35話 お母様の秘密
「この子は…少し力が弱すぎるかもしれないわ」
二人の子を生み、三人目を宿して陣痛が来たとき、夫アルバートの育ての親であり、幻の塔の主の一人であるのだというリアナシア様が苦しむ私のお腹にそっと触れて真剣な表情でそう告げた。
一人目の子は無事出産した。二人目の子は産んだ時から目の力が弱く、見えないかもしれないと言われた。
レオノーラはお腹にいるときに大きな魔力をぶつけられるという事件があり、その影響をうけたらしかった。
そして三人目。
この子はできた時からとても不安定だった。
出血したり、倒れたりが日常で、お医者様は母体も危険かもしれないから降ろした方がいいと何度も勧めたくらいだ。
けれど、なんども産みたいとアルバートに懇願し、冒険者時代で培った根性で、どんな時も精神だけは気丈に保ってここまでこぎつけた。
しかし、いざ産む段になって再び子供が安定しなくなったのだ。
「ナーシャ様っ、なんとか、なんとかなりませんか!?」
アルバートがリアナシア様にすがりつく。
「…わたくしは5人子供を産んで産婆を何度も経験しましたが、これはよくありません。それに、癒しはあまり得意ではないの。できる限りのことしかできないわ・・・許してね」
そう言いながらも癒しの力を送り込んでくれている。
私はアルバートに手を握られ、必死に「大丈夫」と自分に繰り返してその子を産んだ。
「・・・・あなた・・・?」
確かに産んだのに、声がしない。
音も聞こえない。
ひょっとして私は気を失ったのかと思ったが、そうではない。
「・・・・すまない。すまないイネス」
ぼろぼろと涙をこぼし、何度も何度も謝りながら、アルバートが赤ん坊を腕に抱いて傍にやってくる。
赤ん坊は、もうほとんど息をしていなかった。
「あぁ、だめよ、私の赤ちゃん、生きて、呼吸をして」
必死にすがりつき、声をかけるが、誰の目にも絶望的で…
赤ん坊は息を引き取った…
「そんなっ・・・」
「あぁっ・・・」
「なんてこと・・・」
私、アルバート、リアナシア様が悲痛な声を上げ、幼い赤ん坊を見やる。
初めて覚えた絶望だった。
アルバートは赤ん坊を抱きしめたまま泣き叫び、私はベッドの上でぼんやりしていた。
だから、最初は気配に気が付かなかった。
「おとうちゃま。赤ちゃん産まれまちたの? 抱っこしゃせてくだしゃいな」
いつの間に部屋に入ったのか、絶望ばかりの部屋にレオノーラがいて、アルバートのいる方向に腕を伸ばしている。
「あ・・・あぁ、だが、この子はすぐに眠らせねばならないんだ」
「わかりまちたわ。でも、呼ばれているから、だかしぇてくだしゃいな」
呼ばれている?
何を言い出すかとレオノーラを見やれば、幼い娘は父の差し出す小さな躯をその腕にそっと抱き上げた。
「ぶげふぅ!」
・・・・・・
いま、何かおかしな声が…
全員がそう思った瞬間、部屋の中に割れんばかりの赤ん坊の泣き声が響き渡った。
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そんな始まりだったから、きっとこの子は病弱で手がかかるのではと気を揉んでいたというのに、最近はなんだか元気すぎて、良いことだけど気を揉んでしまうのはなぜかしら。
幼等科に通い始め、毎日のように泥だらけになって帰ってくる娘は、私の知らないところでいろんなことをしでかしているようなのだけど、事情を知っているらしいアルバートも、何かしがらみがあって娘が何をしていると言えないみたいで少し寂しい。
そう思っていた頃、突然誘拐事件が起きた。
私がそれを知ったのは全てが終わってから。
疲労で倒れたというシャナを見た時には出産直後を思い出して心臓が止まるかと思ったわ。
アルバートは何でもない、大丈夫の一点張りで、なんだか浮気されてる妻の気分よ。
不機嫌にシャナの看病をしていると、なんとか機嫌を取ろうとする夫の前に、レオノーラが「お願いがあるんです」とやってきた。
珍しい…
私もアルバートもそう思ってみていると、レオノーラは胸の前で手を組んでお願いをする。
「一緒に捕まっていた子供達を我が家で雇えませんか? 被害者は他にもいるのに、その子達だけというのはひどい話ですけれど、一緒にお話をしたのです。知ってしまったら放っておけなくて」
なんて優しい子なのかしら。
ちらっとベッドで眠るシャナを見ると、むにゃむにゃ口を動かして笑みを浮かべる。
「ぐふふふふっ…」
わが娘ながらちょっと気持ち悪…いえいえ、平和そうに何の夢を見てるのかしらね。
再びレオノーラに視線を戻せば、アルバートが彼女の前でとても困っている。
それはそうね、ただでさえアルバートは塔関係者ということで昔から屋敷には誰も雇えていないのに、突然人を、それも子供を雇おうだなんて決断できないわ。
じっと見つめていれば、レオノーラが頬を赤く染めて恥ずかしげに告げた。
「パ、パパン・・お願い」
アルバートは額を押さえ、ぐらりとよたついてその場に頽れた。
娘の可愛さに耐えきれなかったみたい。
あら、これはもう一押しね。
私はにっこりほほ笑むと、一言告げた。
「私からもお願いするわあなた」
アルバートはぐっと言葉に詰まった後、私達に見つめられて白旗を上げたのだった。
後日、シャナと、ノルディーク、それにディアスさんとヘイムダールさんという謎の組み合わせが城に呼ばれている間に、私は昔と全く変わらないリアナシア様を迎えた。
「セレンもひどいわ、こんな面白いことが起きてから呼ぶのですものっ。まさかあの子が塔の守護者の一人になるなんて誰も思わなかったでしょう?」
あらあら、そういうことなのね。
その時、全てを悟った私は、さも全て知ったいたかのようににっこりとほほ笑んだ。
「えぇ、本当に成長が楽しみな子供達です」
唯一平凡そうなエルネストも含めてね。
私が事情を知ってしまったことはしばらくアルバート達には秘密にしておきましょう。
だって、私も秘密にされていたのだもの。
「いつか驚かせてやらないとね」
まだまだ話の内容がよくわからず、きょとんとする息子のエルネストににっこり微笑み、私は夫達の帰りを待つのだった。




