第36話 鍛冶工房マーセリー
「ちょ、ちょっとメリル。それはちょっとずるいような気がするんだけど」
フィンが小声でメリルに言う。
メリルはちらりと横目でフィンを見た。
「別に、レイニー様にゴーガンさんを説得してもらおうなんて思ってないわよ。あくまでも、ただの見学なんだから」
「でも、王女様と僕が一緒に行ったら、どう考えても圧力掛けてる感じになっちゃうじゃんか。さすがにまずいって」
フィンがそう言うと、メリルは小さくため息をついた。
「あのね、フィン。エンゲリウムホイスト村に鉄道を敷きたいんでしょ? そのためには、ゴーガンさんの力が必要なんでしょ?」
「それは、そうだけど……」
ライサンドロスにおいて、貴族の地位にあって鍛冶工房を営んでいるのは、ゴーガンの一家だけである。
彼らの持つ祝福は鍛冶に関連した祝福であり、フィンの祝福で強化すれば、鉄道敷設だけでなく、その他の鍛冶仕事においても必ず役に立つだろう。
だが、当主のゴーガンは、オーランドが説得しても難色を示しているらしい。
ゴーガンは結構な高齢であり、今までずっと生活してきたこの土地を離れて新たに鍛冶場をこしらえてくれと言われても、気が進まないのだろう。
慣れ親しんだこの土地で、生涯鍛冶職人としてやっていきたいと思っているはずだ。
「やっぱり、無理強いはしたくないんだよ。嫌々連れていくんじゃなくて、自分から『行きたい』と思って村に来てほしいんだ」
「だから、無理強いなんてしないわよ。レイニー様がどれだけエンゲリウムホイスト村で生活するのを楽しみにしているのかを聞かせれば、ゴーガンさんも事の重要性を理解するかもしれないでしょ? やる気になってくれるかもしれないじゃない」
「うーん……」
「レイニー様には、ゴーガンさんに誘いをかけてるっていう話は黙っていましょ。あくまでも、今日はレイニー様の社会科見学。レイニー様にゴーガンさんを説得してもらおうなんて、思ってないから」
「フィン様? メリルさん? どうかなさいましたか?」
こそこそと話しているフィンとメリルに、後ろから付いてきているレイニーが小首を傾げる。
ふたりは振り返り、愛想笑いを浮かべた。
「いえ! なんでもありません!」
「マーセリーさんたち、びっくりするかなって話していたんです!」
フィンとメリルが言うと、レイニーは「確かに」と頷いた。
「それもそうですね……。お邪魔しても悪いですし、見学はやめておいた方がいいでしょうか?」
心配そうに言うレイニーに、メリルが慌て顔になる。
「あっ、いえいえ! ちらっと見せてもらうくらいだったら大丈夫だと思いますから! 行きましょう!」
メリルを先頭に、フィンたちは『鍛冶工房マーセリー』へと向かう。
大きな平屋の建屋に近づくと、カンカンと金属を叩く音が聞こえてきた。
正面に回ると、開け放たれた門戸から、老人が小さな椅子に腰かけて金床の上で何かを叩いている姿が見えた。
傍の火炉は赤々と燃えていて、叩いている金属も焼けて真っ赤になっている。
どうやら、何か刃物を作っているようだ。
「すみません、ライサンダー家の者ですが!」
フィンが呼びかけると、老人は手を止めてこちらを見た。
「ん? 今日はオーランド様じゃないのか?」
「私はオーランドの末弟、フィン・ライサンダーと申します。実は、オーガスタ王家のレイニー王女様が、ぜひゴーガンさんの鍛冶場を見学してみたいとおっしゃっていて」
「お、王女様だって!?」
ゴーガンは慌てて立ち上がり、フィンの下へと駆け寄る。
フィンの傍にいるレイニーと護衛の騎士たちの姿を見て、ゴーガンは目を丸くした。
「突然お邪魔してしまってごめんなさい。レイニー・オーガスタと申します」
レイニーがにこりと微笑む。
「あの、少しだけでいいので、仕事場を見学させてはいただけませんか?」
「は、ははは、はい! どうぞ、小汚いところですがっ! おーい! 王女様が来たぞ!!」
ゴーガンは転げるようにして駆け戻り、家の中へと呼びかける。
すると、すぐに奥から若い夫婦と七歳くらいの少女が出てきた。
ゴーガンと夫婦たちはレイニーにぺこぺこと頭を下げながら、どうぞどうぞと工房へ招き入れる。
