第39話 猫の役割
数十分後。
フィンたちは、壁に空いている小さな穴に向かうラーナを背後から見守っていた。
今までフィンたちはこの穴にまったく気づいていなかったのだが、こういったネズミの巣穴への出入口が家の中にはいくつもあるらしい。
そういった穴が村の建物のほぼすべてにあると、ピコはラーナに教えてくれたようだ。
それを聞いたメリルとエヴァは「もうこんな村嫌だ」と涙目になっていた。
「むう、ダメだ。話にならん」
穴の奥に目を向けていたラーナが、顔をしかめる。
「こいつら、話が通じないぞ。知能がまるで足りていないようだ」
「えっ、知能が足りてないって、会話が成立しないってことですか?」
フィンが聞くと、ラーナは「んー」と唸った。
「なんというか……こいつらは、自分の欲求を言うだけなんだ。『食べたい・子供増やしたい・猫が怖い』といったことを、一方的に言ってくるだけでな。私が何を言ってもそればっかりで、交渉もなにもあったもんじゃないぞ」
「そうですか……。となると、話し合いで解決というのは無理そうですね」
「ああ。これでは、どうにもならないな……」
「「そ、そんなぁ……」」
フィンとラーナの話を聞き、メリルとエヴァが絶望した顔で互いに抱き合って膝をつく。
すると、何やら考えている様子だったフィブリナが、ぽんと手を打った。
「それなら、猫たちで自警団を作ったらどうかしら」
「「「自警団?」」」
その場にいる者たちの声が重なる。
「うん。今まで、ピコちゃんたちは皆がバラバラでネズミ退治をしてくれてたでしょう? ラーナさんがピコちゃんたちとお話できるようになったんだし、これからはバラバラじゃなくて組織だった活動ができると思うのよ」
「なるほど、猫の軍隊ですね!」
ハミュンが感心した様子で言う。
レイニーもぱちんと手を合わせて、にっこりと微笑んだ。
「ラーナちゃん、いいじゃないですか! 村の皆さんのために、一肌脱いじゃいましょう!」
「はい。私としても、ネズミとの共同生活なんて絶対に無理です。ピコ、村中の猫を集めてくれ。ネズミ討伐の自警団を結成するぞ」
ラーナがピコに言うと、ピコは一声「にゃあ」と鳴いて外へと駆け出して行った。
「フィン殿。猫のことは私がやるから、レイニー様に村をご案内差し上げてくれ」
「分かりました。ハミュン、ラーナさんと一緒に、猫たちのことお願いしてもいいかな?」
「はい!」
フィンたちは猫のとりまとめをラーナとハミュンに任せ、村の案内へと戻るのだった。
* * *
領主邸を出たフィンたちは、レイニーを連れて一軒の二階建ての建物へとやって来た。
領主邸よりも一回り大きく作られたこの家は、レイニーたちの住居として大急ぎで建築したものだ。
「ちっちゃくて可愛くて、綺麗なお家ですね!」
真新しい板張りの家を前にして、レイニーが瞳を輝かせる。
王城に住み慣れているレイニーからしてみれば、このサイズの家でも小さく見えてしまうようだ。
「フィン様、入ってみてもいいでしょうか?」
わくわくしながら言うレイニーに、フィンはすぐに頷いた。
「はい、レイニー様のお住まいですので。どうぞ入ってください」
「ありがとうございます!」
レイニーが扉を開け、中へと入る。
「わあ……すごい!」
目に飛び込んできた光景に、レイニーは心底感激した様子で言う。
暖かな木の温もりが感じられる真新しい板張りの壁や床は、レイニーにはとても新鮮だった。
大きな窓は今は開け放たれており、外から明るい陽射しと爽やかな風がそよそよと流れ込んできて、とても清々しい。
新築特有の若々しい木の香りが鼻腔をくすぐり、家の中にいながら森林浴を楽しんでいるような錯覚をレイニーは覚えていた。
「気に入っていただけてよかったです。ライサンドロスからガラス窓を運んできてあるので、今日中に取り付けさせていただきますね」
