第34話 よろしくお願いします
翌日の夕暮れ時。
すでに日は落ちかけており、辺りはだいぶ薄暗くなっていた。
大急ぎでレイニーを歓待する準備を整えたフィンたちは、街の人々とともに街の入り口に集まっていた。
入口の門には『レイニー王女様、ライサンドロスへようこそ!』と書かれた垂れ幕がかけられている。
レイニーが通る予定の道には、街中からかき集められた花々が設置され、有志を募って編成された音楽隊も配置済みだ。
皆が、今か今かとレイニーの到着を待ちわびていた。
レイニーたちをライサンダー家まで先導するため、傍にはフィンたちが乗るための馬車も用意されていた。
「はあ、なんとか間に合ったね」
やれやれといった様子で、フィンが隣に立つメリルに疲れたように笑う。
「ほんとよね。街の人たちもすごく頑張ってくれて、立派なお出迎えができそう」
「フィン、あまり緊張しすぎないようにね。街の人たちも見てるんだから、堂々とお出迎えするのよ」
フィブリナが小声でフィンに囁く。
「うん。前にも一度お会いしてるし、大丈夫だよ」
「メリルも、失礼のないようにね。お淑やかにしてるのよ?」
「わかってるって。黙ってにこにこしてればいいんでしょ?」
「おっ、来たみたいだぞ」
フィンたちが話していると、遥か彼方から駆けてくる騎兵の姿を見つけたオーランドが言った。
騎兵は一直線にフィンたちのもとへと駆け寄ると、急停止した。
紫色の長い髪を一本結びにした、若い女騎士だ。
「フィン・ライサンダー殿、オーランド・ライサンダー殿はおられるか?」
「私がフィン・ライサンダーです」
「オーランド・ライサンダーです」
フィンとオーランドが、騎士に深々と頭を下げる。
「私はレイニー様の護衛騎士、ラーナ・ハンルだ。以後、よろしく頼む」
ラーナは馬上で自己紹介すると、辺りを見渡した。
準備万端で待っている人々を見て、よし、と頷く。
「間もなく、レイニー様がご到着になられる。くれぐれも、失礼のないように。領民たちをレイニー様の馬車に近づけないように注意を払ってくれ」
「かしこまりました。レイニー様はご到着後、すぐに当家へおいでになられるのでしょうか?」
オーランドがラーナに言うと、彼女はすぐに頷いた。
「その予定だ。食事をかなり楽しみにしておられるのだが、準備はできているか?」
「はい。当家の料理人が腕によりをかけて、ご用意させていただきました」
「うむ。では、私は一度、レイニー様のもとへ戻る。しばらく待っていてくれ」
ラーナはそう言うと手綱を握り、街の外へと駆け出して行く。
「女性の騎士様なんて初めて見た……あの、カーライルさん」
フィンがカーライルを振り返る。
「今の騎士様、ハンルって名乗ってましたけど、もしかして……」
「ええ、私の妹です。レイニー様の護衛騎士として、幼少の頃から傍に付いているんです」
「やっぱりご家族でしたか。でも、彼女は幼少の頃から騎士だったんですか?」
「いえ、そういうわけでは。遊び相手として、城に住まわせられていたんです」
「遊び相手、ですか」
「ええ。ラーナは祝福のせいか動物に好かれる体質で、たくさん動物が集まってくるんです。レイニー様に、そこを気に入られたようでして」
「えっ、動物に好かれる祝福ですか?」
「はい。後ほど、詳しくお話させていただきますね」
カーライルはいったん話を切り上げると、領民たちの前に歩み出た。
「間もなくレイニー様がご到着になられる! 音楽隊は、演奏を開始しろ!」
カーライルの呼びかけに応じ、音楽隊が楽器を奏で始めた。
太鼓とトランペットが中心の、小気味いい音楽が街に響き渡る。
「ええと、まずは僕がレイニー様に話しかけるのでいいんですよね?」
フィンが緊張した様子で、オーランドに言う。
「うむ。レイニー様はフィンに会うのをとても楽しみにしているとのことだからな。極力、傍にいるようにしてくれ」
「わかりました」
そうしてしばらく待っていると、街道の向こうに大勢の騎士の姿が現れた。
それに守られるようにして、豪奢な馬車がこちらに向かってくる。
「おっ、来たぞ……ん? あれは……」
ドレスに身を包んだレイニーが馬車の窓から身を乗り出すようにして、満面の笑みで大きく手を振っているのが遠目に見えた。
馬で並走しているラーナが窘めている様子なのだが、レイニーはおかまいなしだ。
