第29話 土砂降り
「ほほう、崖から落ちて祝福が発現したのか」
分厚いステーキをもりもりと頬張りながら、プロフがフィンを見る。
フィンは食事をしながら、先ほどから立て続けに飛んでくるプロフの質問に答え続けていた。
内容は、祝福の性能と、今までどんなことに使ったかだ。
「普通はそんな祝福を手に入れたら舞い上がってしまいそうなものだがな。今まで手をかけられなかった土地の領民のために、地域ごと改革しようとは……。いやはや、立派であるな。実に素晴らしい」
「ありがとうございます。貴族として、女神様から授かったこの力、領民のために最大限に活用できればと考えています」
「うむ。それでこそ我が国の貴族だ。王として、わしも誇らしいぞ」
「あの、フィン様」
レイニーがフィンに声をかける。
「フィン様には前世の記憶があると聞いているのですが」
「はい、祝福の発現と同時に、前世の記憶も思い出すことができました」
フィンが答えると、レイニーはぱっと表情を輝かせた。
「前世の記憶があるなんて、すごく興味があります! フィン様、ぜひお話を聞かせてくださいませ!」
「は、はい。ええと……前世では日本という場所で生活をしていまして――」
この世界に生まれ変わる前の生活を、なるべく面白おかしくなるように話して聞かせる。
自動車や電車といった乗り物の話をするとレイニーが食いついてきたので、質問されるがままに次々と答えた。
「そんな乗り物があるんですか! 私も乗ってみたいです。フィン様のお力で、それらを作ることはできないのですか?」
「鉄道に関しては、いずれ作れればとは考えています。何しろ山奥の村なので、何とかして物と人の輸送を改善させないといけないので」
「まあ! それは楽しみですね! もし完成したら、私を一番に乗せてはいただけませんか?」
「は、はい。わかりました」
フィンが横目でハミュンを見る。
彼女は「大丈夫ですよ」とでもいうかのような表情でにこりと微笑んだ。
その後も主にフィンとレイニーの会話が続き、1時間ほどしてそろそろお開きに、という流れになった。
「いや、楽しい話を聞かせてもらった。しかし、そなたの祝福はすさまじい効果を持っているのだな」
プロフがナプキンで口を拭き、フィンを見やる。
「A+まで強化するという話だが、もともとA+の私を強化したらどうなるのか気になるな。ひとつ、試してみてはくれないか?」
「えっと……陛下に私の祝福をかける、ということでしょうか?」
「うむ。やってみてくれ」
「わ、わかりました」
「フィン様、お手を」
いつの間にか傍に寄ってきていた若い侍女が、フィンの左手を取る。
フィンは内心首を傾げながらも席を立ち、そのままプロフの下へと向かった。
どういうわけか、プロフの下についても手を放してくれない。
「それでは、失礼いたします」
「うむ」
フィンが恐るおそる、プロフに右手を向ける。
「……あれ?」
「む、どうかしたか?」
「い、いえ……いつもは、祝福をかけると体が青白く光るのですが」
「ミレイユ、私の体に何か変化はあったか?」
プロフが侍女――ミレイユと呼ばれた女性に目を向ける。
彼女は相変わらず、フィンの左手を握ったままだ。
「いいえ、なにも起きたようには見受けられませんでした」
「ふむ。元々A+の者には効果がない、ということかな?」
プロフが再びフィンに目を向ける。
「妻の祝福を強化してみてくれんか。あいつのはBだからな。もしかしたら効くかもしれん」
「わかりました」
侍女に手を取られて先導されるようなかたちで、フィンがウェズリルの下へと向かう。
彼女に手をかざすと、その体が青白く光り輝いた。
「おお、光ったぞ」
「上手くいったみたいです。これで王妃様の祝福はA+になっているはずです」
「ウェズリル、どうだ。何か変わった感じはするか?」
