第21話 最初の発見
翌日の朝。
フィンたちは皆で村の入口に集まり、ロッサの出立を見送っていた。
村人たちも全員集まっており、皆での盛大な見送りだ。
馬車には、祝福で高品質化した芋と麦が載せられている。
ロッサはライサンドロスでオーランドの仕事を手伝いつつ、知り合いに作物の売り込みと登用の話を持ち掛けることになっている。
「じゃあなー! すぐに戻ってくるからなー!」
走り出した馬車の窓から、ロッサが大きく手を振る。
皆が手を振って応えるが、彼の視線の先にいるのはスノウだけだ。
スノウは優しく微笑みながら、手を振り返していた。
「ねえ、フィン。ロッサとスノウさんって、どうしてあんなに急に打ち解けたの? 何か聞いてない?」
メリルが小声でフィンに声をかける。
「『他人行儀なのは苦手だから、呼び捨てにさせてくれないか』ってロッサ兄さんから頼んだらしいよ。そしたら『普段どおりのロッサ様で接してください』って答えてくれたらしくて、あんな感じになったんだってさ」
「へえ、そういうこと。なんていうか、そこまであからさまに好意向けられたら、下手に隠したりしてるより清々しくて逆に印象よくなりそうだわ」
「はは、そうかもしれないね」
さて、とフィンが皆に目を向ける。
「作業に取り掛かろうか。今はまだ春だけど、あっという間に夏がきて、すぐに冬がやってくるよ。時間はたくさんある、なんて考えずに、どんどん改革を進めて行こう」
フィンの宣言に、皆が元気に返事を返す。
今日この日から、本格的にエンゲリウムホイストの改革が始まるのだ。
***
「ハミュン、すぐに出発できるかな?」
「はい! お弁当も用意しましたし、準備万端ですよ!」
カバンを斜め掛けにしたハミュンが、にっこりと微笑む。
これから、フィンとハミュンは地図作成のために2人で散策に出かける予定だ。
大昔の地図をもとに周辺を見て回り、新しい地図を作製するのである。
「フィン!」
「ん? メリル、どうしたの?」
皆がそれぞれの持ち場に散っていくなか、いったん離れかけたメリルがフィンの下に小走りで戻ってきた。
「フィンは、もう散策に出かけるの?」
「うん、廃鉱あたりまで行ってこようかなって。夕方までには戻れると思うから、その間のこと頼むね」
「……やっぱり、私も行っちゃダメかな?」
突然の申し出に、フィンがきょとんとした顔になる。
「え、どうしてさ? どこか、見たい場所でもあるの?」
「そういうわけじゃなくて……その、フィンが心配なのよ。また何かあったらって思うと……」
「そんな、大丈夫だよ。この辺に詳しいハミュンも一緒だしさ。危ないことなんてないよ」
「それは……そうかもしれないけど……」
心底心配そうな顔をするメリル。
そんな彼女に、ハミュンはにぱっと笑顔を向けた。
「メリル様、大丈夫です! フィン様のことは、私がお守りしますので!」
「うー……本当に大丈夫? 危ないところに行かないでよ?」
「はい、今日行くのは廃鉱の前までですから、大丈夫です。途中の道も、危ないところはありませんし」
「本当? もしフィンが廃鉱に入りたいって言っても、絶対入れちゃダメだよ? あと、少しでも危ないところには、絶対に近づけないでね?」
「メリル、一応ハミュンより僕のほうが年上なんだけど……」
苦笑するフィンに、メリルが困ったような顔を向ける。
「年上って、この間勝手に飛び出して行って崖から落ちて死にかけたのはどこの誰なのよ。まったく信用ならないわ」
「いや、さすがにもうあんなバカなことはしないよ。する理由もないんだし」
「そうだけど……うう、心配だなぁ。村の人、何人か一緒に行ってもらったほうがいいんじゃない?」
「大丈夫だって。この辺は危ない獣も出ないし、道さえ間違えなければ安全だからさ。だよね、ハミュン?」
「はい。イノシシ除けに鈴も付けていきますし、危ないことなんて何もないですよ?」
「うー……」
なおもメリルが渋っていると、少し離れたところから見ていたフィブリナが苦笑して声をかけてきた。
「メリル、きっと大丈夫よ。ハミュンちゃんが一緒なんだから」
「で、でも、また怪我したりするかもしれないし、ハミュンちゃんとはぐれて迷子になったりするかも……」
「う、うーん……そう言われると私も心配になってきたわ……」
「いや、迷子って……僕、これでも18歳なんだけど」
その後、メリルだけでなくフィブリナまでも一緒になって心配しだしてしまい、数十分かけて説得した後にようやく出発となったのだった。
***
「はー、メリルもフィブリナ姉さんも、いくらなんでも心配しすぎだよ。まるで子ども扱いだもんなぁ」
ざくざくと獣道を進みながら、フィンがため息をつく。
「あはは。メリル様もフィブリナ様も、まるでフィン様のお母さんみたいですね!」
「本当だよ。まあ、確かに今までは面倒見てもらってたようなものだけどさ……」
「そうなんですか? 3人で一緒に暮らしてた、とかですか?」
「そういうわけじゃないんだけど……僕とメリルは、貴族学校の同期生でさ――」
