春の終わりの夜の出来事
メリーゴーランドを最初に選ぶくらいだから絶叫系は苦手なのかと思いきや、そんなことはなかった。
そのあとはフリーフォール系、4D系などを連続で乗り、普段は聞けないような声ではしゃいでいた。
さすがに少し酔い気味になったのでアメリカエリアのオープンカフェで休憩する。
西部開拓時代を彷彿させる古き良きアメリカといった風景にカントリーソングが流れており、そこにいるだけでカウボーイにでもなった気持ちにさせられる。
「次はなに乗ろうかなぁ」と凛音さんは目をキラキラさせて園内マップを眺めている。
「今度は大人しい目のやつにしようね」
「なるほど。となるとサバンナバギージェットコースターかな? リゾートアイランドタイフーンっていう超高速回転アトラクションも捨てがたい」
「それのどこが大人しいんだよ」
苦笑いでつっこむと凛音さんはクッキー&クリームのアイスクリームを舐めながら笑う。
僕はスパークリングアイスティーを吸いながらそんな凛音さんに見惚れていた。
郷愁を感じるカントリーソングが聴こえているが、スピーカーは見当たらない。そういうところにも細かい配慮がなされているのがこのテーマパークの素敵なところだ。
広い園内なので移動用にバスも走っている。ロンドンの二階建てのバスやリゾート気分満載のバス、サファリツアーにでも行くようなワイルドなバスなど多種多彩だ。
「あれ可愛い! 乗りたいな!」
通りがかった幌馬車のようなバスを見て、凛音さんが歓声を上げる。
「よし、じゃあ乗ろう!」
「あ、待ってよ!」
凛音さんは慌てて駆けてきて僕の手を握る。恥ずかしさを誤魔化すように僕は彼女の手を引いて走った。
パーク内の周り方や優先案内チケットのやりくりでたくさんのアトラクションを回れるらしいが、僕らはそんなことをせず、出鱈目に動いて興味あるもので楽しんだ。
人工的に作られた滝の水しぶきを浴びたり、路上でパフォーマンスするダンサーを見たり、精巧に作られた街並みをじっくりと観察したり。
のんびりと楽しんでいるうちに日が沈んで、園内の街灯が灯りはじめた。
チャイニーズストリートで夕食を食べながら暮れ行くパークを見ていると、幸せなのに寂しい気持ちになってきた。
向かいに座る凛音さんは物憂げな顔で窓の外を眺めている。一日中引っ張り回して疲れてしまったのかもしれない。
「あとは買い物して帰ろうか?」
「えっ!? パレード見ないの?」
「その時間までいたら遅くなっちゃうよ。凛音さんも疲れちゃうだろうし」
「疲れてなんてない!」
まだ帰りたくないのか、ずいぶんとむきになっていた。
「でも家までは電車で結構かかるし」
「大丈夫だよ。そんなの」
怒ってしまったのか、プイッと顔を背けられる。
「それとも……拓海くんはもう帰りたい?」
顔をそっぽに向けたまま、ぽそっと小声で訊ねてくる。
なんだか儚くて、寂しげで、切ない表情だった。
心が弾むのではなく、もっと深く親密な感じで凛音さんに引き込まれた。
愛しいというのは『楽しい』よりも『切ない』に近い感情なんだと、今はじめて気が付いた。
「僕も……もっと凛音さんと一緒にいたい」
素直に伝えると凛音さんは顔を赤くして口許をもにゅもにゅと波打たせていた。
ようは頬は『(///ω///)♪』な顔だ。
まあ僕も人のことはいえないんだろうけど……
パレードはパーク中央にあるヨーロッパエリアを中心に行われる。
僕たちがその付近に行くと既に人で一杯だった。
どこか見られるところはないかと探しているうちにパレードは始まってしまう。
「ごめん、凛音さん。ちゃんとパレードが観やすい場所を調べておくべきだったよ」
「ううん。ここでいい」
「え、ここ? この場所だったら運河を挟んでるからよく見えないでしょ」
遠くにパレードをしているのは見えるものの、その内容はほとんど分からない。パレードを見ようと立ち止まる人もいない場所だった。
「ううん。ここでいいの」
凛音さんは橋の欄干に手を置き、遠くを進むパレードに目を細めていた。
光の列が中世の街並みをゆっくりと進む光景は幻想的だった。
「きれいだね」
「うん。すごく素敵……」
凛音さんは僕の顔を見て微笑む。
なぜだか知らないけれど、僕は涙ぐみそうになった。
過去の記憶とかは全然分からないけれど、今のこの記憶はずっと先の未来まで忘れない自信はあった。
「今日はありがとう。すごく楽しかったよ」
テーマパークを出て駅まで歩く道で凛音さんはそう言った。
「僕の方こそありがとう。楽しかった」
僕らと同じように駅へ向かう人はたくさんいた。みんな幸せそうに、そしてちょっと名残惜しそうに笑っている。
パーク内でかけられた魔法はまだ微かにサメ型の帽子に漂っていた。だから脱がずにそのまま帰る。
満員だった電車も僕らの地元に近づくにつれ、人が減っていく。車内が半分ほどになった頃、凛音さんは寝てしまった。
僕の肩にちょこんと傾いた彼女の顔を、向かいの窓ガラスに写る反射で見ていた。
ふと思えば今日は一度も凛音さんは前世のことを口にしなかった。
今日の凛音さんは現世の僕だけを見てくれていたのかな?
そうだとすると、少し嬉しい。
凛音さんがしっかりと寝ていることを確認してから、僕はそっと彼女の手に自分の手を重ねた。
春がまもなく終わる夜の、静かな出来事だ。