プロフが期待のこもった視線を彼女に向ける。
「うーん、特に実感はないけれど……」
ウェズリルが目を細める。
「……あら、これはすごいわね」
「む、どうした?」
「ちょっとベランダに出てみてくださいな」
ウェズリルにうながされ、皆でベランダに出る。
「ほら、あそこを見てて」
彼女の指差す先には、深い森があった。
距離にして、ここから約3、4キロメートルといったところだろうか。
皆が目を向けた次の瞬間、空から森に向かって滲みだすように、白く輝く光の柱が現れた。
皆、唖然としてその光景を食い入るように見つめる。
「お、おい、あれはまさか、雪か?」
プロフが光の柱を見つめたまま、ウェズリルに問う。
「ええ、そうよ。あの一帯にだけ粉雪を降らせてみたの。やろうと思えば、町全体を吹雪にすることだってできるわ」
「おお、それはすさまじいな。A+になった、ということか」
「フィン様、私にもその祝福をかけてみてくださいませ!」
レイニーがフィンの間近に迫る。
ふわりとしたいい香りに、思わずフィンはどきりとしてしまった。
「は、はい」
フィンがレイニーに手をかざすと、彼女の体が青白く光り輝いた。
「もう終わったのですか?」
「はい、これでA+になっているかと」
「ありがとうございますっ!」
レイニーが空を見上げ、少し目を細める。
次の瞬間、突然、まるで滝のような土砂降りが全員を襲った。
目の前が見えなくなるほどの、身体に当たる雨粒が痛いほどのすさまじい土砂降りだ。
「わあ、すごいです! こんなに一気にたくさん――」
「ちょ、レイニー、やめろ! やりすぎだ!」
ウェインがレイニーの肩を掴む。
数秒して雨が止まり、もとの静かな夜が訪れた。
フィンたちは全員、びしょ濡れである。
「自分たちの真上に雨を降らせるやつがあるか! ああもう、ずぶ濡れ……って、お前、街にまで降らせたのか!?」
遠目に見える街からは、突然の大雨に人々が大騒ぎしている喧騒が響いてきていた。
ベランダしたの広場からも、巻き添えを食ってずぶぬれになった侍女や兵士たちがこちらを見上げている。
「はい、街全体に雨を降らせてみました。ちょっとだけ、やりすぎちゃいましたね」
てへ、とレイニーが可愛らしく笑う。
ドレスは雨で濡れてしまい、肌に張り付いて少し透けてしまっている。
まったく悪びれている様子がないので、どうやら天然のようだ。
「あのな、街にいきなり雨を降らせたら、みんなびっくりするだろ? 祝福を使う時は注意しろって、前から言ってるじゃないか」
「う……ご、ごめんなさい。私、嬉しくって……」
しゅんとした様子で肩を落とすレイニー。
それを見て、ウェインが慌てた顔になった。
「あ、いや、怒ってるわけじゃないんだ。兄さんもびっくりしちゃってさ」
何とか妹のご機嫌を取ろうと、ウェインがあれこれ話しかける。
「わはは、まあよいではないか。こうして雨に濡れるというのも、たまには気持ちのいいものだぞ!」
「お父様……! わかりました、もっと降らせますね!」
「あ、いや、もういい! もういいから! 誰か、タオルを持ってきてくれ!」
「いいかい、レイニー。祝福っていうのは、もっと慎重に使わないといけないんだ。僕らのような王族は特にそうなんだからね」
「兄様……怒ってらっしゃるのですか?」
「いや、怒ってなんかないよ。ただ、レイニーにちゃんとした祝福の使いかたを覚えてもらいたくてさ」
「うぅ、やっぱり怒ってます……」
「いやいや、怒ってないって。僕はレイニーのためを思ってだね――」
「……フィン、なんかさ」
小声で話しかけてくるメリルに、フィンが頷く。
「うん……変わった人たちだね……」
侍女たちが大慌てでタオルを運んでくるまでの間、そんなやり取りは続いたのだった。