フィンは、寮生活をしていた頃の思い出話をハミュンに語る。
思えば、学生生活ではメリルがいつもフィンの隣にいた。
常に彼女がフィンを守ってくれていた、といっても過言ではない。
「男子寮と女子寮で別れてたけど、メリルはよく僕の部屋に忍び込んできてさ。洗濯物を畳んでくれたり、愚痴を聞いてくれたりしてたっけ。勉強も見てくれたし」
「そうだったんですね……。フィン様、すごくメリル様に大切に想われてるんですね!」
「え!? そ、そうかな?」
「だって、好きでもない人にそこまでしようなんて思わないですもん。いいなぁ、私もそんな恋愛してみたい……」
「い、いや、別に付き合ったりしてるわけじゃないんだ。小さい頃にいろいろあってさ、それで、メリルは僕のことをずっと気にかけてくれてたんだよ」
フィンはメリルに惚れてはいるのだが、今までが今までだっただけに、彼女から自分に向けられている感情は同情と罪悪感の延長だという認識だった。
それを今から払しょくし、有能で男らしいところを見せようと気張っているのだ。
「またまた! 隠さなくても……あ! も、もしかして、あのお二人と恋の三角関係だったりするんですかっ? 姉妹でフィン様を取り合う、みたいな!」
「ええ、なんでそういう方向に行くんだよ。それにこの間まで、僕は本当にポンコツだったんだ」
「ポンコツ? フィン様がですか?」
「うん。貴族なのに祝福も持ってなかったし、いつもうじうじしててさ。我ながら、本当にいいとこなしだったよ」
「うーん、今のフィン様からは想像もつかないです」
「あはは。そう言ってもらえると、ちょっとだけ自信付くかな。この調子で頑張らないとだ」
「はい! 今のフィン様、すごくかっこいいですよ!」
そうしてハミュンと楽しく話しながら、以前転落した崖下へとやってきた。
自分が倒れていたところを見てみると、赤黒く乾いた血が白い岩にべっとりとこびりついていた。
「うえ、すごい血だ。こんなに出血して、よく生きてたなぁ」
「ほんとですね……あそこから落ちたんですもんね」
ハミュンが崖を見上げる。
高さにして、10メートルは優にありそうだ。
そうして崖を見上げていると、フィンはその岩肌に気になるものを見つけた。
「……あれ? これって、石灰じゃない?」
フィンが崖の岩肌に歩み寄る。
一面に白い鉱石が覗いており、どうやら石灰の地層が露出しているようだ。
「なんだ、こんなところに石灰鉱山があったんじゃないか。掘り出して活用すれば……って、ここからじゃ採算が取れないから放置されてるのか」
石灰はオーガスタ王国内でもあちこちで採掘されており、価格はかなり安い。
用途はモルタルの製造、床下の虫除け、そして肥料だ。
「えっ、この石って、何かに使えるんですか?」
「うん。肥料にもなるし、建材の材料にもなるよ。あと、食べ物にも使えると思ったかな」
「い、石を食べるんですか? それに、肥料にもなるんですか……はえー」
ハミュンが感心した様子で崖を見上げる。
石灰というものが何なのかということすら、この辺りには伝わっていなかったようだ。
この世界での使われ方以外にも、フィンは前世の知識から何に使えるのかを知っている。
石灰を加工したものを添加物としてパンやマカロニなどの食品に混ぜて使っているというのは、出張先でついでに観光した資料館で見た記憶があった。
そのほか、お菓子などの乾燥剤も生石灰が使われていたし、お弁当を温める発熱剤にも生石灰が使われていたはずだ。
生石灰とは、石灰石を1000度ほどの高温で熱したもののことだ。
「うん。石っていっても、大昔の珊瑚とかが化石になったものなんだ。カルシウムっていう、骨のもとになる成分でできてるんだよ」
「え、ええと……さんごって何ですか?」
「あ、ごめん。珊瑚っていうのはね――」
フィンの説明を、ハミュンは興味津々といった様子で頷きながら聞く。
ハミュンは何事にも興味を持って真剣に聞いてくれるので、フィンとしても教えがいがある。
「なるほど。ということは、この辺りも大昔は海だったんですね」
「そうかもしれないね。珊瑚だけじゃなくて、殻を持った生き物の死骸が化石化したものだったりもするけどさ」
「そうなんですね……はあ、海かぁ。見てみたいなぁ……。海って、お話の中でしか聞いたことがないです」
はあ、とハミュンがため息をつく。
話を聞いただけでは、海がどんなものなのか上手く想像がつかない。
ただひたすらに大きな池、といったふうにしか思い描けなかった。
「そうだね。僕も、こっちの世界の海はまだ見たことないや」
「鉄道ができたら、見に行けるようになりますかね?」
「うん、きっと行けるようになるよ。さてと、そろそろお昼にしよっか」
「はい! って、フィン様の血だまりの上で食べるのはちょっと……」
「そ、それもそうだね。どこかいい場所知らない?」
「んーと……あっちの木陰とかどうですか? きっと涼しいですよ」
「うん、よさそうだね。行こっか」
そうして、2人は色々な話をしながら木陰へと向かうのだった。




