第16話 至極真っ当な動機
「な、なんだこの芋!? めちゃくちゃ美味いじゃんか!」
フィンの対面に座るロッサが、フォークで芋を頬張り目を見開く。
今日の夕食のメニューは、ふかしたダト芋、葉物野菜のスープ、チーズ(フィンたちが持ってきた物)、かまどの灰の中で作った灰焼きパンだ。
ライサンドロスにいた時に比べれば、品数も少ないうえに料理もシンプルで、かなり質素なメニューである。
「ふふん、そうでしょう、そうでしょう。私にかかれば、どんな野菜だって最高に美味しくできるんだから!」
メリルが自信満々といった様子で胸を張る。
使われている食材には、あらかじめメリルが祝福をかけてあった。
すべての食材が最高品質に生まれ変わっているため、どれを食べてもとんでもなく美味しい。
「すげえな……! 最高品質だと、ふかしただけの芋でもここまで美味くなるのか」
「本当に、すごく美味しいですね! それに私、チーズって初めて食べましたけど、すっごく美味しいです!」
フィンの隣でハミュンはもぐもぐと口いっぱいにチーズを頬張り、とろけそうな顔になっている。
加工品の場合、祝福をかけても最高品質に変化するわけではなく、代わりに鮮度が出来立ての状態にまで戻る。
そのおかげで、乾燥して少し硬くなっていたチーズは、もちもちとした出来立てに復活を遂げていた。
「いや、俺だってこんな新鮮なチーズを食べるのは初めてだよ。食料品質の向上A+って、これもう反則級の祝福だろ……」
ロッサがチーズを頬張り「美味すぎる」としみじみとつぶやく。
フィンも芋を口にし、同意するように頷いた。
「だよね……。いくらなんでも品質の上がりかたが異常っていうか、農家の人たちに喧嘩売ってるレベルだよね」
「本当だよ。これ、とんでもない祝福だぞ。村で作ってる野菜全部にこの祝福をかけて、あちこちに売りさばくってんだろ?」
「そのつもり。でも、他の領地からはかなり距離があるから、日持ちする芋とか麦しか売れないんだけどね」
「輸送が問題なわけか……まあ、こんな田舎じゃ、それは仕方ないよな」
ロッサはそこまで言い、ふと思い当たってメリルに顔を向けた。
「そう言えばさ、街にいる間、どうしてメリルは祝福を使わなかったんだ? 屋敷の料理だって、材料を高品質化しておけば美味くできたんだろ?」
「えと……その、うっかりしてて忘れちゃって。屋敷を出発してから、ようやく気付いたの」
えへへ、とメリルが照れたように笑う。
「そりゃあ、かわいそうなことしたなぁ。兄貴だって、こんなに美味い野菜とかパンは食ったことないだろうしさ。屋敷の使用人たちだって、これ食ったら相当驚くと思うぞ」
「だよね、オーランド様には悪いことしちゃったなぁ。せめて、お屋敷にある食材だけでも高品質化してくればよかったね」
「だな。じゃあ、俺が街に帰る時にさ、高品質化した芋とか麦をいくらか持って行かせてくれよ。兄貴にも食わせてやりたいんだ」
「うん、そうだね。あと、せっかくだからさ、エンゲリウムホイストでこんな美味しい野菜を売り出す予定なんだって、あちこちに宣伝しておいてよ」
メリルの提案に、ロッサが「なるほど」と頷く。
「お、それいいな! こんなに美味い芋、国中探したってそうそう見つかるもんじゃないだろうし、あちこちの知り合いに送って宣伝しとくよ。買いたいっていう奴は絶対に出てくるはずだからな」
「えへへ、よろしく! その無駄に広い顔を存分に生かしてよね!」
「無駄には余計だっつうの。ていうか、どうしてお前は昔から俺に対してそんなにぞんざいなんだよ。兄貴と態度違いすぎるだろ……」
「あんたがいつも適当なことばっかりやってるからでしょ。自業自得よ、自業自得」
「おま、俺だって一応本家の人間なんだぞ。兄貴ほどとはいかなくても、少しは敬ってもいいんじゃないか?」
不満げな顔をするロッサに、フィブリナがくすくすと笑う。
「ふふ、そうよメリル。いくら相手がロッサだからって、その辺はきちんとわきまえないと」
「おいこら、その発言の時点で全然わきまえてないって気づけ! まったく、そういえばフィブリナもちょいちょい俺をいじってくるよなぁ……」
ロッサたちのやり取りに、食卓が笑い声に包まれる。
メリルのロッサに対する態度がぞんざいなのは昔からだ。
奔放な性格の彼に合わせ、気の強いメリルがそれに返していたというだけである。
「そういえば、ロッサ兄さんはいつまで村にいてくれるの? オーランド兄さんには『月に数日』ならいいってて言われてたけどさ」
「そりゃあ、スノウさんが村に来るまでだよ」
「え? で、でも、スノウさんはいつ来るってはっきりとは言ってなかったよ? 何日かかるかなんてわからないじゃないか」
