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第7話 魔王城での日常

またまた魔王城編!


魔王城の朝は、王都のような喧噪とは無縁だ。

高い塔の窓から見下ろすと、漆黒の森と、紫色の霧が揺れる湖が一面に広がっている。

アイラは、侍女リィナが運んできた香り高いハーブティーを両手で包み込みながら、思わず息をついた。


「……ここは、驚くほど静かね。」


リィナは小さく頷き、無言でティーカップに新たな茶を注いだ。

銀のポットから立ち上る湯気の香りは、王都では嗅いだことのない不思議な甘さを含んでいる。

その香りに包まれながら、アイラはぼんやりと窓の外を眺めた。


(あの王都の騒がしい日々が、遠い昔のよう……。

でも、私は――ここで何をしようとしているの?)


昨夜、書庫で読んだ古文書の一節が、何度も脳裏をよぎる。

『妃は“防御の核”となり、世界を護る楔となる』

意味はわからない。だが、その言葉を目にしたとき、胸の奥に深いざわめきが走った。


そんなアイラの背後から、低く冷ややかな声が響いた。


「……人間の娘が、随分とくつろいでいるな。」


振り返ると、漆黒の軍服に似た衣を纏った長身の魔族が立っていた。

髪は深い青黒で、額からわずかに伸びた角が鋭い印象を与える。

切れ長の赤い瞳は、アイラを品定めするかのように冷たく光っていた。


「あなたは……?」


「ラグナス。魔王陛下の参謀だ。」

名乗る声は乾いた鉄のようで、威圧感がある。


アイラは無意識に背筋を正した。

リィナが一歩前に出て、主を守るかのようにラグナスをじっと見据える。

無言の視線のやり取りが数秒続き、ラグナスはわずかに肩をすくめた。


「……人間の娘が、ここで何をするつもりかは知らぬ。

だが、陛下の足手まといになるなら――」


「足手まといにはならないわ。」

アイラは思わず言い返していた。

自分でも驚くほど、声は静かで凛としていた。


ラグナスは片眉を上げ、薄く笑う。

「……面白い娘だな。」


彼が去ると、リィナが小さく肩を落とした。

アイラはその横顔を見て、改めてこの魔王城での自分の立場を意識する。


(ここで生きていくなら、私も何かを見つけなくちゃ……。

ただ流されるだけじゃ、きっと――)


窓の外、霧の湖面に朝の光が反射し、淡い銀色の輝きを放っていた。


ラグナスが去った後も、アイラの心には奇妙なざわめきが残っていた。

彼の冷たい視線と、あの「足手まといになるなら――」という言葉。

それは、アイラに「何もできない人間でいたくない」という決意を芽生えさせた。


(……私だって、ただ守られるだけの存在じゃないはず。)


