83話 感染…
程よくぎすぎすした空気も晴れましたので、ぺいっと頭から落とされたケルベロスを呼び寄せると、ケルベロスは自分達を落としたカエンに一度唸った後、ふいっとその場から離れて私の前に座った。
『何用だ?』
ケルちゃんはいつものごとく不本意そうな顔をしているのだけれど、尻尾がピコピコ動いております。嬉ししさが隠しきれてないね…。
「えぇとでしゅね」
「アルディスの無実を証明したい。これが冥界に閉じ込められた時期とその証拠となるものは何かないか?」
私が何の用で呼び出したのか言う前にディアスが簡潔にアルディスを指しながらケルベロスに告げ、ケルベロスがつまらなさそうにピタリと尻尾の動きを止め、ディアスに向き直った。
『死せる者の封牢は我が護る冥界の門とは別物なので細かいことはわからん。だが、あそこに住む牢番なら入牢した日にちを記入しているはずだぞ?』
それはもしかしてもしかしなくてもあの足のないお化けのことですかね…。
私お化けは駄目なのですよ。足の無いのはだめなのです。
ありすぎもダメですが。
「それを見ることは可能か?」
『色男の頼みなら~と言いたいところだけど、色男じゃダメなのよねぇ』
スーちゃんがディアスを見上げてふぅとため息をつき項垂れる。
色男じゃダメとは?
私が不思議そうにケルベロスを見ていると、ケルちゃんが私、リアナシアおばあ様、母様を順番に見やり、首を横に振った。
『乳臭い子供と、老婆、それに年増では…』
ザクザクザクッ!
皆まで言わせず、ケルベロスの足元にはザクザクと鋭く尖った氷の塊が刺さる!
私は怒り損ね、皆は反応できなかった。
その早業を放ったのは一体…と視線を向ければ、視線の先のリアナシアおばあ様はにっこりとほほ笑み、その隣の母様は何も知らないと言った様子で優雅にお茶を飲んでいる。
あの二人のうちどちらかが犯人であるのは間違いないのだけれど…
確認するのは恐ろしい…
「色男以外となると、何か条件でも?」
さすがは年の功、ノルディークが何も見なかったようにケルベロスに尋ねる。
すると、氷の塊に当たってはいないが、明らかに恐怖で真っ青になったケルベロスははっと顔を上げて口早に答えた。
『う、うむっ、実は牢番は長年の一人暮らしで若い娘に目が無いのだ。そのせいでアルディスが牢に入ることになったのだろう』
なるほど。道理であの恐ろしい化け物をものともせず、赤の使い魔が主を閉じ込めることができたわけだ。
アルディスを犯人に仕立て上げる為の好条件揃い踏みだということね…。
ん?
私は一瞬何か引っかかった気がして首を傾げた。
「それならノーラに頼めばいいのでは?」
何か引っかかったが、それはシェールのその一言で霧散し、私はくわっと牙を剥く。
「姉しゃまに危険な真似はさせましぇんよ!」
あの化け物に立ち向かえだなんて、なんておっそろしいことをっ!
もちろん私に大賛成のディアスも頷く。
「ノーラではそのような危険に対処できないだろう」
そうだそうだーと私もぶんぶん頷く。
すると、隣部屋に続くドアがバンッ! と開き、そこには魔力酔いで潰れていたはずの姉様の姿が。
「私にだってできましゅもの!」
できましゅ???
うるっと目に涙を溜め、プルプルと震えて唇を悔しそうに噛みながら、スカートをきゅっと掴む姉様の姿はまさに…
萌ゆる…
「姉しゃま~!!」
ただ今私大興奮!
父様のお膝の上で、姉様に飛びつきたいために大暴れだ。
「シャ、シャナッ、落ち着きなさいっ」
「落ち着けましぇんよ! あぁ! ディアス! 何一番に近づいているのでしゅか! ハーン! 止めて、止めて~!」
いつの間にやら姉様に一番近い位置にいたハーンに頼むと、ハーンは面倒臭そうに姉様に近づき、姉様はそのハーンに自ら走りよるとその背にささっと隠れ、ディアスを睨んだ。
ぷぅっと頬を膨らますその表情がまた可愛い!
「シャナ…鼻血を拭きなさい」
父様が甲斐甲斐しく私の鼻からツツ~と垂れる鼻血をハンカチで拭いてくれる。
その間、私の目は姉様に釘付けだ。
なんだかいつもの姉様と違うけれど、幼い感じのする姉様もまた可愛くて目が離せない…。
「私だって皆の役に立ちましゅ」
…どうやら先程の言葉も今の言葉も噛んだわけではないようだ。
ひょっとして…?
私がちらっとヘイムダールを見やると、彼は額に手を当てて空を仰ぎ、皆に聞こえるように告げた。
「ノーラの魔力酔い、醒めてないようだ…」
「「「ということは」」」
男達がレオノーラ姉様に注目すると、姉様は慌てるディアスに向けて胸を張り、腰に手を当て宣言した。
「私の魅力でメロメロにしてやりましゅよ! むふっ」
「ぐふぁ!」
姉様のむふっ笑いに撃沈され、私はどくどくと鼻血を流しながら倒れた。
「イ…イネス! シャナが出血多量だ! 治療を!」
慌てる父様。
「大丈夫よアナタ。シャナのそれは半分温泉のお湯だから」
母様! 私鼻から温泉湧き出ませんよ!?
突然何事!? と私は鼻血をそのままだらだらこぼしながらも起き上がり、母様を凝視してしまった。
ちなみにその間父様は大慌てでタオルをとりに行き、戻ってくると私の顔に押し当てる。
「ふぼぼ~、はばぼびびんぶふぇん(父様、前が見えましぇん)」
「シャナに鼻から温泉を吹き出す特技があったとは…」
なぜ信じるのだ父よ!
と、それよりも
「さ、皆さん。本日も早く温泉に入るために、お話は簡潔に、素早く終わらせましょうね」
タオルをずらし、母様を見れば、母様はにっこりとほほ笑み、姉様はいまだハーンを挟んでディアスと攻防を広げていた。
一体何事が起きているのかと目線でノルディークに問いかければ、彼はにこりと微笑み、ヘイムダールに視線をやることで答えを丸投げした。
「ヘイン君?」
ヘイムダールはなぜかだらだらと冷や汗を流し…ぽつりと一言。
「ひょっとして、ノーラの魔力酔い治療の時に…感染したのかも」
感染!?
「母様病気でしゅか!?」
「ある意味…」
ある意味って!?
私と父様が噛みつきそうな勢いで睨むと、ヘイムダールは深く、ふかぁーく溜息を吐いて答えた。
「たぶん、イネスもシャナ化してる」
「「「シャナが3人!!?」」」
間髪入れずに叫んだ男達の悲鳴に、私は一言突っ込みたい!
ナゼ驚くとこはそこなのだ!?
イネス(母様)「さぁ、話を進めるのです! そこの影の薄い二人!」
ビシィッと指差したのは我が家のノリについていけてないノーグの王子ダレンと、ルアールの王子カエン。
カエン「話を目茶目茶にしてるのはお前達だが?」
ふつふつ湧き出る怒りを抑えるカエンに、話を聞いていた三人のシャナが答える!!
シャナ「お尻の「おちりの「けちゅの「穴の小さい男」ね」でしゅわね」でしゅ」
二人を除く男達はがっくりと項垂れた。
悪夢の始まりそうな予感である…。




