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158話 守護塔で引き籠ります!

 シェールが旅立ってから10年が過ぎた。

 

 魔大陸に渡るには飛行系の魔物を使うか、エルフの様に一気に水の上を走るか(それを見た者達はあまりの光景に絶句した)、もしくは魔王の様に指定の場所に転移の魔法陣を作っておかねばならなかったが、この10年で一定の魔力が中和され、現在では大陸を渡る船が出ている。

 ただし、乗り込むのも船員も皆冒険野郎であることは間違いない。


 そんな船から港へ降りた男は、遠くに聳えて見える白い塔を見つめて目を細めた。


「おう、剣士のにーちゃん、こいつを持ってきなぁ!」


 聞きなれた声に振り返ると、目の前にぽんと放り出されたのは魚の干物だ。といっても、この大陸では見ない魚の干物で、魔大陸でもまぁまぁ値が張るという珍味である。


「いいのか?」


 魚の干物を見下ろしていた赤い髪の男が顔を上げて尋ねると、甲板の船員はにかっ歯を見せて笑った。


「魔物から助けてもらって礼も無しじゃあ海の男の名が廃る。故郷で待ってる嫁さんに食わしてやりな!」


「ありがとう!」


 男は精悍な顔立ちに笑みを浮かべて手を振り、船から離れていく。その様子をすれ違いざまに見ていた女は甲板に上がると、船員に尋ねた。


「いい男だね。新しい船員?」


「いんや~。この平和なご時世にわざわざ魔大陸にまでいって剣の修行をしていた変わり者のにーちゃんさ。あ、嫁持ちだからダメだぞ」


「なぁんだ~」


 女はがっかりと肩を落とし、船員はそんな女を見て笑った。

 

「それにしても…」


 ふと男の歩いていく先を見つめながら、船員は呟く。


「あんな男の嫁さんって、どんなだろうなぁ」


 と…。



______________________


 ふわりと魔法陣の上に立つと、男の見る景色は10年前とは随分違っていた。

 王都の町はずれに出る一般の旅人用の魔法陣を使ったのだが、そこから見る景色は…少々奇抜である。


「エルフの…建築のせいか?」


 目に映る建物はおおむね正常な形をしているが、中には奇妙過ぎる形の物がある。

 そこは復興に携わったエルフのおちゃめらしく、家が逆さまに見えたり、謎の渦巻き型だったりしていてユニークだ。だが、景観は微妙になっている。

 

「変な建物だろう? だがあれも復興のシンボルみたいになっててなぁ。取り壊すことができんからと、ああいった建物は国の施設か、もしくは店舗として使われて…。ん? 旅人さん、あんたアルディス様に似てるな」


「彼を知ってるのか?」


 声をかけてきたのは初老に差し掛かった歳の魔法陣の管理人だ。どうやらこの場所の魔法陣は最近使われなくなりつつあって、久しぶりに魔法陣から現れた男に驚きつつ、つい嬉しくなって声をかけてきたようである。

 

「塔の主様方なら有名さ。白の塔のシャナ嬢ちゃんは大抵騒動の中心にいるしなぁ。スライムが大発生した時はスライムを手掴みで投げて、美形を剥くのだと大騒ぎしとった。美形じゃない奴等が反撃して、返り討ちにあってたのも面白かったぞ。あそこからスライム祭りが発生してなぁ、毎年男達の楽しみになっとる。ちなみにエルフが喜んで参加するような祭りじゃ」


「・・・相変わらずなのか。シャナは元気そうだ」


「お、知り合いだったかね?」


「あぁ」


「じゃあちょうどいい。今日はリンスター家のお子様達も集まってるからな。顔を出すにはバッチリだ」


「・・・・お子様?」


 男は訝しげに問いかける。

 リンスター家のお子様達といえばエルネストを筆頭に3人だが、3人とも…シャナはともかく、エルネストとレオノーラはお子様と言われる年じゃない。何よりシャナの事をお嬢様と言うのだから、それはつまり…。


「リンスター卿には…孫…が?」


 恐る恐る問うと、男は大きく肯いた。


「それはもうかわいい子が」


「こ…子供…」


 がっくりと項垂れる男は、その後管理人に心配されるほどふらふらとよたつきながらリンスター家の方へ向かった。





 

 青の館、リンスター家の前庭は、なぜか異様な雰囲気であった。

 見た目にどうということはない。花が咲いて芝生があり、玄関までの一本道がある。だが、音がしないのだ。


「結界?」


 男は不思議そうに首を傾げ、中へ足を一歩踏み入れた瞬間。


「剥くのでしゅ!」

「侵入者でしゅ!」

「ボディチェックでしゅ!」


 ぶわっとミニシャナがどこからともなく襲いかかってきた。

 

 これはリンスター家の名物で、初めて訪れる美形と侵入者に反応するセキュリティシステムである。

 主に、美形と侵入者を剥いて、シャナとメイド達が楽しむという嫌がらせのようなセキュリティなのだ。

 

