48話 子犬を飼いたいのです!
「で、どこで何をしてきたんだ小娘」
目を覚ますと、私の笑いにしばらくディアスとケルベロスにドン引きされていたけれど、すぐに何やら感づかれたようで、ディアスに睨まれた。
「真っ暗闇の水の中でわんこをゲット…」
悪いことしてないよ~と、それでも自信なさげに応えると、ディアスの視線がギラリとケルベロスに向く。
「ほう・・・それはどこの水の中のことか説明してもらおうか…そこの犬」
あり? 説明は私がするんでないの?
首を傾げて見やれば、ケルちゃんが頭を掴まれ、ぎりぎりと締め上げられていた。
・・・・・主人と使い魔は一蓮托生、よくわからんがそのお叱りは甘んじて受けてくれ・・・
合掌して目の前でディアスと戦うわんこに拝んだ後、私は我が情人のことを思い出す。
要するに、彼をあそこから出せばミッションクリアだと思うのよ。
だって、具体的に何って頼まれてないし、夢から覚めてしまったし。
ということで、救出のポイントはあの沼の底っていうことと、ケルベロスの協力が必要不可欠ってことかな。
「で、聞いているのか?」
声をかけられ、顔を上げたところで私は思わずのけぞった。
顔近いっ!
端正な顔立ちがすぐ目の前にあり、驚いて仰け反ってしまったけれど…今の、もったいなかったのでは!?
「こ、ぶぶうっ」
今度こそ初ちっすを! と叫んだつもりで両手を伸ばしたところで、顔面に手が置かれ、ぐぐいっと押さえつけられてしまった。
お蔭で手は宙を切った。
「この犬は今後の教育のために預かるぞと言ったんだ」
なんですとー!? いつの間にそんな話に!
私はディアスの手をバチンッと思い切り跳ね除けると、ケルベロスを捕まえ、思い切り抱きしめて首を横に振った。
「それはなりません! ケルちゃん、ベロちゃん、スーちゃんがいなければ私の救出計画がおじゃんです! 愛人2号が私を待っているのですよ!」
「ほう・・・愛人計画・・・。誰のことを言っているのか洗いざらい吐いてもらおうか?」
おぉぉぉぉ~っっ 自ら墓穴を掘っていた!
侮りがたし誘導尋問っっ(そんなことしてません)。このままでは全て吐かされてしまうっ。
ディアスと見つめあうこと数秒。だらだらと冷や汗が溢出す中、かちゃりと保健室の扉が開き、そちらを見れば、姉様がちらりと顔を出していた。
タイミングバッチリです姉様!
「あ、シャナ、起きたのね。ディアスさんが付き添って下さったんですね、ありがとうございます」
丁寧にお辞儀する姉様を見てディアスはゆっくり頷く。
姉様は怪しい空気を破り、私達の元までやってくると、私の額に手を当ててほんの少し首を傾げた。
「熱はないのね。いま兄様が馬車の準備をしてくださっているから、皆で帰りましょうね」
ディアスとの話がそれたことに、私はほっと安堵の息を吐いた。
「あえ? そう言えば姉様、授業は?」
休憩時間かと尋ねれば首を横にふられた。
「もう放課後よ?」
…そんなに寝てたとは!
いや、それよりも、今はケルベロスのことだ。
何とかしてお家まで連れ帰り、今後の計画を練らねば…
そこでふと目の前の姉様を見つめ、ディアスを流し見て、腕の中のケルベロスを覗き込む。
きらりと閃くいいアイデア。
ここは主従の絆の見せ所よケルベロスちゃんっ
「姉様っ、わんこ飼ってもいいですかっ。私の使い魔なのにディアスが連れて行くというのですっ」
私は腕の中でぎゅうぎゅうに抱きしめられて半ば白目を剥いてぐったりしているケルベロスを姉さまに見せた。
「まぁ、可愛い…わん子…なのかしら?。ちょっと元気がないようだけど…。この子が兄様の言っていたシャナの使い魔?」
3つある首を不思議そうに見ながら、姉様はぐったりするケルベロスを見つめる。
「そうなのですっ。でも、ディアスが危ないからって連れて行こうとするのですっ」
うるっと目に涙を溜めて訴えれば、姉様が悲しげに顔を歪ませる。
・・・くっ、悲しげ姉様もなかなかそそりますね。
騙していることで心苦しくはあるものの、あまり見ない表情に萌えながら私は演技を続ける。
「使い魔は一心同体なのです。姉様もディアスに頼んでくださいっ。引き離さないでって」
そう懇願すれば、白目をむいていたスーちゃんがはっと目を覚まし、犬の様にきゅんきゅんと姉様に甘える声を上げた。
どうやらディアスよりも私と共にいる方を選んだらしい。
ナイスですよスーちゃん!
ケルちゃんは不服そうだが、ベロちゃんはスーちゃんと同じように姉様を見上げている。
姉様は愛らしい子犬の鳴き声を聞き、わずかに目元を緩めてケルベロスの頭を撫でると、ディアスに振り返った。
子犬を愛する純粋な姉様の瞳に見つめられ、ディアスがうっと怯む。
姉様の純粋ゆえに魔性の瞳に見つめられて無事な奴はいない!
存分に味わうといいんですディアスよ!
でも、姉様に惚れるのはナシです!
姉様、私、スーちゃんがうるうると目を潤ませてディアスを見つめていると、ディアスはしばらく見つめあった後、ゆっくり瞼を閉じて、大きくため息を吐いた。
「お前達の父親に聞いてみよ」
折れた。
私は心の中でにんまりと笑みを浮かべる。
甘いですなディアス。うちの父様が姉様に勝てるとでもお思いか。
父様は塔の関係者で、ディアスの中では常識人。危険すぎるケルベロスを見て許可するはずはないと思い、父様に任せたのだろうけれど、それはまだまだ甘すぎる認識だった。
「父様! わんこを飼ってもいいですか!?」
帰宅すると同時に父様に突撃をかけ、じゃんっとケルベロスを見せると、父様はうっと固まった。
「シャナ…、拾ったものは元の場所に帰してきなさい」
父様はそう告げて話を打ち切ろうとしたが、そこにまず第一弾の助け舟が入る。
「父様、犬ぐらい良いでしょう? 僕も使い魔に興味があるし」
「…しかしだな、エルネスト」
兄様の言葉だけでは父様への押しは弱い。
ケルベロスは床にきちんとお座りし、小首を傾げてひゅ~んひゅ~んと切ない声を出す。
それを聞いた姉様と、玄関まで父様と共に迎えに来た母様がばっと父様を見た瞬間、全てが決まったと言っても過言ではない。
私は父様が気がつかないよう小さくガッツポーズする。
「父様、私からもお願いします」
「あなた、私も子犬を飼ってみたいわ」
ツルの一声ならぬ、ツルの二声という所か、父様は操られる様にコクリと肯いて承諾し、承諾した後に項垂れながら「危険な魔獣…」とか「子犬なんて可愛いモノじゃない」などとぶつぶつ呟いていたが、女性陣は3人集まってキャッキャとはしゃいだ。
ふっ…我が家でこの二人に勝てる者はいないのよ。
これでケルベロス・イン・我が家は確定したのだった。




