第10話 王家の祝福
「はー、外から見てもすごかったですけど、中に入ったらもっとすごかったです。さすが貴族様のお屋敷ですね!」
屋敷の廊下を歩きながら、ハミュンがため息交じりに言う。
他の皆も、物珍しげにきょろきょろしていた。
「フィン様、お部屋っていくつくらいあるんですか?」
「客室だけで14部屋あるよ。あと、お客さんを招く応接室とか、お酒を飲むためのラウンジとかいろいろ。お湯に浸かれるお風呂も2つあるから、夜になったら皆も入っていいからね」
「いいい、いいんですか!? お風呂、使わせていただけるんですか!?」
「うん。夕食後に侍女が呼びに行くと思うから、ゆっくり入って」
皆が嬉しそうにざわつく。
村に風呂のある家は一軒もなく、身体を洗う時はお湯で拭いたり、川で水浴びをする程度だ。
ライサンドロスにおいても風呂のある家は珍しく、一般市民は街中にある公衆浴場を使っている。
浴場とはいっても、沸かした湯の蒸気で体を温めるサウナ風呂だ。
「お風呂なんて初めてです……。街の人たちも、皆お家にお風呂があるんですか?」
「ううん、この街で個人でお風呂を持ってる家はあんまりないよ。王都なら、どの家にもお風呂はあるけど」
「そうなんですか。王都って、裕福な人たちばっかりなんですね」
「あ、そういうわけじゃなくて、王都は国王陛下の祝福があるからなんだよ」
「国王陛下の、ですか?」
「うん。陛下の祝福はね――」
この国の王族は、全員が天候操作型の祝福を持っている。
王都は王族の強力な祝福の恩恵を受けることができるため、経済的に他の都市とは比べ物にならないほどに発展していた。
国王の祝福は『風量操作(A+)』。
半径数キロの範囲の風を自在に操ることができる、非常に強力な祝福だ。
頬を撫でる程度の微風から超大型ハリケーン級の暴風まで、彼らは意のままに操ることができる。
王都にはたくさんの風車が並び、人々はそれを動力として日々の暮らしに役立てている。
粉挽き機や鍛造機、炉への送風から水の汲み上げに、帆船の川の逆走など、その活用方法は幅広い。
王都は全域に上水道が引かれており、人々は水汲みに労力を割くことなく、自由に水を使うことができるのだ。
当然ながら第一王子も同じ祝福で、A+の力を持っている。
現在、王都には風量操作A+の者が2人いるという、非常に恵まれた状態にあるのだ。
「す、すごいですね! 天気まで操っちゃうんですか! それに、水が使い放題だなんて……!」
フィンの説明に、ハミュンが瞳を輝かせる。
川で水汲みをせずに水が使えるなど、ハミュンにしてみれば夢のような暮らしだ。
一日のうちで一番大変な労働は、水汲みといっても過言ではないからだ。
「他の王族のかたは、どんな祝福を持っているんですか?」
「王妃様は降雪操作(B)だったかな。夫婦喧嘩になると、王城が猛吹雪に包まれるんだって。噂でしか聞いたことないけど。あと確か、王女様は降雨操作だったと思うよ」
「そうなんですか! 風と雪と雨を操れる人が王都にはそろっているんですね。どんな季節でも、お天気なんか気にしないで生活できそうです」
そんな話をしながら、それぞれ客室に案内していく。
男性陣を全員案内し終えると、最後にハミュンに泊まってもらう部屋に到着した。
付き添ってくれた村人の中で女性はハミュンだけなので、1人で部屋を使ってもらうことになっている。
他の男性陣は、2人で1部屋だ。
扉を開け、フィンを先頭に中へと入る。
「あ、あわわ……こんなすごいお部屋を、私1人で……!」
ハミュンがキラキラした瞳で部屋を見渡す。
大きな天蓋付きのベッド。見るからにふかふかなソファー。見たこともないような大きな金属鏡の姿見。ベッド脇の壁に掛けられた、暖かな光を放つお洒落な豆油ランプ。
どれもこれも、ハミュンが初めて目にするものばかりだった。
「夕食時になったら呼びに来るけど、それまで街を見て回ったりしててもいいよ。迷子にならないように注意してね」
「はい! あの、フィン様たちはどうなされるんですか?」
「僕たちは夜まで、このリストを見ながらこれからのことについて話し合うつもりだけど」
「それは何のリストなんですか?」
「領内の貴族たちが持ってる祝福と住所が載ってるんだ。誰か手伝ってもらえそうな人がいないか、片っ端から見て行こうと思って」
「なるほど、フィン様の祝福で、その人たちの祝福を強化しようってことですね!」
「うん。すぐにってわけにはいかないけど、とりあえず目星をつけておこうと思ってね」
「私にも手伝わせてください! 一緒に考えます!」
勢い込んでハミュンが言う。
「私にも、何かお手伝いをさせてください! きっとお役に立ってみせますから!」
「あ、うん。気持ちは嬉しいんだけど……」
「ハミュンちゃん、このリストは他の人には見せられないものなの。だから、悪いんだけど――」
「大丈夫です! 私、ほとんど字が読めませんから!」
フィブリナの言葉に、ドヤッと胸を張ってそう返すハミュン。
フィンたち3人が、唖然とした顔でそれを見る。
「え、あ……そ、そうなんだ」
「よ、読めないならまあ……いいの……かな?」
「……村で字が読める人はいるのかしら?」
フィブリナが聞くと、ハミュンは唇に指をあてて「んー」と唸った。
「おじいちゃんと、お隣のレリィさん、あとは、えっと……10人くらいは読み書きができる人がいたと思います!」
「そう……。その人たちは、子供たちに文字を教えたりはしていないの?」
「自分の子供には教えてるみたいですけど、子供たちを集めてとかはしてないですね」
「ハミュンちゃんは、文字は習わなかったの?」
「え、えっと……私、勉強嫌いで、教えるって言われるたびに逃げ回ってたんです……えへへ」
メリルの問いに、ハミュンは恥ずかしそうに頭をかく。
その様子に、フィンは内心「おや?」と首を傾げた。
彼女は村がこれから発展すると聞いて、村人たちの中では一番喜んでいたはずだ。
それに、道中でも都会にあこがれがあるようなことを何度も言っていた。
それならば、読み書きくらいは率先して学んで、村を出ようと考えてもいいような気がするのだが。
「あっ、で、でも! フィン様たちが村に来るって聞いてから、一生懸命勉強はしてたんですよ! まだ全然ですけど、やる気はあるんです!」
慌てて言うハミュンに、フィブリナがくすりと笑う。
「ふふ、そうみたいね。フィン、いいんじゃないかしら。ハミュンちゃんにも手伝ってもらいましょう」
「うん、そうだね。そうしよっか」
「やった! フィン様、ありがとうございます! ささ、どうぞ座ってください!」
部屋の中に走り、ソファーを勧めるハミュン。
フィンは苦笑しながらも、ソファーへと向かう。
村に作る施設の1つに『学校』が追加された瞬間だった。