窓の外に目を向けると、魔王城の中庭に光が差し込み、白銀の花々がゆるやかに揺れている。

アイラはカップを置き、立ち上がった。


「リィナ。中庭を少し歩いてもいいかしら?」


リィナは静かに一礼し、無言で後ろに控えた。

その穏やかな仕草に背を押されるように、アイラはテラスへの扉を開いた。


中庭は、王都の庭園とは比べ物にならない幻想的な美しさを湛えていた。

青黒い大理石の小道が伸び、夜光石の埋め込まれた噴水が淡く光を放つ。

不思議な花々が星明かりに照らされ、時折、黒い蝶のような魔素がふわりと舞う。


「……まるで、夢の庭みたい。」

思わず息を呑むアイラの横で、リィナが静かに頷く。

そのとき――


「……な、何っ!?」


低い唸り声のような音と共に、灌木の影から黒い影が飛び出した。

猫ほどの大きさの小型ドラゴン――魔王城で飼われている“番獣”だった。

黒曜石のような鱗が光り、真紅の瞳がきらりと輝く。


「こ、これは……ドラゴンの子ども?」

恐る恐る手を引っ込めるアイラを、番獣は興味深げにぐるぐると回りながら、

ひょいっとスカートの裾を咥えて引っ張る。


「ちょ、ちょっと……やめて……っ!」

バランスを崩したアイラが噴水の縁に倒れかけた瞬間――

リィナが素早く腕を伸ばす。が、その時にはもう、

黒い影が一歩先に動いていた。


「……何をしている。」


低い声。

気がつけば、魔王が中庭に立っていた。

闇そのもののようなマントが月光を受けて波打つ。

彼は軽く手を振り、指先から黒い魔力の風が走った。


番獣はぴたりと動きを止め、尻尾を巻き、

まるで「ごめんなさい」と言うかのように小さく鳴いた。


「この子……悪気はなかったと思うわ。」


アイラが慌ててかばうと、魔王の瞳がわずかに細められる。


「……お前は、恐れないのか。」

「え……?」

「この城の獣も魔も、人間を傷つけることがある。

だが――お前は、まるで懐かしいものを見るように……。」


魔王の言葉に、アイラは返す言葉を失う。

代わりに、胸の奥が不思議と温かくなるのを感じた。


「私……怖くないの。むしろ、安心するのは……なぜ?」


ぽつりと漏れた呟きに、魔王の口元がわずかに緩む。


「理由など、これから知ればいい。」


その言葉と共に、彼の手がそっと頬を撫でた。

指先はひんやりしているのに、触れた場所から心臓に火が灯るような感覚が広がる。


「っ……」


思わず一歩引いたアイラだが、心臓の鼓動は恐怖ではない。


(……どうして、こんなにも落ち着くの?)


その視線を振り払うように、アイラは番獣の方へ視線を向けた。


「ねえ、この子、名前はあるの?」

「番獣だ。呼び名など必要ない。」

「でも、せっかく可愛いのに……。あなた、クロって呼んでいい?」


まるでペットに話しかけるような声に、番獣は「きゅるる」と喉を鳴らす。


魔王は少し呆れたように眉を上げたが、何も言わず踵を返した。


「好きにしろ。……だが、その生き物に飲み込まれぬように。」


番獣クロが満足そうに丸くなり、アイラの膝に頭を乗せた。

その柔らかな鱗の感触を撫でながら、アイラは小さく微笑む。


「……あら、こんなに大人しくなるなんて。可愛いじゃない。」


クロは、アイラの膝の上ですっかり安心したように丸くなり、目を細めて心地よさそうにしていた。

その様子に、アイラの頬も自然とほころぶ。


「……あなた、意外と甘えん坊なのね。」


「獣に懐かれるのは珍しいな。」


低く響く声に振り向けば、魔王が噴水の縁に腰を下ろしていた。黒いマントの裾が静かに石の上に広がり、彼の長い指がクロの頭を一撫でする。

クロは嬉しそうに「きゅるっ」と鳴き、アイラの手と魔王の手の間を小さく揺れるように見比べた。


「ふふ、あの子、どっちに撫でてもらうか迷ってるみたい。」


「……選べるものなら選べばいい。」


魔王の口調はぶっきらぼうだが、その指先は優しかった。

その光景があまりにも穏やかで、アイラは不意に心の奥に暖かいものが灯るのを感じた。


(どうして……この人の隣だと、怖さよりも安堵が勝つの?)


魔王はふと横目でアイラを見やり、静かに問いかけた。


「お前は、ここが嫌か?」


「……いいえ。」


アイラは迷わず首を振った。


「むしろ、不思議と落ち着くんです。あなたとクロのそばにいると――まるで、ここが私の居場所みたいで。」


魔王の瞳が、微かに揺れた。


「……そうか。」


それ以上、言葉はなかったが、その視線の深さがアイラの胸をまた熱くさせた。






遠く、塔の窓からその光景を見ている影があった。ラグナスだ。腕を組み、冷ややかな赤い瞳を細める。


「……魔王陛下が、あれほど穏やかな顔をするとは。」


吐き捨てるような声に、夜風が絡んで消えていく。

ラグナスは一瞥のあと、ゆっくりと踵を返した。

彼の足取りは、次の一手を思案する者のそれだった。

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次回が待ちきれない方は男装した令嬢のお話をどうぞ!短編です。


溺愛王太子の前じゃ男装なんて無意味でした

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