第13話 春の貴婦人
「わわっ、すごいです! こんなにお花が咲いてるなんて!」
たくさんの草花が咲き誇る美しい庭園を見たハミュンが、瞳を輝かせる。
木陰には小テーブルとベンチが置かれ、ガラスポットに入れられたハーブティが用意されていた。
「どうぞ、お座りください」
「素晴らしいお庭ですね。こんなにたくさん花が咲いている庭なんて、見たことがありません。本当に綺麗です」
ベンチに腰掛けてフィンがそう言うと、スノウはにっこりと微笑んだ。
「ふふ、ありがとうございます。いくつかお持ちになって帰られますか?」
「えっ、いいんですか?」
「はい。ここで咲いた花は、少し経ったら切り花にして、ご近所に配っているんです。モーガン様にも、承知してもらっていますので」
「そうなんですね。フィリジット家のかたにも挨拶をしたかったのですが……。後でライサンダー家が礼を言っていたと伝えてください」
当主のモーガンは現在不在で、早朝から家族を伴って隣の領地へお茶会に出かけているらしい。
お茶会といっても客人としてではなく、祝福を使って変質させた水でお茶を淹れる依頼を受けたとのことだ。
「えっと、さっそくですが、本題のほうを。レンデルさんに、ぜひお願いしたいことがあって――」
これからエンゲリウムホイストで始めようとしている計画について、フィンが説明をする。
片田舎であるあの一帯を発展させ、住んでいる人々の生活を豊かにしたいということ。
そのために、いろいろな祝福を持つ貴族の力を借りたいということ。
将来的には、エンゲリウムホイストを中心としてこの国を飛躍的に発展させたい、という展望を話した。
「す、すごいお話ですね……。片田舎を国の中心に、ですか」
「突飛な話に聞こえるかもしれませんが、僕たちは本気です。どれだけ時間がかかるかは分かりませんが、必ず成し遂げて見せます。エンゲリウムホイストのように山深い地域でも、力を尽くせば王都にも負けないくらい発展させることができるということを、世に知らしめるんです」
「フィン様……」
力強く言い切ったフィンを、ハミュンがキラキラした瞳で見つめる。
スノウはそれを見て、再びフィンに目を向けた。
「あの、彼女はもしかして?」
「ええ、エンゲリウムホイスト村の住民です。僕たちを心配して、ライサンドロスにまで付いてきてくれました。絶対に村を大都会にすると、彼女や村の人たちに約束しています」
「……素晴らしいお考えですが、必ずやれるという根拠はあるのですか?」
スノウが真剣な表情でフィンを見る。
「あります。僕の祝福があれば、きっとできるはずです」
「失礼ですが、フィン様はどのような祝福をお持ちなのですか?」
「僕の祝福は、他人の祝福をA+にまで強化する祝福です」
フィンが言うと、スノウはぽかんとした表情になった。
「……あの、すみません。もう一度おっしゃっていただけますか?」
「他人の祝福をA+にまで引き上げる祝福です。24時間の間という制限付きですが、何度でも強化することができるんです」
「そ、そんな祝福が存在していたなんて、今まで聞いたことがありませんが……」
「僕の祝福はつい数日前に発現したもので、まだ知っている人はほとんどいないんです。レンデルさん、試してみませんか?」
「えっ、試すって、私の祝福をですか?」
「はい。レンデルさんさえよければ、ぜひ」
スノウは少したじろいだ様子だったが、やがて頷いた。
「……では、お願いします」
「よかった。それじゃ、さっそく」
フィンが彼女の頭に手をかざす。
すると、彼女の全身が一瞬、青白く光った。
「できました」
「えっ、もうできたのですか?」
「はい。レンデルさんの祝福は、A+になっているはずですよ」
「A+に、ですか……」
スノウが自らの手を見つめる。
ロッサやオーランドの時もそうだったが、強化されても実際に使ってみるまでは、感覚的に何かを感じるといったことはないようだ。
「試しに、祝福を使ってみてください。ただ、ものすごく強力になっているはずなので、少し抑えるつもりでやったほうがいいと思います。誰でも最初は、加減がわからないみたいなんで」
「……わかりました。やってみますね」
スノウが立ち上がり、庭一面に広がる草花に目を向ける。
わずかに彼女が目を細めた途端、蕾を付けている草花たちが、黄金色に淡く輝きだした。
庭一面に蛍が現れたかのように、無数の光が灯っている。
「わあ、綺麗……! あっ、フィン様! あそこの蕾が開き始めましたよ! そこのも、それにそっちのも!」
「す、すごい……! なんて光景なのかしら……」
すべての蕾が一斉に、ゆっくりと開き始める。
全員が息を呑んでその幻想的な光景を見つめるなか、わずか1分ほどで庭のすべての蕾が花開き、光は収まった。
それまででも十分に美しかった庭園は、すべての花が咲き乱れてとても賑やかな景観になっていた。
「す、すごいですね。もしかして、蕾だけを選んで成長させたんですか?」
まるで蕾を狙い撃ちしたかのような見事な手際に感嘆したフィンが、スノウに問いかける。
蕾が開いた以外は、他の植物に成長は見られない。
「はい。蕾だけが開くように調節してみました」
「そんな細かい作業もできるんですね。それは、前からできたんですか?」
「いえ、以前は目の前にある草花を、まとめてゆっくりと成長させることしかできませんでした。でも今は、この辺り一帯のすべての植物の状態が手に取るように分かるようになっています」
「この辺り一帯? それって、どれくらいの範囲ですか?」
「私を中心として、半径300メートルくらいだと思います。今その草花たちがどんな状態にあるかが、感覚的に分かるんです」
「どんな状態にあるか、ですか?」
「はい。言葉では上手く言い表せないのですが……成長具合が把握できるんです。栄養が足りているとか、もうすぐ蕾が開きそうだとか。A+が、これほどの力だなんて……」