 これに引っかからないためには、あらかじめリンスター家に個体情報を入れる必要がある。

 これらは、度重なるノーグの暗殺者の襲撃を防ぐための措置である…一応。


 男はミニシャナを剣を抜くことなく払い落とし、何事もなかったかのように突き進む。すると、庭の茂みからシャナ…ではなく、シャナに似た子供が飛び出した。

 亜麻色の髪に青い瞳をしているが、シャナそっくりな娘だ。


「ミニシャナちゃんがやられてるーっ」


 ひょぉぉぉぉぉっと頬に手を当てて叫ぶ姿はまさにシャナだ。

 

「…シャナの…娘か?」


 ほんの少しがっくりした様子で尋ねると、少女は初めて男に気が付いたように顔を上げた。


「シャナちゃま? シャナちゃまはおかーちゃまちゃうのよ。そう言うおにーちゃまは…、シャナちゃま好みの侵入者ね。じゃあ一名様ごあんなーい。最近シャナちゃま落ち込んでたから喜ぶわ。剥くの手伝わせてくれるかな…」


 何が何やらわからないが、シャナに良く似た子供に抱っこをねだられて抱き上げると、そのまま館の横から中庭へと向かった。

 その間、ミニシャナやらクラゲやらが飛んでくるが、難なく躱して突き進んだ。


「すごいわーっ。盾無しで進むお客さんはおじちゃま達以外で初めてよ~」


 なんだかわからないが褒められ、苦笑して少女の頭を撫でてやると、少女は嬉しそうにはにかんだ。

 その笑みは、シャナがまともに育っていたらこういう微笑を浮かべたのだろうな・・と思わずしみじみ思ってしまう様な愛らしい笑みだった。

 

 しかし、男が望むのは、病的と言われようとも、不気味な笑顔を浮かべる少女の姿だ。

 

 ザクザクと土を踏みつけながら先へ進むと、中庭から声が聞こえてきた。






________






「もう5人目よ! 5人目!」


 朝からリンスター家に駆け込み、怒り任せに訴えるのは、小さな赤ん坊を抱いたシャンティだ。

 彼女が結婚して5年が過ぎているのだが、毎年子供を産んでいるので、いい加減休みたいと現在悲鳴を上げている所なのだ。


「羨ましい…そしてセアンは穴に埋めてしまおう」


 私が本音をぼそりと呟くと、シャンティはピタッと口を閉じた。

 こう見えて10年、色々と頑張ってはいるが、やはり塔の主になったものはなかなか子供ができないらしく、いまだ長女、もしくは長男の姿を見るに至っていない。セアンはなぜか一年ずつできるのに。


「不公平~!」


 べしべしとテーブルを叩くと、シャンティがふぅとため息をついた。


「まぁ、そうよね。うちはこれ以上は…と思ってもできるのに、あんたの所はなかなかできないものね。でも、半分はあんたのせいでもあるじゃない」


 そうなのだ。ここ10年教師業に打ち込んでしまい、なかなか時間が取れず、気がつけばご無沙汰状態という日々に…。

 だが、私だけのせいでもない。

 塔の主達はルアールの復興支援に、結界の新しい構築などで忙しく、魔力関係はあまり役にたたないというハーンでさえ、人の目の届かない場所で増える魔物対策に駆り出されていたりするのだ。

 皆真面目すぎるのよ…。

 

 要するに、触れ合い不足だ。


「やっぱり誰か紹介してもらって愛人を・・・」


 ぼそっと呟く。


「シャナ」


 ひやっと背筋を冷たくする声に振り返れば、そこにはにっこり微笑むノルディークが。 

 愛人は駄目と…そう言うことですね。

 

「あぁ、ほら、ゆっくり休みをとれば大丈夫なんじゃない?」

 

 シャンティが急いでフォローを入れ、私はむすぅっと唇を尖らせる。


「俺が思うに、シャナは魔狼と狼が全員揃うのが条件じゃないかな」


 膝の上に幼子を乗せ、その子供を優しく撫でながら告げるのは、つい先日元生徒とゴールインしたヘイムダールである。

 彼は突っ込み隊の一人、ピコハンマスターであった少女の猛烈なアタックを受け、両親の奇行を躱し、カルストの攻撃(?)も潜り抜けてこの度ようやくゴールインした。が、すでに子供はいたりする。

 くそぅ。

 

