第22話 変わりゆく辺境領地
石灰を発見してから数日後の夕方。
メリルは村人たちと一緒に、畑から収穫した芋を荷車に積んでいた。
「よいしょ。はあ、今日もたくさん採れたわね」
ごろごろとした大きな芋を前に、メリルが満足げに息をつく。
スノウの祝福のおかげで、毎日たくさんの作物が収穫できている。
祝福の効果は絶大で、通常であれば夏までに村で採れる収穫量の半分近い量の芋がすでに収穫できていた。
スノウは今、アプリスの種を植えた畑を見に行っている。
「メリル様、あとは私たちがやっておきますから、先にお風呂に行ってしまってはどうですかな?」
村長のアドラスが芋を満載したカゴを手に、メリルに歩み寄る。
「んー、そうさせてもらおうかな。アドラスさん、ありがとう!」
「いえいえ、昨日なんて私たちが先に入らせてもらいましたし――」
「あれ、指から血が出てますよ? 怪我したんですか?」
アドラスの指先に血が滲んでいるのを見つけ、メリルが手を取る。
「ああ、ひび割れから少し血が出てるだけです。たいした傷じゃありませんので」
「もう、怪我したらすぐに言ってって言ってるでしょ?」
「い、いや、怪我というほどのものでも――」
「あ、姉さん! こっち来て! 怪我人だよ!」
遠目にフィブリナを見つけたメリルが、大声で呼びながら手を振る。
すぐに、フィブリナが小走りで駆けつけた。
「あら、ほんとね。痛そうだわ」
フィブリナがアドラスの手を取り、右手をかざす。
傷口がぼんやりと光り輝き、あっという間にもとの綺麗な指先に戻った。
ひび割れは塞がってはいるが、ガサガサしていてまた割れてしまいそうにも見える。
「うーん、傷は塞がっても、このままだとまた割れちゃいそうね……」
「姉さん、手荒れに聞く薬とかって持ってきてたっけ?」
「塗り薬がいくつかあったと思うわ。アドラスさん、家に戻ったら渡しますから」
「えっ、そ、そこまでしていただかなくても」
「いいんですよ。あるものは使わないと」
そうしていると、今度は若い男の村人がメリルたちのもとに駆けてきた。
「け、怪我人です! ノコギリが滑って、足をざっくり切ってしまって、すごい血が!」
「えっ、大変! すぐ行きましょう!」
男に連れられて、フィブリナが駆けて行く。
現在、新しい食糧庫や住居をいくつも建設中なのだが、こうした怪我人がちょこちょこ出るのだ。
ここまで大掛かりに建築作業を行ったことなどないので、作業量的に事故が起こるのは仕方がないといえばそれまでなのだが。
「いやはや、フィブリナ様がいるおかげで、どんな大怪我をしても安心ですな」
「あはは。でも、痛いことには変わりないんだし、なるべく怪我はしないようにしなきゃですよ?」
「ですなぁ。もう少し、若い連中にも道具を慎重に使うように教えなければなりません……お、始まりましたな」
ぼんやりと輝きだした畑に、アドラスが目を細める。
スノウは強化された祝福の扱いに慣れてきたようで、村の中の畑ならば見に来なくても状態を把握して祝福を発動するようになっていた。
「綺麗ですよね。こんな綺麗な景色、王都でも見たことないですもん」
「はは。なら、我々はとても運がいいですな。こんな辺境にいながら、都会の人ですら目にできない景色を楽しめるのですから」
さて、とアドラスがメリルを見る。
「メリル様、夕食の支度も私がやっておきますので、のんびり風呂を楽しんできてください」
「うん、そうします。ハミュンちゃんも誘っていきますね」
メリルはアドラスに手を振り、ハミュンがいるであろう領主邸へと向かった。
***
領主邸の前では、フィンとハミュンがベンチに並んで座り、机に広げた地図に羽ペンでなにやら書き込んでいた。
何かあった時にすぐに目につく場所にいたほうがいいだろうと、こうして野外で事務仕事ができる場所をフィンが作ったのだ。
頭上には天幕用の布が日除けとして張られており、風が抜けてとても過ごしやすい場所となっていた。
「フィン、地図作りは順調?」
