46話 約束しましたよ!
『やぁん、イイ男ばっかりじゃない。羨ましいわぁ~』
頭の上にふんわりふわふわと花を咲かせ、ぴょこぴょことベッドの上を飛び回り、他の二匹を呆れさせるのは、ケルベロスの左の頭スーちゃんだ。
私とケルベロスは自己紹介の後、問答無用で保健室に連れられ、びしょ濡れだった私はむっふんお着替えタイムで男達を悩殺…
なんてイベントがあったら萌えるのだけど!
実際は魔法で綺麗にされ、乾かされてベッドに転がされました。
ちなみに保健室までの運び方はちゃあんとお姫様抱っこ…ではなく、座り抱きされた…。
ノルディーク式のお仕置きだったと思う…
ノルディークは見た目にこにこしてたけど、静か~に怒っていたと思うのよ。何より、お姫様抱っこしてくれなかったし。何となーく目が座っていたもの。
ヘイムダール、シェール、兄様にはこれでもかというほど怒られたけどね。
今も耳がキンキンする。
現在はケルベロスと二人きりでベッドの上。授業は受けたかったけど、体が動かないので安静にということらしい。
まだ眼が冴えているので、ちょっとの間ガールズ?トークだ
「スーちゃん話が分かりますね~」
きらりと目を輝かせれば、スーちゃんもキランと目を光らせて返す。
『当然よぉ。イイ男は正義よ。冥界はいっつも暗~い顔した亡者しか来ないんですもの、張り合い無くってぇ。でも、それに比べてここはいいわねぇ、いい男がたくさん。魔力の強い人もたくさん』
スーちゃんは全身で喜びを表すかのように尻尾をぶんぶんと振る。後の2つの頭はひたすら見ないふり、聞かないふりだ。
「あ、でも、あの沼の中にも美形いましたよ? 顔は見えなかったですが、あれは絶対に美形ですっ」
こぶしを握ってふんっと鼻息荒く主張すると、3匹の耳がぴくぴくっと反応した。
かわええ…
脂下がり、わきわきと手を動かして捕まえようとしてしまうのはペット好きの性か…。
もふりたい。
『あれは魍魎に捕らわれた男。小娘が関わるべきではない』
ケルちゃんはそういうと私とは目を合わさずにそっぽを向く。何やらわけありのようだ。
私はわきわきする手を降ろして天井を見つめた。
…影のある男ってことかなぁ? ミステリアスも追加されてますます気になっちゃう。何とか顏だけでも確認できないかな…。
さらに興味を増しつつも、顔には出さずに話題も切り替えることにした。
藪を突くと蛇が出てきていろいろと禁止されるのよ。
子供って辛いわ…。
「あ、美形と言えばですね~、たぶんもう一人、叱りに来る人がいると思うのです」
まだ保健室に顔を出していないのはディアスだ。
教師であり、受け持ちのクラスがあるため、授業中はもちろんのこと、休憩時間も質問攻めにあっていたりしたらこちらにはこれないのだ。
まだ叱られてないのでちょっと寂しい…。
いやっ、マゾっ気はないよ!?
『あの沼の毒気に触れたのだから今は眠った方がいい』
悶々といろんなことを考えていると、子犬のぷにぷにの肉球が額に乗せられた。
『そうよぉ、あの沼の毒気は人間の体力を奪うの。子供だったから精神は大丈夫だったみたいだけど、欲の多い大人なんかはあの中で狂ったりするのよ』
ほとんど話さない右の頭のベロちゃんの意見の後、スーちゃんが同意してたしたしと額を軽く踏む。
う~ん…スーちゃんの言ってることが本当だとしたら、私…精神も子供ってことになってしまうのだけど…
欲の多い心は永遠の36歳としましては、無事を喜んでいいのか、悲しんでいいのかよくわからないところだ。
ま、とにかく、今はゆっくり休まないとハンティングも続けられないってことのようなので休みますともよー。
「じゃあ、寝る!」
『うむ』
ケルちゃんが頷き、目を閉じた私の体の横にケルベロスが寝そべった。
なんだかんだ言って一緒にいてくれる辺りが愛いわんこだ。
私はむふっと笑みを浮かべると、瞼を閉じ、眠りに落ちて行った…
_____________
『頼む、あいつを止めてくれ…』
おや?
夢…の中だと思うのだが、私はあの沼の中の声の主の前にいた。
顔は相変わらずどんなに目を凝らしても見えないところが悔しいんですけど…
こちらとの意思疎通は可能なのかな?
「あいつって誰ですか?」
声は出たけれど、通じているかは微妙だなぁと返事を待ってみると、闇の中から手だけが伸びてきて、私の腕をぎゅむぅっと掴んだ。
『俺の声が聞こえるのか!』
いたたたたた・・・馬鹿力過ぎて可憐な乙女の腕が折れる!
ぐっと腕を持ち上げ、私の腕を掴む大人の男性の手に、私はがぶりと噛みついた。
『!』
「腕を折る気ですか!」
この白魚のような腕が折れたらなんとしてくれるっ。
手は痛みに怯んで緩んだが、離してはくれないようだ。
『すまない。だが、頼む。あいつを…』
何やら事情がおありのご様子。
ここは親身になってお話を聞き、うまく取り込むのが吉か、それともこの弱みに付け込むのが吉か。
私は噛みついても離れず、くっきりと子供の歯形の残った男の手を見下ろし…
「ぐふっ」
あ…いかんいかん、ついつい…
「なんだかわかりませんがお話を聞きますよ」
『っ』
男が歓喜に満ちた気配がした。
「でも、条件があります」
ふ…私は間接的より直接的を選ぶ女。
『条件?』
「時間がかかっても良ければ協力は惜しみませんっ。ですが! そこから出られたら、私の愛人2号になると約束してもらいますっ!」
どうよどうよ~。この条件でかかってくる?
男の出方を待って、悪女の気分で待っていると、男は一瞬手の力を緩めた。
あ、これはやめたかな?と思った瞬間、今度は前よりも強い力でぐっと握られた。
『愛人だろうが情人だろうがなってやる。何の魔性かしらんが、協力してもらうぞ』
魔性とは失敬なっっ。
でも…情人…
「その言葉、確かに聞きました! 情人…ぐふっ…愛人よりグレードアップなそのポジション、必ずなってもらいます!」
鼻息荒く、男の手を空いてる手で掴むと、ぎゅむぎゅむと握った。
契約成立です!
大丈夫! いざとなれば難しいことは大人組にお任せすれば何とかなりますとも!
「大船に乗ったつもりでいるといいですよ!」
私は気合を込めて叫ぶと同時に、ぱっちりと目を覚ます。
ガバリと起き上がると、ぎょっと目を剥くディアスとケルベロスが私を見つめた。
「むふふふふふふふふふふ・・・・」
夢とはいえ確かに契約しました。
待っているがよい愛人2号兼情人1号! 必ずやその場所から引きずり出してイン・ハーレム!
堪え切れない笑いを浮かべる私を、わんことディアスは思い切り離れた場所で見つめるのだった…。