「魔狼と狼…。ノルディークとハーンはここにいるけど、アルディスはシェールの妹のアイリスちゃんに捕まってるし…」


「今日はいるよ」


 声と共にアルディスが…背中に赤毛の少女アイリスを背負って登場した。

 まさに背後霊。


「出ましたね・・アイリスちゃん」


「子作りなんか、さ~せ~ま~せ~ん」


 相変わらず邪魔する気満々だ。アルディスは私の夫となったというのに…、アイリスあきらめが悪いのは赤毛一族の特性だろうか。

 我が友人でこの国の第2王子ルインも、未亡人を好きになって猛烈なアタックをしていると聞く。ちなみにその年数は8年だ。いまだなびく様子はないらしいが。


「あとはファルグだけですね」


 ノルディークがにっこり微笑むと、ハーンが首を傾げる。


「親父は呼べば来るだろうな。シェールは…」


 ハーンは言いかけてふとあらぬ方向へ目をやり、うっすらと笑みを浮かべた。だが、私はぼんやりとシェールがいまどうしているかを思い出す。  


 ファルグはこの10年の間ちょこちょことこちらに来ては何をするでもなく話したり、ちょっとした仕事をしたりして帰って行く生活を送っている。だが、シェールは、数年前にファルグでも居場所のわからぬ秘境に入って行って音沙汰無しなのだ。


「それなら問題ない。イーニャ」


 のんびりお茶の席に参加していたディアスが、己の愛娘の名を呼ぶと、がさごそと茂みを揺らし、幼い少女が飛び出してきた。

 

「おとちゃまーっ。シャナちゃま好みの美形を連れてきたー!」


 イーニャはとぉっと声を上げて迎えるディアスの腹に突撃する。

 うむ、なかなかいい角度と勢いだった。


「ぐふっ…。イーニャ、頼むからシャナに似るな…」


 腹に打撃を受けたディアスは、腹を押さえながら訴えた。 

 失敬なっっ。


「イーニャはおかあちゃま似なのよ~っ」


 誰がどう見ても私に似ていると皆が口を揃える我が姪っ子。

 姉様とディアスの子であるイーニャををちらりと見た後、続く茂みの音に皆が注目する。

 すると、茂みからは背の高い長い赤い髪をした長身の男性が現れた。


 顔立ちはアルディスに少し似ていて、身体つきは出来上がった大人の体。けれど、魔族の様に筋肉質ではなく、程よい筋肉だ。

 気になるのはその顔を覆った髭…。


 私は立ち上がると、目を細めて微笑む男の前に立ち、抱きしめあって口付けを…。


「すると思ったら大間違い! レッツ丸剥き君!」


「丸っ!? もごっ」


 べちぃっと取り出したスライムを男の顔に張り付けると、べりぃっと引きはがした。


「ぬあっ!」


 お顔の無駄毛、綺麗にとれます。一瞬で。

 塔の研究者開発のスライム、丸剥き君によって髭がさっぱり無くなって綺麗になった顔は、大人びて精悍さを増したシェールの顔だった。

 スライムをはがした際に少々痛かったのか、顔面赤かったけれど。




「これで全員か?」


 

 いつの間にやらファルグが傍に現れ、首を傾げていた。

 ほんとにいつの間に…。読んでもいないのにタイミングイイね…。

 

「そのようですね」


 ノルディークがにっこり微笑んで席を立ち、シャンティは赤ん坊をヘイムダールに預けると、シェールの妹アイリスに飛びついて羽交い絞めする。


「こっちも大丈夫そうだ」


 アルディスは笑ってシャンティに唇だけで「ありがとう」と呟き、シャンティは暴れるアイリスを取り押さえながらウインクを返した。


「じゃあ行くか。シャナ、シェール」


 ハーンの言葉に私は「ほ」の形で口を開いたままハーンを見た後、シェールを見上げ、ぺしぺしとその頬を叩いた。


「どうした?」


 蒼い瞳に見下ろされ、私は首を傾げる。


「本物?」


 その言葉に彼はふっと苦笑すると、ちゅっと唇に軽く口づけて笑った。


「ただいまシャナ」


 おぉ、本物…ということは、確かに5人揃ったということで…。

 私の目がギラリと輝く。


「うっふんあっはん大会ですね!」


「間違ってはいないだろうが…、もう少し言いようが」


 ディアスに突っ込まれたっ。が、めげませんよ。


「子作り24時間です!」


 ぐっと拳を握ると、ファルグがそっと耳打ちする。


「24時間では終わらんだろう?」


 ・・・・・・・・・・・・・


 ・・・・・・・


「た…耐久レース?」


 我が夫と、これから夫になる二人を見やると、全員がコクリと頷く。


「じゃあ、そう言うことで」


 ノルディークはにこりと微笑むと、私に手を翳し、ポンッと音を立てて子供の姿に変え、腕の中に閉じ込めた。

 にっこり微笑むノルディークに、シェールがむっと眉根を寄せる。


「まぁ、取り返せばいいさ」


 ハーンがシェールの背を叩き、私ははっと我に返った。


「シェール!」


「なんだ?」


 真剣な表情で彼を見つめると、真顔のまま問う。


「チェリーのままでしゅね?」


 ・・・・・


「知らんっ」


 耳が赤くなった彼にヨシッと声を上げ、私は高らかに宣言した。



「それでは皆しゃま! 私は本日より、守護塔に引き籠りましゅ!」


 


 


 

 その後、長男が生まれたが…。

 はたして誰の子であるかは・・・・謎であった。


 

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