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第6話 静寂の書庫と囁く記憶

書いてて楽しかった魔王城編!!


魔王城の書庫は、夜の底に沈むような静けさを保っていた。

高い天井まで届く黒檀の書架が並び、その間を縫うように通路が伸びている。

窓辺には月光を取り込むための大きな硝子窓があり、外の星空が薄いカーテン越しに揺らめいていた。

中央には深緑のビロード張りのソファーと、彫刻が施された低いテーブル。机の上には、誰かが最近まで読んでいたらしい分厚い古文書が無造作に積まれている。


アイラはそっとその書庫に足を踏み入れた。

後ろに控える銀髪の侍女――リィナは、影のように静かだ。歩くときも、裾が音を立てることすらない。

アイラはふと振り返り、軽く微笑んだ。


「こんな時間に書庫を訪れるのは、落ち着かない気持ちのせいかもしれないわね。」

言葉をかけると、リィナはわずかに目を細め、頷くでも否定するでもなく視線で答えた。

その無言の肯定に、アイラの緊張が少し解ける。


彼女はテーブルに積まれた古文書の一冊を手に取り、革の表紙を指先で撫でた。

革はひび割れ、時を経た独特の匂いが漂う。


「……これは、王国の歴史書?」

小さく呟くと、リィナは柔らかく視線を落とし、静かに頷いた。


アイラは窓際のソファーに腰を下ろし、膝の上で書を開いた。

魔石灯の光が文字の縁を照らし、ページの影が揺れる。

古代語がびっしりと並ぶ中、ひとつの文章に目が留まった。


『妃は“防御の核”となり、世界を護る楔となる』


指先が、ページのその一文をなぞった瞬間――胸がざわりと震えた。

言葉に理由のない懐かしさがこみ上げ、鼓動が速くなる。


(防御の核……世界を護る楔? どうして、こんな言葉に心が動くの……?)


アイラはそっと顔を上げた。

リィナがわずかに身を傾けて、彼女の表情を覗き込む。

その銀の瞳は、まるで「あなたが気づくまで待っています」と告げるようだった。


「……リィナ、これって、どういう意味かしら。」

アイラは問いかけるが、リィナは首を横にも縦にも振らず、静かにページの端を指先で示す。

まるで――“続きを読みなさい”と優しく背中を押すかのように。


「……そう、私が自分で見つけるのね。」

苦笑がこぼれ、アイラはページをめくった。

けれど、古代語の記述はますます謎を深めるばかりだった。


(わたし、何かを……忘れている?)

そう思った瞬間、胸の奥で小さな痛みが走った。


そのとき、リィナがそっとソファー脇に膝をつき、目線を合わせた。

言葉はなくとも、その瞳が「大丈夫、あなたは一人ではありません」と語っていた。

アイラは不思議と安心して、肩の力が抜ける。


「ありがとう、リィナ。……もう少し、ここで調べてみたいわ。」

リィナは小さく微笑み、静かに立ち上がる。

その仕草は、前世からの絆を証明するかのような温かさを秘めていた。


二人は、月光の差す書庫の奥へと進む。

窓越しに覗く夜空には、青白い月が静かに見下ろしていた。

書架の影が揺れ、まるで眠る記憶が目覚めるのを待つかのようだった。


さらに奥の列へ進むと、材質も装丁も異なる書物が並ぶ一角に出た。

王国式の背表紙と魔国式の装丁が混ざっている棚――“国交期資料”と刻まれた真鍮の札が斜めにぶら下がっている。


アイラが手を伸ばすと、リィナが先んじて一冊を引き抜き、両手で恭しく差し出した。

その仕草は「これは読んでよろしい」と言っているように慎重だった。


開くと、見慣れた王国史では削られていた時代――交易期の記録が詳しく残っていた。

魔力鉱脈の交換、魔術技術の相互供与、祝祭時の交流。

そこまでは王宮の学術講義でも聞いたことがある。


だが、ページを進めた先――

王宮教育で習った「資源紛争」とは明らかに異なる記述が現れた。


『王国は対価支払いを怠り、魔力供給権を独占しようとした。

愚王の強硬策により盟約破綻。これを契機に封印戦争が勃発。』


(……“対立”ではなく、“裏切り”と書いてある。)