A+の祝福のすさまじさに、スノウは口元に手を当てて額に汗を浮かべている。
それはフィンとて同じことで、まさかそこまですさまじい能力になるとは思ってもみなかった。
ただ成長させるだけではなく、広範囲の植物の状態が手に取るようにわかるのであれば、誤って成長させすぎたり枯らせてしまったりといたこともしなくて済むのだろう。
オーランドやフィブリナの祝福もA+になった途端にとんでもないものになったが、スノウのそれもまさに規格外といったレベルの強力さだ。
「そ、それはすごいですね……。で、どうでしょう。その祝福で、僕たちに協力していただくことはできないでしょうか?」
「……確かに、フィン様の祝福があれば、どんなことだってできそうですね」
ふう、とスノウが息をつき、ベンチに腰掛ける。
自らに備わった祝福の強力さに、戦慄している様子だ。
「詳しくお話を聞かせていただけますか? 具体的に、私に何をやらせたいのか、話してみてください」
「ええ、もちろんです。実は――」
トコロン家が独占している果物を自分たちでも作れるようにしたいという計画を、かいつまんで説明する。
スノウはその説明に、黙って耳を傾けていた。
「今この国では、ほぼすべての果物は高級品です。一般の人たちが気軽に食べられるようなものではないし、それらを今まで一度も食べたことがないと言う人もたくさんいます。僕はその現状を変えたいんです」
「果物を誰でも食べられるような、安価で身近なものにするということですか?」
「そのとおりです。今、果物はトコロン家が種子を独占していて、価格は彼らの思うがままです。でも、そんな状況は間違っていると僕は思います」
「……私に、それらの果物の栽培をしろということですね?」
「はい。実から取れる種子には、中には目を出す物が稀にあるようなんです。それを使って――」
「失礼ですが、上手くいくとはとても思えません」
フィンの言葉を遮り、スノウがため息交じりに言う。
「ひょっとして、試したことがあるんですか?」
「はい。私も、自分で何とか果物を育てられたらと思って……何とか芽を出す種はいくつか見つけることができたのですが、実を生らせても奇形ばかりなので諦めてしまいました」
「それは、どれくらいの期間試したのですか?」
「え? 期間ですか? 半年くらいかけて、なんとか3本ほど……」
スノウはそこまで言い、まさか、という顔になった。
「……ひょっとして、まともな実を付ける木が見つかるまで、ひたすら種から育てさせようと考えているのですか?」
「いえ、そうではなくて、奇形の実から取った種をまた植えて、その中から比較的まともな実を付けるものを選別して、またその種を取るということを繰り返すんです」
「選別……新しい色の花を作り出す時と、似たような手法をやるということですね?」
「あ、手法はご存知でしたか」
「はい。別種の花を掛け合わせて、新しい色合いの花を作ることは前からやっています。複数育てた中から目当てに近いものを使って、また別の花と掛け合わせて目的の色合いに近づけていくんです。それと同じようなことをやるのですね?」
「ええ、そのとおりです。普通ならば長い年月が必要ですが、レンデルさんの祝福があれば、その期間を大幅に短縮することができると思うんです。どうか、力を貸してはもらえないでしょうか」
「果物を、すべての人々が食べられるようなものにするのですね」
「はい。そうなれば、きっと皆が笑顔になれます。瑞々しくて美味しい果物が嫌いな人なんて、そうそういませんから」
「……わかりました。ぜひお手伝いさせてください」
にっこりと微笑んで答えるスノウ。
皆がほっと息をつくなか、彼女が再び口を開く。
「それと、果物だけではなく、お花を育てる事業も始めさせてはいただけないでしょうか。たくさんの花を育てる農園をやってみたいと、以前から思っていたもので」
「ええ、もちろんいいですよ! ぜひやりましょう! それと、他にも何か案が思いついたら、何でも言ってくださいね」
「ありがとうございます。フィン様のお力添えがあれば、きっと素晴らしい農園が作れると思うんです。国一番の花畑が作れそうですね」
「それは楽しみですね! それと、後出しになってしまって申し訳ないのですが、初めのうちはあまりたくさんはお給金を出せそうになくて……金回りが良くなったら、相応の額は出すようにしますから、それまでは我慢していただけると」
「ふふ、大丈夫ですよ。食べるのに困らない程度にいただければ十分です。あと、私のことはスノウと呼んでいただければと」
「わかりました。では、スノウさん、エンゲリウムホイストに来ていただくだいたいの日取りなのですが……その前に、ロッサ兄さん、何か話すことがあったんじゃなかったっけ?」
先ほどから一言も発しないロッサを、フィンがちらりと見た。
呆けたような表情でスノウを見ていたロッサは、はっとした顔になった。
「あっ! いや、えっと……あんまりにもお綺麗なんで、思わず見とれちゃって。はは」
誤魔化し笑いをするロッサに、スノウがくすっと笑う。
「まあ、ありがとうございます。綺麗に咲かすことができてよかったですわ。ロッサ様にも、お土産に一束お作りしますね」
「え? あ、いや、花の話じゃなくて……」
「ふふ、冗談です。ありがとうございます、お世辞でも嬉しいです」
「いや、お世辞なんかじゃ……」
顔を赤くして口ごもっているロッサ。
彼はかなり女性慣れしているというか、女性関係には事欠かない印象をフィンは持っていたので困惑していた。
「……ねえ、メリル。これってもしかして」
「……一目惚れってやつね。たぶん」
その後もしばらくの間、スノウに小慣れた感じでいなされているロッサを、2人は珍しいものでも見るような目で見つめるのだった。




