第37話 ネズミ嫌い
レイニーのライサンドロス見学から、6日後の昼。
大所帯で山道を踏破したフィンたちは、ようやくエンゲリウムホイスト村の入口が見えるところまでやってきた。
引き連れている人数が多いせいで、予定よりも半日遅れの到着だ。
「レイニー様、お疲れ様でした。村に着きましたよ」
御者台のフィンが、隣に座るレイニーに笑顔を向ける。
レイニーは瞳を輝かせて、遠目に見える村の様子に釘付けだ。
「あれがエンゲリウムホイスト村なのですね! なんて綺麗なところなのかしら……!」
木々と藪がうっそうと茂っていた道中から一転して、目の前に広がる開けた村の景観に、レイニーが感嘆の声を上げた。
この3カ月でボロボロだった建物は撤去して建て直してあり、みすぼらしい家は一軒も残っていない。
雑草だらけだった村の中の道はきちんと整備され、道の脇にはスノウの祝福によって色とりどりの草花が咲き誇っている。
小汚いところに王女様をお迎えするわけにはいかないと、村の全員で大急ぎで取り組んだ成果だ。
どんなド田舎に連れていかれるのだろうと戦々恐々としていたレイニーのお付きの者たちも、その美しい景観に「おお」と声を漏らしていた。
「すぐに食事にしますので。そのあと、村の中を案内させていただければと」
「はい! お食事も村の見学も、すっごく楽しみです!」
レイニーが弾けるような笑顔で答える。
「それと、オーランド様の祝福での資源探知も楽しみです! もしかしたら、幻のエンゲリウム鉱石が見つかるかもしれないのですよね?」
今回の旅路には、オーランドも同行している。
村に着いたら祝福で周辺の資源探知をしてもらうことになっているのだが、それにレイニーも同行したいと申し出ていた。
とはいえ、山の中を歩き回ることになるので、レイニーを連れ回すのは少々危険である。
村の中で一度祝福を使って見せて、その後はフィンたちだけで探索に向かう予定だ。
「ですね。エンゲリウム鉱石さえあれば、石炭がなくても燃料に困ることはなくなります。この村の目玉になりますね」
「私も文献でしか存在を知らなくて。小さな小石でも半月以上燃え続けるなんて、どんな鉱石なのかすごく楽しみですわ」
「皆! フィン様が帰って来たよ―!」
そんな話をしていると、村の入口から声が響いた。
村の入口でフィンたちを待ち構えていたハミュンが馬車に気づき、村の中へ向かって大声で叫んだのだ。
「フィン様ー!」
ハミュンが笑顔で呼びかけながら、先頭を走るフィンたちの馬車に駆け寄って来た。
「お帰りな……レイニー王女様! ようこそエンゲリウムホイスト村へっ!」
ハミュンがレイニーの姿を見て、「ビシッ!」と気を付けの姿勢になった。
フィンが馬車を止める。
「あら、あなたは……。以前、フィン様と一緒にお城に来ていた方ですね。ハミュンさん、でしたよね?」
「は、はい! ハミュンです!」
「お出迎え、ありがとうございます。村に入れていただいてもよろしいでしょうか?」
「はい! どうぞどうぞ! 私、皆に伝えてきます!」
ハミュンが村の中へと駆け戻っていく。
「はは……すみません、来て早々、騒がしくって」
苦笑するフィンに、レイニーが微笑む。
「いえいえ。私、賑やかなのが大好きですから」
フィンが再び馬車を動かし、村へと向かう。
ハミュンの呼びかけで村の入口には人々が集まって来ており、レイニーの姿を見ると皆が歓迎の声を上げた。
護衛の騎士たちが村人たちの前へと進み、道を空けさせる。
フィンは馬車を村の中ほどまで進ませると、馬車を止めた。
女騎士のラーナが馬から飛び降り、レイニーの側へと走る。
「レイニー様、お手を」
「ありがとう」
レイニーがラーナの手を借り、馬車を降りる。
後ろに続いていた馬車から、オーランド、メリル、フィブリナも降りた。
フィンも続いて降りた時、人々の間から見知った顔が現れた。