「ここが鍛冶工房ですか。私、初めて見ました」
レイニーが物珍しそうに、工房をきょろきょろと見渡す。
工房は野外に背の高い石炭高炉が二基置かれているが、今は稼働していないようだ。
「これはなんの機具なのですか?」
「これは石炭高炉といいまして――」
「お姉ちゃん、王女様なの?」
ゴーガンが説明しかけた時、レイニーの傍に駆け寄ってきた少女が見上げながら言った。
「こ、こらルナ! あっちに行ってなさい!」
「あ、大丈夫ですよ。叱らないであげてくださいね」
慌ててルナを叱りつけるゴーガンを、レイニーが窘める。
びくっと肩をすくめていたルナと目線を合わせるように、レイニーがしゃがみ込む。
「ルナさんっていうのですか?」
「う、うん。お姉ちゃんは?」
「私はレイニー・オーガスタです。よろしくお願いしますね」
レイニーがにこっと微笑むと、ルナも表情を和らげた。
「レイニーお姉ちゃんは、王女様なの?」
「はい、王女です。ルナさんは、この家のお孫さんですか?」
「うん。おじいちゃんと、お父さんとお母さんのお手伝いをしてるの」
「まあ、お手伝いなんて偉いですね! どんなお手伝いをしているのですか?」
「えっとね、網のザルとか、柔らかいものを切るお料理道具を、おじいちゃんと一緒に祝福で作ってるの!」
祝福と聞いて、レイニーが少し驚いた顔になる。
「えっ、祝福ですか? どんな祝福なんです?」
「私のは『きんぞくせつごう』っていう祝福なの。細い金属なら、同じ種類のにぴったりくっつけることができるんだ」
ルナはそう言うと、近くに置いてあった針金を2本手に取った。
「見ててね!」
ルナが針金の端と端をくっつけて目を細めると、くっついている部分が微かに輝いた。
「こうやって、一日くらい続けてると繋がるの!」
にぱっとルナが微笑むと、レイニーはにっこりと微笑んだ。
「そうなのですか。すごく便利な祝福なのですね」
「えへへ」
ルナが嬉しそうに微笑む。
レイニーはフィンに振り返った。
「フィン様、ルナちゃんの祝福を強化したら、きっとすごい祝福になるのではと思うのですが」
レイニーの言葉に、フィンも頷く。
ルナがこのような祝福を持っているとは、フィンも初耳だった。
実際、ルナが祝福を発現させたのは、この1カ月ほどの事らしい。
「ゴーガンさん、ルナちゃんの祝福を僕の祝福でA+に強化してみてもいいでしょうか?」
「あ、ああ。オーランド様が言ってたやつか……。別に構わないが、本当にそんなことが……」
半信半疑といった様子のゴーガンに、フィンがにこりと微笑む。
「ありがとうございます。では――」
フィンがルナに手をかざす。
ルナは意味が分かっていないのか、不思議そうにフィンを見上げている。
すると、ルナの体が一瞬青白く光り輝いた。
「はい、できました。ルナちゃん、もう一度その針金に祝福を使ってみてもらってもいいかな?」
「うん、いいよ」
ルナが針金の端をくっつけ、目を細める。
すると、針金の接触面が激しく光り輝き、あっという間に針金同士が接合された。
「な、なんと……!」
あっという間にくっついてしまった針金に、ゴーガンが目を丸くする。
フィンの祝福についての話は、街の人の噂話やオーランドからの説明で知ってはいたが、実際に目にしたそれは想像の遥か上を行っていた。
ルナの祝福は『金属接合(E)』であり、針金のような細いものを接触させたまま、半日から丸1日祝福をかけ続けて、ようやく接合させることができるというものだった。
それがまさか、これほどの効力を持った祝福に変貌するとは。
「わっ、あっという間にくっついちゃった!」
ルナが両手で掴んでいた針金から片手を離し、ぶんぶんと振り回す。
「これで、1日の間だけ、ルナちゃんの祝福はA+になったよ。きっと、もっと大きな金属でもくっつけられるんじゃないかな」
「そうなんだ! おじいちゃん、何かくっつけてもいいものない?」
フィンの言葉に触発され、ルナがゴーガンにせがむ。
「何かといっても……」
ゴーガンが工具箱を漁り、古い金槌を2本取り出した。
「これでいいか?」
「うん、ありがとう!」
