第18話 ネズミとイノシシ
領主邸に荷物を置き、スノウたちの下へ行こうと皆で外に出ると、驚きの光景が目に飛び込んできた。
「わっ! な、なにこれ……」
「綺麗ですね! スノウ様の祝福でしょうか?」
メリルとハミュンが声を上げる。
村のあちこちに点在する畑に、ぼんやりとした柔らかな光が無数に灯っていた。
先日フィリジット邸の庭で見たものと同じ光だ。
「すごいや……クリスマスイルミネーションみたいだ……」
「何それ? フィンの前世の話?」
「うん。前世で暮らしてたところではさ、キリストっていう人の聖誕祭が12月にあったんだ。その頃になると国中がお祭り騒ぎになって、街路樹とか建物とかが綺麗に飾り付けられるんだ」
「へえ、そんなお祭りがあったんだ。国中でやるなんて、すごく盛大なお祭りなんだね」
「うん。ていうか、そういう行事で大騒ぎするのが好きな国民性でさ。本来の意味とかよく分からなくても、とりあえず大騒ぎしてた人が結構いたように思うよ。他にもたくさん行事はあったけど、いつもそんな感じだったし」
「あはは、なによそれ。ただ騒ぎたいだけじゃない」
メリルがくすくすと笑う。
「あ、でもでも! それって皆同じだと思いますよ! お祭りって楽しいですし、毎日あればいいなって思いますもん」
「この村でも、お祭りは何かあるのかしら?」
フィブリナが聞くと、ハミュンは元気に頷いた。
「はい! 『水神祭』っていうお祭りがあります。年の初めと秋の始まりに、山の水神様に麦や豆をお供えしに、子供たちだけで山に登るんです。その間に大人たちがご馳走を用意して待ってて、帰ってくると朝まで宴会をするんです」
「えっ、子供たちだけで? 獣とか出たら危ないんじゃない?」
「皆で太鼓を叩いたりして大騒ぎしながら登るので、大丈夫ですよ。イノシシも、人が騒いでいれば近寄ってきませんから」
ハミュンの話では、このあたりにはイノシシがたくさん生息しているらしい。
鉢合わせするとかなり危険な動物だが、騒いでいれば勝手に離れていくので大丈夫とのことだ。
狼などの危険な獣も生息しているのかと思っていたのだが、この辺りには出ないらしい。
「イノシシか。捕まえたりはするの?」
「落とし穴を作ってみたりはしてるんですけど、あんまり捕まらないですね。夏になると畑を荒らされることもよくあるんで、困ってるんです」
「あー、それは困るね……。柵だけじゃ、全部の畑は守り切れないもんね」
「はい。作物が不作の時に限ってよく襲われるんで、そんな時はみんなで毎晩見張りです。そういう時ってネズミもあちこち荒らしまわるし、本当に大変で」
「うう、ネズミはなんとかして欲しいです……あれって、一匹見たら100匹はいるっていうじゃないですか。家の壁も食い破られたりするし、ほんと最悪ですよう」
エヴァが心底嫌そうな顔でつぶやく。
地域にもよるが、この世界ではネズミはあちこちで目にする動物だ。
街では比較的目にすることは少ないのだが、田舎に行くとそこらじゅうで見かける。
ちなみに、黒死病がこの世界で蔓延したという事実は一度もない。
フィンも学校の授業で習ったことはないので、少なくともオーガスタ王国にはペスト菌が存在していないのかもしれない。
「確かに、動物の食害はなんとかしないとだね」
「フィン様、そういうのに向いている祝福って何かないんですか? 『ネズミをやっつける!』とか『獣を追い払う!』みたいな」
「いや、そういうのは聞いたことがないかなぁ。領内の貴族のリストにも載ってなかったし。メリルとフィブリナ姉さんは聞いたことある?」
「ううん、聞いたことない。ていうか、生き物をどうこうする祝福ってあるのかな?」
「私も聞いたことがないわね。もしあったとしても、かなり珍しい祝福なんじゃないかしら」
そんな話をしながら皆で歩き、肥料置き場に到着した。
そこではロッサとスノウが、何やら楽し気に話している。
「お、フィン! こっちの作業はひととおり終わったぞ!」
ロッサがフィンたちに、笑顔で手を振る。
なにやら、かなり上機嫌な様子だ。
「スノウがさ、村全体の作物全部に祝福をかけてくれたんだよ。このまましばらく様子を見ながら、収穫できるまで祝福をかけ続けてくれるってさ」
「……スノウ?」
「……何で呼び捨てになってるのかしら?」
メリルとフィブリナが怪訝な顔になる。
「そ、そうだったんだ。スノウさん、ありがとうございます」
礼を言うフィンに、スノウが優しく微笑む。
「いえいえ。ロッサさんたちがたくさん肥料を用意してくれたおかげで、野菜たちもみんなすごく元気に育っています。これなら、ダト芋はどれも立派なものが収穫できそうです」
「はは、頑張ったかいがあったよ。悪いな、ずっと村にいれなくてさ。肥料が切れないうちに、すぐに戻ってくるよ」
「ふふ、ありがとうございます。でも、あまり無理はしないでくださいね?」
「大丈夫だって! それに、俺だってこの村のためにできることは何でもやりたいんだ。一緒に頑張ろうぜ!」
「はい、頑張りましょう。頼りにしていますからね」
「おう! へへ……」
「……ね、ねえ、なんか、2人ともずいぶん仲良くなってない?」
「そ、そうだね。何があったんだろ。お互い、呼び方も変わってるし」
やたらと親密な様子のスノウとロッサに、メリルとフィンが小声で話す。
たった数十分の間に、ずいぶんとくだけた様子になっている。
ロッサの鼻の下が伸び切っているのが、傍目にもよく分かる。
「フィン様、果物の栽培はすぐに始めるのでしょうか?」
「はい、お願いしたいです。アプリスの種をいくらか用意してあるんで、それを使ってもらえれば」
今手元にある種は、先日皆で食べたアプリスの種だ。
アプリスは実の中心に数十個の小さな種がある。
全部で1000個以上は取っておいてあるので、そのうちのいくつかは芽を出してくれるかもしれない。
「かしこまりました。種はどちらに?」
「あ、その前にですね、これからエヴァさんの祝福を使ってもらいに、川下の池に行くんです。スノウさんも一緒にどうですか?」
「池、ですか?」
「ええ。池の水を、彼女の祝福『水質改善』で綺麗にしてもらおうと思って。綺麗な池ではあるらしいんですけど、試しにどれくらいの効果があるのか見てみたくて」
「あら、それは楽しそうですね。ご一緒させてもらおうかしら」
「よし、それなら俺も一緒に行こうかな。皆、肥料と種の用意、お願いな!」
周りにいる村人たちに、ロッサが笑顔で申し付ける。
そしてフィンに顔を向け、「行こうぜ!」と爽やかに言い放った。




