殺とかも、よくニュースになってましたね」
「そうだったのですか……。技術はこの世界よりはるかに進んでいても、争いはなくならないのですね……」
そんな話をしていると、領主邸の方からオーランドが歩み寄って来た。
鎧姿のラーナも一緒だ。
その肩には、1羽の鳩が止まっている。
「レイニー様、ご機嫌な様子だな」
鼻歌混じりであちこちの畑へと歩み寄っては雨を降らせているレイニーを見て、オーランドが言う。
「はい。野菜を育てるのは初めてとのことで、楽しくて仕方がないそうですよ」
「そうか。王女様にこのような手伝いをしていただくのは畏れ多いが、楽しんでいただけているのならよかったよ」
「レイニー様は、毎日朝起きるのが楽しみだとおっしゃっていたぞ。食事も美味しいし、村の者たちとの交流も楽しくて、王都の生活よりずっと充実しているとのことだ」
ラーナが満足そうに言う。
「だが、万が一ということもあるからな。レイニー様の身に何かあれば一大事だ。我々も注意するが、フィン殿も村人たちに気を付けるよう、よく言っておいてくれ」
「はい、重々承知しています。レイニー様が楽しく安全に生活できるよう、細心の注意を払いますので」
フィンがラーナに言うと、オーランドが「さて」と切り出した。
「俺はそろそろライサンドロスに帰ることにするよ。短い間だったが、なかなか楽しかったぞ」
オーランドは今日中に村を出ることになっており、すでに身支度は済んでいる。
馬車の準備も万端だ。
「はい。またいつでも遊びに来てください。歓迎しますよ!」
「ああ、ありがとう。フィンも、時々でいいからライサンドロスに帰ってきてくれ。街の人たちも喜ぶからな」
「分かりました。こっちがある程度落ち着いたら、また帰省しますね」
「うむ。鉄道が出来れば、気が向いたときにいつでもすぐに行き来できるのだがな。そちらの完成も楽しみにしているぞ」
「はい、頑張ります。といっても、あれこれ始めるのは鍛冶職人のマーセリーさんたちが引っ越してきてからですけどね」
間もなくマーセリー一家が村に移住してくることになっており、それと同時に鉄道敷設の計画も進める予定となっている。
まずは蒸気機関の開発を進め、それが上手くいったら蒸気機関車の設計、そしてレールの製造と道の整備だ。
「山道を切り開かないといけないので、それに適した祝福を持っている人の協力が必要です。兄さん、よろしくお願いしますね」
「もちろんだ。村の宣伝チラシも貰ったことだし、募集をかけてみるよ」
オーランドが村を見渡す。
「今まさに発展している村の景色をそのままチラシに転写した、世にも珍しいチラシだからな。きっと大きな反響が得られるだろう」
「ですね。チラシ用の紙がまとまって届いたら、ジークさんにもっとチラシを複製してもらって送り返しますね」
「そうしてくれ。あればあるだけ、あちこちに配れるからな」
「できれば村でも紙を作れるようにしたいんですけど、製紙職人って引き抜いてくることはできませんか?」
「製紙職人か。あれはシルバ家が職人と協力して専門的にやっているものだからな……」
この国における製紙業は、一部地域で集中的に行われている。
シルバ家という貴族が祝福を使い、職人たちとともに共同で製紙を行っているのだ。
「大昔から続いている伝統工芸のようなものだし、外から職人を引き抜くというのは難しいだろう。いらん摩擦を生みかねないしな」
「そうですか……。分かりました。仕方がないですね」
そんな話をしていると、フィンたちの足元を1匹の猫がネズミを追いかけて駆け抜けていった。
ほのぼのとした会話を聞いているところにいきなりネズミの登場を受け、ラーナが「うひっ!?」と変な声を上げる。
続けて、メリルとエヴァが駆けてきた。
「フィン、ネズミはっ!? あの子、ネズミ捕まえた!?」
「あの子と一緒に追い詰めたんですけど、逃げられちゃったんです! すっごく苦労したから、絶対に捕まえてやるんです!」
メリルとエヴァが血走った目をして言う。
ラーナの祝福『動物との意思疎通』により、村では猫と人間が協力してネズミ駆除に当たれるようになっていた。
今走り抜けていった猫は、メリルとエヴァと対ネズミ共同戦線を張っているのだ。
「猫なら、ネズミを追いかけて走って行っちゃったよ」
「どっち!?」
「あ、あっちの方だけど……」
聞くやいなや、メリルとエヴァが駆け出していく。
少し前まではネズミを見るだけで悲鳴を上げていたのだが、今では恐怖より敵愾心が勝っているようだ。
2人を見送っていたラーナが、ため息をつく。
「ネズミの数が多すぎて、なかなか駆除が追い付かんな……。しかも、ネズミだけでなくイノシシやイタチまで出るとは」
「そうなんですよね……。ラーナさんの祝福で、イノシシたちと話し合いで解決できればよかったんですけど……」
村に豊富に実った作物を狙ってやってくるイノシシやイタチといった動物は、日に日に数を増している。
ラーナが祝福で対話を試みたのだが、イノシシもイタチもあまり頭がよくないらしく、どうにも会話が成り立たないとのことだった。
「ラーナちゃん、猟犬を手配してみてはどうでしょうか?」
すると、畑の水やりを終えたレイニーがフィンたちの下へと歩み寄ってきた。
どうやら、話が聞こえていたらしい。
「ふむ、猟犬ですか。それはいいお考えですね」
「はい。私からお父様に手紙を書きますね。村のために、とびきり優秀な猟犬たちを送ってもらいましょう!」
「猟犬と話し合って狩りが出来れば、獣の食害もなんとかなるかもしれませんね……。あ、しまった。忘れるところだった」
すると、ラーナが思い出したかのようにオーランドに目を向けた。
「オーランド殿。ライサンドロスへはこの鳩を連れて行ってください。話は付けてありますので」
そう言って、ラーナは肩に留まっていた鳩に目を向ける。
鳩は軽く頷き、ぱたぱたと羽ばたいてオーランドの肩に飛び移った。
「ライサンドロスから放てば、この村に帰って来るように言い聞かせてあります。普通の往復鳩と使い方は同じです」
「おお、そうですか。それはありがたい」
本来ならば訓練が必要な往復鳩だが、ラーナが動物と会話できるので訓練の必要がない。
簡単に往復鳩を量産できるという、調教師いらずの状態になっていた。
「あと、その鳩は『しっかり働くから美味いものを食わせろ』と言っています。餌は上等なやつをくれてやってください」
「しょ、承知しました」
「それと『毎日水浴びをしたいから綺麗な水を用意しろ』とも言っていたのと、清潔で寝心地のいい鳥小屋を――」
そうしてしばらくの間、オーランドは鳩の要求をラーナ伝いに聞き続け、ライサンドロスへと帰っていったのだった。