ルナはそれを受け取ると、金槌同士の叩く部分を重ね合わせて目を細めた。
金槌の接触面が光り輝き、あっという間にくっついてしまう。
金属同士を溶かして接合する溶接とは違い、まるでその部分が融合してしまったかのような綺麗な接合面となっていた。
「す、すごいね……」
「なんて便利な祝福なのかしら……」
それまで黙って皆のやりとりを見ていたメリルとフィブリナが、ルナの祝福の凄まじさに感嘆の声を漏らした。
「……フィン様、俺の祝福も強化してもらえないか?」
難しい顔でその様子を見ていたゴーガンが、フィンに声をかけた。
「あ、はい。もちろん」
フィンがゴーガンに手をかざす。
ゴーガンの体が一瞬、青白く光り輝いた。
「ルナ、その金槌を貸してくれ」
「うん」
ゴーガンが、くっついてしまった2本の金槌を受け取る。
そしてゴーガンが目を細めると、くっついていた金槌の接合面を支点にして、ぐにゃりと90度折れ曲がった。
ゴーガンの祝福は『金属変形(E+)』。
これは金属を自在に変形させることができる祝福で、ゴーガンのE+の場合、非常に薄い銅板のような比較的柔らかい金属を1時間ほどかけて90度程度にまで曲げることができるというものだ。
当然ながら、こんな能力は使い物にならないので、ゴーガンは今まで仕事でこの祝福を使ったことはなかった。
それがA+になった途端、とんでもなく便利な祝福に変貌してしまったのだ。
「わあ! おじいちゃん、すごい!」
一瞬で折れ曲がった金槌を見て、ルナが飛び跳ねて喜ぶ。
周囲にいるレイニーの護衛の騎士やルナの両親も、その光景に唖然とした顔になっていた。
「金槌が飴細工みたいに曲がっちゃった……」
「この祝福もすごいわね……」
メリルとフィブリナがそう言うと、ゴーガンは深いため息をついた。
「まったく、こんな簡単に金属を加工できるなんてな。今まで俺が磨いてきた技術が全否定されたような気分だよ」
「そ、そんな。ゴーガンさん、そんなことないですよ」
フィンが慌ててゴーガンに言う。
「いくら祝福で金属を加工できても、その金属の扱い方を知らなかったら最善の加工はできないと思います。鍛冶の知識と技術があってこそですよ」
「そうですよ。ゴーガンさんのような熟練の鍛冶職人じゃないと、その祝福だって本当の力を発揮できないと思います!」
フィンとメリルが言うと、ゴーガンは苦笑した。
「はは、嬉しいことを言ってくれるじゃないか。ありがとうよ」
ゴーガンがフィンに目を向ける。
「フィン様よ。オーランド様が何度もこの工房に足を運んでくれたが、まさか王女様まで連れてこられるとは思わなかった。そんなにも、その村の事業は重要なものなのかい?」
「あ、レイニー様をお連れしたのは、本当にたまたまなんです」
フィンが慌てて否定する。
レイニーの権威で半ば強制的に、と思われるのは、フィンとしては本意ではないのだ。
ともに前向きな気持ちで、自らの意思で協力してくれる仲間をフィンは求めているのだ。
嫌々引っ張って行くような真似は、正直したくない。
「ただ、ゴーガンさんの協力があれば本当に助かります。僕は、エンゲリウムホイスト村という山奥の寒村をどこにも負けない大都会にしたいんです」
「ああ、オーランド様からも聞いたよ。辺ぴな田舎でも、努力次第で必ず発展できるっていうことを証明したいんだろう? 『鉄道』っていう、国中をつなぐ乗り物が通る道を作って」
ゴーガンはそう言うと、フィンの目を真っ直ぐに見た。
「他人の祝福をA+に強化するなんて話、正直半信半疑だったんだが、この目で見て考えを改めたよ。オーランド様から鉄道の話を聞いたときは、そんな途方もない話、なんて思ったが、どうやら不可能じゃなさそうだ」
「えっ、じゃあ……」
「俺ももう歳だが、まだ何か成し遂げられそうだと思ってな。この子に誇れるような仕事を、死ぬ前にやってみるのも悪くない。この子の将来にも、いい話になりそうだしな」
ゴーガンがフィンに笑みを向ける。
「今まで渋っていたが、協力させてもらうことに決めたよ。その鉄道の話、フィン様の口から詳しく聞かせてくれないか」
ゴーガンの言葉に、メリルとフィブリナが「おおっ」と声を上げた。