「レイニー様、ようこそおいでくださいました」
ロッサがスノウとエヴァを連れて、レイニーの前へと歩み出た。
3人とも、片手を胸に当てて貴族式の礼を行う。
「ライサンダー家が次兄、ロッサ・ライサンダーと申します。こちらは、スノウ・レンデル。そしてこちらは、エヴァ・フィリジットです」
ロッサに紹介され、スノウとエヴァが再び深く一礼する。
「歓迎の宴の用意がしてございます。この美しい自然を眺めながら、採れたての作物とイノシシの肉を使った――」
「あっ! ピコ、そっちに行っちゃダメ!」
ロッサが優雅にレイニーに語り掛けていると、突如として2人の間をネズミと猫のピコが走り抜けていった。
レイニーの隣にいたラーナが「ひいっ!?」とか細い悲鳴を上げる。
「あら? 今のはもしかして、ネズミという動物でしょうか?」
走り去っていったネズミを物珍しそうに目で追いながら、レイニーがロッサに言う。
「は、はい。猫を総動員して駆除をしているのですが、どうにも数が減らなくて」
「ネ、ネズミがいるなんて聞いていないぞっ!? どういうことだ!」
ラーナが目くじらを立ててロッサに捲し立てる。
「ええと……フィン、ネズミのことを話してなかったのか?」
「う、うん。話し忘れちゃってた」
「おい! ネズミなんて不快な動物と一緒になんて生活できないぞ! いったいどうする気だ!?」
顔を真っ赤にして捲し立てるラーナの様子にエヴァとメリルは共感しているのか、うんうんと頷いていた。
「ラーナちゃん、そんなに怒らなくてもいいじゃないですか」
まあまあ、とレイニーが宥める。
「ラーナちゃんが言ってたような、気持ち悪い生き物には見えなかったですよ? 小さくて可愛いかったです」
「何をおっしゃるのですか! あんな不快で気持ちの悪い生き物、ちっとも可愛くなどありませんよ!」
「どこがそんなに気持ち悪いのですか?」
「近くにいるだけで背筋に悪寒が走るのです! ああ、気持ち悪い!」
ぎゃーぎゃー騒いでいるラーナを見ながら、フィンが彼女の兄であるカーライルに歩み寄る。
「ええと、カーライルさん。ラーナさんの祝福って『動物との意思疎通(E)』って言ってたじゃないですか」
「ん? ああ、そうだが?」
道中、フィンはカーライルからラーナの祝福について話を聞いていた。
ラーナの祝福は『動物との意思疎通(E)』。
非常に珍しい祝福で、その名のとおり動物と意思疎通することができる祝福だ。
国内では、彼女以外に同じ祝福を持っている者は存在しない。
とはいえ、祝福の強さがEということもあって、彼女は動物の気持ちが「なんとなく」察することができるという程度らしい。
しかし、その祝福のおかげか、彼女は野鳥や犬猫にとても懐かれやすく、たくさんの動物が彼女の周りに集まってくる。
レイニーは子供の頃、遊び相手の1人として連れてこられたラーナに会った際、城の馬や猟犬たちとすぐに仲良くなる姿を見て「すごい!」と大喜びした。
それ以来、王の意向により、レイニーの遊び相手として常に傍にいるようになった。
大人になってからは兄のカーライルと同様に騎士の資格を得て、今は護衛騎士としてレイニーの傍にいる。
「僕の祝福でラーナさんの祝福を強化したら、もしかしたら動物たちと話せたりできるかもって思うんですけど」
「ふむ、確かにそうなるかもしれないな……。で、まさかとは思うが……?」
何とも嫌そうな目を向けてくるカーライルに、フィンがこくこくと頷く。
「もし動物と話せるようになったら、ネズミと話してもらって、村から出て行ってもらえるように交渉できないかなって」
「うむ。俺が言ったらぶん殴られるだろうから、フィン殿が直接頼んでくれ。ラーナのネズミ嫌いは筋金入りだ。俺は関わりたくない」
にべもなく言うカーライルに、フィンは「ええ……」と困った顔になるのだった。