王宮版では婉曲にされていた部分が、ここでははっきりと糾弾調で記されていた。

息を呑むと、リィナが横顔を見つめ、小さく瞬きをした。

慰めるでも、否定するでもない――ただ「それが記録です」と淡く告げる視線。


さらに読み進める。

焼け焦げたページの下から、重ねられた薄紙がはらりと落ちた。

拾い上げると、細い文字で書き足された注記が残っている。


『密約:王国に“防御の核”級魔力量を持つ娘が生まれた際、魔国へ嫁ぐこと。

魔力障壁の安定を優先し、争いを回避せよ――最終条項』


アイラの指が止まった。呼吸が浅くなる。


(……こんな密約、聞いてない。)

(もしこれが本当なら……王国はそれを破った? それとも隠した?)


頭の片隅で、昔の授業風景がフラッシュする。

お妃教育の講師が開いた王国史は、その時代だけ不自然に短かった。質問した時、講師は言葉を濁し――「古文書が損傷していて」と答えた。隣で侍女が視線を伏せたっけ。


(損傷じゃない……意図的に、削られていた?)


胸の奥が熱くなり、シーツの上で目覚めた夜――魔王の魔力を初めて感じた日――が思い出される。

13歳の夏、王都大聖堂での儀式。祝福の光を浴びた瞬間、頭の中に冷たい闇と温かい炎が同時に流れ込み、膝をついた。

あれは体調不良と処理されたけれど……違う。あの時、遠くで誰かが視ていた。


(あれは……魔王? その魔力に触れて、私は怖くなかった。むしろ――懐かしかった。)


震える指をぎゅっと握り込み、アイラはリィナを見た。


「……この密約。王国で教えられていた歴史とは違うわ。」


リィナはほんの少しだけ眉を下げ、視線を落とす。

“否定はしません”という沈黙。

それが返答だった。


「もし、王国が密約を破っているのなら……わたし――」


そこまで言って、言葉が途切れる。

自分が何を恐れ、何を望んでいるのか、まだ整理できていない。


リィナは静かにアイラの手を包む。

その掌は温かく、揺れる心を留める錘のようだった。

無言のまま、リィナはふっと微笑む。

“あなたはあなたの望む場所を選べばいい”――そう読めた。


ページの端に、さらに細い書き付けがあった。

古い魔国文字。リィナが指でなぞると、魔石灯の光がかすかに反応する。

浮かび上がった翻訳紋が、文言を柔らかい光で照らした。


『核を奪うことなかれ。楔を縛ることなかれ。

願わば、迎えよ。強いて拘束すれば、境界は崩れる。』


(縛れば……境界が崩れる?)


アイラは息を飲む。

――“守るための檻”と“閉じ込める檻”を誤れば、世界そのものが危うい。


魔王が私をこの城に置くのは、守るため?

それとも……楔を正しい場所に戻すため?


(わたしは……王国の駒? それとも……世界を繋ぐ何か?)


視界が滲む。涙を堪えた瞬間、リィナがそっとハンカチを差し出した。

受け取りながら笑う――本当は泣きたかった。


「リィナ……今夜は、この本を借りてもいいかしら。」


リィナは深く頷き、両腕で本を抱える仕草をしながらアイラへと預けた。


二人で書庫を後にする。

背後で扉が閉まる直前、魔石灯の光がふっと強まり、書架の影が揺れた――まるで古い記憶が「また来い」と呼びかけるように。


アイラは胸に古文書を抱いて歩く。

廊下の先、遠くで魔力の気配が揺れた。

温かく、深く、懐かしい――あの日と同じ。


(魔王様……あなたは、何を知っているの?)


答えはまだ遠い。

それでも今夜、ひとつだけわかったことがある。


――私は、もう「知らないまま」ではいられない。

読んでいただきありがとうございます(❀ᴗ͈ˬᴗ͈)⁾⁾ᵖᵉᵏᵒ

魔王城編どうでした?!

もう少しだけ魔王城編を続けますね。


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次回が待ちきれない方は男装した令嬢のお話をどうぞ!短編です。


溺愛王太子の前じゃ男装なんて無意味でした

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