「すっごく嬉しそう……」
「笑顔が弾けてるわね……」
嬉しそうなレイニーの姿に、メリルとフィブリナがぽつりと言う。
オーランドが片手を上げて人々に合図をすると、皆がレイニーの名を呼んで歓声を上げ始めた。
王家の旗とライサンダー家の大旗を持った幾人もの領民たちが、ばっさばっさと旗を振って歓迎をアピールする。
「フィン様ー!」
馬車が近づいてくると、レイニーの明るい声がフィンたちの耳に届いた。
レイニーが指示を出したのか、ゆっくりと進んでいた一団が足を速める。
そうしてすぐに、一団は街の門へと到達した。
「フィン様、お久しぶりです!」
レイニーは待ちきれないといった様子で、馬車が止まると同時に扉を開けて地面に降り立った。
彼女に続き、以前王都の城で会ったミレイユという名の侍女も馬車を降りた。
小走りでフィンたちのもとへと駆け寄るレイニーに、ラーナをはじめとした騎士たちが慌てて馬から降りて付き添う。
フィンたちは、レイニーに深々と頭を下げた。
「レイニー様、ようこそ我がライサンドロスへ。長旅、お疲れ様でした」
「あっ、いえいえ! 皆さんこそ、こんなに盛大に出迎えてくださって、ありがとうございます!」
フィンの言葉に、レイニーがにこりと微笑む。
そして、キラキラとした目で街並みを見渡した。
人々はいまだに、レイニーへ大歓声を上げている。
「私、王都から出るのは初めてなんです。ライサンドロスって王都みたいにごちゃごちゃしていなくて、すごく綺麗なところなんですね」
「ありがとうございます。この街には王都のように風車がありませんので、そのせいかと」
「あ、なるほど! 確かに、風車が1つもないですね。それで街並みがすっきりして見えるんですね」
ふむふむ、とレイニーが納得して頷く。
「フィン様。私、この街を見て回ってみたいです。案内をお願いできませんか?」
「レイニー様」
レイニーの後ろで静かに控えていたミレイユが、レイニーに声をかけた。
「本日はもう暗くなってしまいましたので、街の見学は明日にすべきかと。ライサンダー家の方々に、まだ挨拶もしておりませんし」
「あ、それもそうですね。お腹も空いちゃってるし、先に夕食がいいですね」
レイニーがお腹に両手を当て、えへへと笑う。
ミレイユはレイニーの隣に来ると、フィンに顔を向けた。
「フィン様、私はレイニー様付きの侍女、ミレイユと申します」
「フィン・ライサンダーです。以前は王都でお世話になりました」
フィンがぺこりと頭を下げる。
それに応じて、ミレイユも腰を斜め四十五度に折って完璧な会釈をした。
「その節はありがとうございました。これからレイニー様のお世話係として、エンゲリウムホイスト村に住まわせていただきます。どうぞ、よろしくお願いいたします」
ミレイユがそう言って、右手を差し出す。
フィンは一瞬何のことかときょとんとしたが、それが握手を求めているものだと気づき、慌てて右手を差し出した。
柔らかなミレイユの手がフィンの手を数秒握り、すっと離される。
オーランドやメリルたちは、場違いな挨拶の仕方にきょとんとした顔になっていた。
「ふふ。ミレイユちゃん、握手が大好きなんですよ。ちょっと変わってますよね」
皆の様子に、レイニーがくすくすと笑う。
そんな彼女に、ミレイユが少し顔を向けて微笑んだ。
「はい。挨拶する時は握手をしないと、どうしても落ち着きません。オーランド様、よろしくお願いいたします」
「あ、ああ。よろしく」
ミレイユが困惑顔のオーランドと握手を交わす。
続けてミレイユは、メリル、フィブリナ、そしてカーライルとも握手を交わした。
全員と挨拶を終え、ミレイユがレイニーに振り向く。
「それでは、レイニー様。馬車にお戻りください。ライサンダー家へ向かいましょう」
「はい!」
レイニーがラーナの手を借りて、馬車に乗り込む。
「フィン様、オーランド様。ライサンダー家までの先導のほど、よろしくお願いいたします」
ミレイユは深々と頭を下げると、レイニーの乗る馬車へ乗り込んでいった。
「えっと……兄さん、行こっか?」
「あ、ああ。そうだな」
「……姉さん、あの侍女さん、変わった人だね」
「まあ、丁寧に挨拶するのは悪いことじゃないし……」
フィンたちは妙な雰囲気になりつつも、自分たちの馬車に乗り込んだのだった。




