64話 提案します!
社交界デビューも無事終わり、バタバタと家に帰って就寝、そして翌日…私はぐったりとベッドに突っ伏した。
「疲れました」
「働きづめでしたから疲れますでしょうね、お嬢様」
メイドさんの一人が疲れた足と腰辺りをマッサージしてくれます。
あ~、えぇ気持ち。
これで温泉にでも浸かれれば最高なのだけど…
そんなことをふと考えた瞬間、私はばっと飛び起き、マッサージ中のメイドさんを驚かせたまま部屋から飛び出していた。
これはいい考えだ!
屋敷内をいまだネグリジェのまま疾走し、お目当ての部屋を見つけると、そのままズバン!と扉を開け放った。
「慰安旅行に行きましょう!」
「は?」
部屋の主、アルディスはちょうど着替え中だったようで、下履き一枚、上半身裸の姿で目を丸くしてこちらを見た。
裸の上半身は無駄な脂肪も無ければ、必要以上の筋肉も無く、まさに均整のとれた体をしている。
「ひゃすうしゅたはにゃら~!」
「人間の言葉を話してくれ! うわっ!」
当然とばかりに襲いかかりましたとも!
まずは突進して抱き着き、その胸に頬を摺り寄せ、彼の背中に回した手で背中をペタペタ・・・。
「おはようございます」
むっふ~と鼻息荒く挨拶すれば、頭上からは大きなため息がこぼれ、その後すぐに頭を優しく撫でられた。
「おはようシャナ。…さりげなく人のズボンを下げようとするのはやめてくれ」
あ、ばれてしまった。
ぺりっと体を離され、私は物足りない表情で彼を見やれば、アルディスは慣れた様子でさっさと着替えを始めてしまった。
まぁ、慣れもするだろう。
彼がこの家に居候するようになって最初の頃は何度もこの朝の挨拶を繰り返してきたのだから。
最初の頃はもっと慌てて初々しかったのに…。
「で、何に行くと?」
着替え終わったアルディスが近づいてくるので、私はその首にぴょーいとしがみ付いて抱きしめてもらう。
背の高さが違うのと、昔からの習慣で彼は私を腕に座らせ、抱きしめるのだ。
ここがなかなかむふふなポイントなのよね。
腕に座ると彼より少し背が高くなるので、彼を見下ろし、その額と頬にチュッと口付けるのが我が家の『愛人との甘い朝バージョン2』なのだ(バージョン1はノルディークとの甘い朝だ)。
アルディスの部屋のソファに連れて行かれ、膝の上に座ってしばらくお話する。
「慰安旅行です。本番の社交パーティーは今夜ですが、明日からしばらく休日があるので温泉に行こうかと思うのです」
「あぁ、なるほど。塔の近くか」
「はい。赤の塔の近くは温泉地ですので、秘湯! 混浴! 一夏の恋!」
夏でもないし、一つで終わらせる気もないけれど。
気合を込めて訴えれば、アルディスはう~んと悩んだ後、頷いた。
「俺はいいけれど、皆にも聞かないと」
「もちろんです。私一人の体ではないですから!」
「・・・・誤解を生む発言はやめようか、シャナ」
チラリと(アルディス本人の)安全のために開いている扉を見やれば、その付近に静かに立っているメイド達の耳がぴくぴくと動いている。
彼等も私に似て事を大きくするのが好きな傾向にあるので、何か彼等にとって楽しい話題を振ると、被害が自分(主に男性陣)に返ってくるから注意しなければならない。
きっと先程の発言により、父様がアルディスに詰め寄る光景が繰り広げられるのだろうな。
「責任をとってもらおうかーっ…にゃんて…むふふ」
「声に出てるぞ、シャナ」
おぉう、私としたことが。
しかし、時すでに遅し、だ。先程の発言を聞いたメイドの数人がすでに部屋の傍から離れているのを私は確認した。
本日の朝食は荒れるかな・・?
_____________
「責任はとってもらおうか、赤の主」
全員が席に着くなり、父様による尋問タイムが始まった。
アルディスの胸ぐらをつかみ、ガクガクと揺さぶりながら涙をこぼす父様は、母様がその存在を全く無視していることに気が付いていない。
「さ、皆お食事を頂きましょう」
私達はさっさと食事を始める。
「これと言って責任を負うようなことはないのだが」
「誤魔化しは無しだ! シャナのお腹にはお前の子がいると聞いている!」
なんだか昼ドラみたいだな~。なんて思いながら父様とアルディスのやり取りをパンを片手に見つめる私の横で、ヘイムダールがブーっと水を吹き出し、ディアスがむせた。
ノルディークとリアナシアおばあ様は平然とし、姉様はディアスの背をさすってやっている。
「落ち着け、普通に考えて無理だろう」
アルディスが胸ぐらをつかまれながらびしっと父様の額にデコピンすると、父様がはっとして手を離し、しばらく挙動不審に「いや・・・でも」と呟きを繰り返しながら手をわきわきしていた。
「でもシャナ、夜着で男性の部屋に行くのはよくないわ」
姉様が告げれば、母様がコクリと肯く。
「そうね。反省はなさい。…で、何を今度は思いついたの?」
さすがは母様である。私が何か思いついたことはすぐに分かったようだ。
お叱りはあっさりしたもので、それよりも、と身を乗り出してくる。
「慰安旅行に行こうかと思います!」
「まぁ」
「あら」
「それはいいわねぇ」
姉様、母様、リアナシアおばあ様が続き、いまだ挙動不審な父様へと視線を移すと、父様は私達の視線に気が付かずにうんうん唸っている。
「温泉、混浴、浴衣なのです!」
「「浴衣?」」
姉様と母様が首を傾げ、リアナシアおばあ様が「あら、それはいいわね」と呟いた。
どうやらリアナシアおばあ様の塔の近くには日本のような文化があるようなのだ。
というわけで、私とおばあ様が浴衣について説明し、母様がそれは面白そうだと乗り気になる。
それこそ父様が唸っている間に私達は温泉行きの話と母様による浴衣作りの話が決まり、父様へと視線を移した。
「無理…無理か?シャナは天使のように可愛いのに…。いや、でも子供は」
父様はまだ悩んでいたようだ。
母様はにこりと微笑むと、父様の背後に回り、その首元に手刀を落とした。
「!」
手刀一発。見事に決まって父様がガクリと力を失い、母様の指示で執事達が駆け寄り、父様を連れて行く。
「皆さんは食事を続けていてね。旅行の話は母様がきちんとお話しておくから、準備はしておきなさいな」
「「「…はい」」」
全員は呆気にとられながらも素直に頷き、私と姉様は称賛の視線を。男性陣は目を逸らし、リアナシアおばあ様とノルディークはにこにこと微笑んだ。
「母様、父様の説得は上手なのです」
私がそう告げると、男性陣が皆どこか違う方向へ目を逸らした。
((それは、たぶん眠っている間に何か操作しているのではないか…))
全員がそう思ったようだが、口には出さず、乾いた笑みを浮かべるだけであった。