「近いうちに向かうって言ってただろ? きっとすぐ来るって」
「そんなこと言って、何十日もこなかったらどうするつもりなのさ」
「そりゃあ、来るまで待ち続けるに決まってるだろ。肥料の山を作っておいて、びっくりさせてやるんだ」
何とも楽観的なロッサの言い分に、フィンが苦笑する。
それを見て、メリルが茶化すような顔で口を開いた。
「あ、分かった。一生懸命働いてるところを見せて、好感度上げるつもりでしょ」
「おう、そのとおりだぞ。だからさ、メリルたちも協力してくれよ。俺と彼女が上手くいくようにさ」
「上手くいくようにって、スノウさんにその気がなかったらどうしようもないじゃない。自分で何とかしなさいよ」
「いやいや、そこは女同士のコミュニケーションでさ。『ロッサって優しくていい人なんだよ』とか『真面目で素敵な人なんだよ』って煽ってくれれば、印象もぐっと良くなるだろ? 何とか頼むよ」
「えー……フィン、姉さん、どうする?」
「いや、嘘を吹き込むのはちょっと……」
「いくらなんでも、ねぇ……女遊びが得意な人っていうふうになら、伝えておけるんだけど。お仕事だって、お小遣い稼ぎ程度にしかやってなかったじゃない」
「2人とも酷いな!? 俺、そんなに女関係に汚くないぞ!? 仕事はまあ、ちょびっとしかやってなかったけどさ……」
そんなやり取りに、ハミュンが楽しそうに口を開いた。
「じゃあ、真面目で素敵って皆から言ってもらえるように、ロッサ様にはこれから目一杯働いてもらわないとですね!」
「お、おう! これでもかっていうくらい、肥料を作りまくってやるぞ! ハミュンちゃんも俺のかっこいいところ、たっぷり見ておいてくれよな!」
「はい!」
その後も夕食が終わるまで、明るい声が食卓に響くのだった。
***
10日後の朝。
フィンはロッサとともに、村の広場に作られた屋根付きの肥料置き場の前にいた。
村人たちが忙しく動き回り、森から拾ってきた落ち葉や腐りかかった倒木を運んできては、それを肥料置き場に投げ入れている。
「ロッサ様、お願いします!」
「おっ、大物が来たな! それじゃ、さっそく」
数人がかりで運ばれてきた倒木に、ロッサが手をかざす。
黒い靄が倒木全体を包み込むように出現し、ものの10秒ほどでグズグズに崩れて土になってしまった。
村人たちはそれを桶に集め、せっせと肥料置き場に投げ入れる。
「ねえ、兄さん、本当に帰らなくて平気なの? 今日で11日目だよ?」
フィンが心配そうにロッサに言う。
ロッサは、またか、といったふうにため息をついた。
「だから大丈夫だって。心配いらねえよ」
「でも、オーランド兄さんは『数日だったら許す』って言ってたんだよ? さすがにそろそろ帰らないとまずいと思うんだけど……」
「平気だって。石炭の大鉱脈が見つかったって言ってたんだし、金策にあれこれ頭を痛める必要はなくなってるんだぞ? すぐやらないといけないことだって、その鉱脈を掘り起こすための作業員を集めることくらいだろ。俺がいなくたって平気平気」
「絶対まずいと思うんだけどなあ……」
この数日間、フィンとロッサは毎朝同じやり取りをしていた。
ロッサはスノウが来るまで街に戻るつもりはないらしく、毎日肥料づくりに精を出してくれている。
フィンとしてはありがたい限りなのだが、ライサンドロスで1人頑張っているであろうオーランドを思うと気が気ではなかった。
メリルとフィブリナも心配して同じように諭していたのだが、ロッサはまるで聞く耳を持たないのだ。
「フィン、よく考えてみろよ。領地運営と惚れた女、どっちが大事だ? どう考えたって後者だろ? そういうことなんだって」
「いや、どう考えても領地運営のほうが大切でしょ……」
「バカ、領地のことは後からいくらでも巻き返しが利くけど、好きになった女にいいところを見せる絶好のタイミングってのは本当に限られてるんだぞ? ていうか、仕事と好きになった相手と、どっちが大切かなんて考えるまでもないだろうが」
「いやまあ、兄さんには兄さんの考え方があるっていうのは分かるんだけどさ――」
苦労しているであろう長兄を放置するのはいかがなものか、とフィンが言おうとした時。
村の入り口のほうから、ガラガラと車輪の音が響いてきた。
遠目に、1台の旅馬車がこちらへ向かってきているのが見える。
「お、おい! あれってもしかして、スノウさんの馬車じゃないか?」
「あ、そうかも。出迎えに……って、兄さん、どこ行くの?」
馬車とは反対方向に駆け出していくロッサに、フィンが小首を傾げる。
「いいから、フィンは出迎えに行けって。ほらほら!」
「う、うん」
ロッサにうながされ、フィンは村のなかほどに停車した馬車へと小走りで向かった。