「はい! ええと、こっちは調理場ですね! それにこっちは……あら! ベッドがたくさん!」
レイニーがうきうきで家の中を探検し始める。
「レイニー様、一階は女性の護衛兵と使用人たちの住まいとなっています。レイニー様は二階をお使いください」
「あ、そうなんですね!」
レイニーが二階へと上がっていく。
「あら、階段の上に靴箱が。ここで履物を脱ぐのですね……きゃー! なんて可愛いお部屋……フィン様?」
フィンたちが一緒に上がってきていないことに気づき、レイニーが階段下を覗き込む。
「上がってこないのですか?」
「いえ、レイニー様の住居に勝手に立ち入るわけにはいきませんので」
「そんな、気にしないでください! カーライルたちも上がってきて! すごいですよ!」
ならばということで、皆で二階へと上がる。
フィンたちが階段を上ると、上がってすぐの部屋の中で満面の笑みを浮かべているレイニーが出迎えた。
「ほらほら! 入ってください!」
「はっ! 失礼いたします……おお」
カーライルはレイニーに手を引かれて部屋に入ると、その小洒落た内装に感心した声を漏らした。
室内の壁は淡いベージュ色のクロスが張られており、床には薄いピンク色の絨毯が敷き詰められている。
入口の壁には扉付きの大きな姿見が嵌め込まれ、ゆったりとした椅子を備えた丸テーブルが部屋の中央に置かれていた。
ふかふかのダブルベッドの上には黒猫のぬいぐるみがちょこんと置かれており、傍の窓にかけられたレースのカーテンが風に揺らめいている。
いわゆる豪華な王族の部屋、といったものではなく、フィンが前世で目にした『女の子の部屋』を思い出しながらデザインをした。
フィンはレイニーの移住にあたって国王からかなりの支度金を受け取っており、この家を建てた木材や鏡などの家具はすべてあちこちから金にものを言わせて買い集めたものだ。
当然ながら、すべて超高級品である。
ぬいぐるみは、レイニーが好きだということを事前に聞きつけて用意した。
「これはなんとも、可愛らしいお部屋ですね。絨毯もふかふかで踏み心地がいいし、これなら綺麗なまま長く使えそうです」
「ですよね、ですよね! こんな可愛いお部屋を用意していただけるなんて! フィン様、ありがとうございます!」
嬉しそうなレイニーに、フィンがにっこりと微笑む。
「喜んでいただけて良かったです。それと、反対側にはレイニー様の衣裳部屋とぬいぐるみ部屋もありますよ」
「えっ、ぬいぐるみ部屋ですか!?」
「はい。勝手ながら、僕的に可愛い子を見繕ってご用意させていただきました。どうぞ、迎えに行ってあげてください」
「フィン様……! ありがとうございます!」
感激した様子で駆け出して行くレイニー。
お付きの侍女たちも、慌てて後を追う。
そしてすぐ「可愛い!」とレイニーの黄色い声が響いてきた。
「フィン、やるじゃないか。レイニー様、大喜びしているぞ」
オーランドがフィンの肩をポンと叩く。
「はは。王女様をお迎えするとあって、僕らも必死だったんです」
苦笑して言うフィンに、メリルが疲れたように頷く。
「もう、本当に大変だったんですから。あちこちから手当たり次第取り寄せて、この部屋とぬいぐるみ部屋にあるのは選び抜いた選りすぐりだし。もう、一生分のぬいぐるみを見た気がします」
「そうだったのか。お前たちも大変だな……」
「この部屋に置いてある猫のぬいぐるみなんて、職人が手縫いで1カ月以上かかるらしくて、とんでもなく高かったんですよ? 服が10着くらい買えるんじゃないかしら」
「そ、そんなにするのか。見た目じゃわからんものだな……」
オーランドが黒猫のぬいぐるみを見つめて、むう、と唸る。
水晶で作られた黒猫の瞳が、オーランドを見つめてキラリと光ったような気がした。