メリルが机に手をつき、地図を覗き込む。
両手を広げたほどの大きさの紙に、村を中心とした地図が描かれていた。
見たところ、村の周囲はあらかた描き終えてあるように見える。
「うん。ようやく村の周りは把握できたよ。ハミュンがあちこち案内してくれたおかげだね」
フィンの言葉に、ハミュンが嬉しそうに微笑む。
「えへへ。一緒に頑張りましたもんね! でも、苔とか雑草まで資源になるなんて、思いもしませんでした」
地図には様々な記号が書き込まれており、鉱山や坑道といった場所以外にも、苔や食用キノコの群生地といったものの在りかまで記されていた。
これはスノウの提案で、そういったものは貴族相手に高く売れるから、と教えてもらったからだ。
立派な庭園を持ってるような金持ちの貴族だと、上質な苔を喜んで買い取ってくれるらしい。
キノコも、山深い場所で採れたものは味がいいので、高く売れるそうだ。
「お金持ちの人たちのすることって、ちょっとわからないです……。高いお金を出して買うぐらいなら、自分で森で探せばいいのに」
「確かにそうだけど、あの苔を手に入れるためにいくら払ったとか、このキノコはわざわざ地方の山奥から取り寄せたとか、そういうことも貴族のステータスになるんだよ」
「う、うーん。やっぱりよくわからないです……」
唸っているハミュンに、フィンとメリルが笑う。
「フィン、他に何か資源になりそうなものは見つかったの?」
「ううん、今のところはなにも。でも、将来観光名所にできそうな場所はたくさんあるよ」
「観光名所? どんなところがあるの?」
「目玉は、エンゲリウムが採掘されてた廃鉱かな。危なくないように中を整備すれば、大昔はここでこういうものを採掘してたんだっていうふうに見て回れるよ」
「廃鉱を観光地にするの?」
「うん。ああいう場所って、見て回るの楽しいんだよ。中の設備はどれも古いものばかりだろうし、道具も残されてるかもしれない。ちょっとした探検気分にもなるし、勉強にもなるからさ」
「なるほど……数百年前の鉱山の中が見れるってなったら、見てみたいって思うもんね。それ、いいかも!」
「でしょ? まあ、安全第一で整備を進めないといけないから、後で王都から鉱山技師を呼ばないといけないけどね。そのお金を作るためにも、メリルには頑張ってもらわないと」
「フィン様、その前に鉄道ですよ! 移動に時間がかかっちゃうと、お客さんなんて来ないですよ!」
ハミュンが前のめりになって言う。
彼女の中では、何よりも鉄道事業が最優先なのだ。
「はは、そうだね。まずは鉄道からだね」
「はい!」
「ハミュンちゃん、これからお風呂に行こうと思うんだけど、一緒に行かない?」
「あ、はい! フィン様もどうですか?」
「えっ、僕も一緒に入っていいの?」
「え、ええっ!?」
ハミュンをからかうフィンを、メリルがギロリと睨む。
ハミュンは顔を赤くして、両手で頬を押さえていた。
「え、えっと、どうしよう……あわわ」
「もう、ロッサみたいなこと言ってるんじゃないわよ。ハミュンちゃん、行こう?」
「あ、はい! え、えっと……フィン様は?」
「んー、まあ、一緒に入るのはまた今度にしよっかな? 僕は残りの部分をもう少し描いておくよ」
「そ、そうですか。そうですよね……わ、私、着替え取りに行ってきます! メリル様のも取ってきますね!」
ハミュンが顔を赤くしたまま、家へと駆けて行く。
「もう、ハミュンちゃんは純粋なんだから、からかったらかわいそうでしょうが」
「ごめんごめん。ハミュンって何でもしっかり反応してくれるから、面白くってさ」
「まったく、フィンのくせに他の人をいじるなんて10年早いわ。あんなのただのセクハラよ」
「う、ご、ごめんなさい」
「お待たせしましたっ!」
着替えを抱え、息を切らせたハミュンが2人の前に戻ってきた。
フィンを見て、顔を赤くしてもじもじしている。
メリルはやれやれと息をつくと、彼女を連れて風呂へと向かった。




