157話 異議ありっ
「なんでしゅとっ!?」
シェールの旅立ちから3年。町の復興もすっかり終わり、現在は魔物対策と孤児達の教育に勤しみながら、学園の卒業に向けて準備をしている平和な日々だった。
ところがどっこいっ、ここにきて大事件ですよ!
「あの…だからね。結婚を…」
指をもじもじと動かしながら頬を染めて小さく呟く姉様は、それはそれは愛らしく…て、それどころじゃありません!
「なんでしゅとー!?」
私の絶叫は早朝の青の館中に響いた。
「え? 結婚って…お姉さんが!?」
「しょーなのでしゅっ」
呆然自失で過ごしていた私の元へ、つい先日…何を間違ったのかとある人物と婚約してしまったシャンティがやってきた。
「もう25歳だもんねぇ。私ですら行き遅れ感たっぷりなのに…」
「それは、俺がもらってあげただろう?」
するりとシャンティの首筋を撫で、そっと耳に囁くシャンティの婚約者に、シャンティは遠慮なく肘鉄を繰りだす。
「うぐぉっ…」
「私がもらってあげたのよっ、まったく…。で、相手は誰?」
悶絶する男を見下ろし、私はやれやれと首を振った。
相変わらず間抜けというか、残念ぶりは変わらないのに、シャンティは何が良くてこの男を選んだのかいまだ不明だ。
何しろ、ちゃんとした婚約者を蹴っての婚約だったのだ。
「世の中は謎ばかりでしゅね…。あ、姉しゃまのお相手はもちろんディアスでしゅよ」
それもまた謎だけれど…。シャンティがこの男を選ぶほどではない気もする。
ティーカップに口を付け、じっと悶絶している男を見つめていると、部屋の扉がノックされ、部屋にハーンとノルディークが入ってきた。
「あら、お帰りなさい」
シャンティが立ち上がって淑女らしい礼をすると、ハーンはそれを止めるように手を振り、ノルディークはにっこり微笑んだ。
「シャナの卒業論文に付き合いに?」
「それは理由の半分です。もう一つの理由はレオノーラ様のご結婚です」
ハーンは私を一度抱き上げると、席に座って私を膝に乗せる。
3年前から少し寂しがり屋になった私を、皆がこうして甘やかせてくれるのだ。
「なるほど、で、お前も祝いに来たのか? セアン」
悶絶していた男…、シャンティの婚約者であるセアンはお腹をさすりながら立ち上がった。
「もちろん。我が姫君の姉ですから」
シャンティという姐さん女房な婚約者ができたというのに、そこだけはなぜか変わらないセアンに、シャンティはため息をつき、ハーンは呆れ、ノルディークは微笑ながらセアンの足を踏み抜く。最近よくみられる光景だ。
「やめるなら今の内ですよシャンティさん」
「ひでぇ!」
シャンティは足を踏み抜かれて涙目のセアンを見つめ、ため息をつきつつ首を横に振った。
「いいんです。彼がこうだから夜の調教が楽しくて」
シャンティさんに一体何が!?
といつも思うのだけれど、怖いのでいまだ聞けていない。
夜の調教ってなんでしょうねー。
「それにしても、やっぱりディアス先生なのかー。そういえば、先生の腕はどうなったの?」
あ、そうそう。彼の失った腕の代わりを付けようと研究科に協力を仰いで、今もいろいろ作ってもらっているのだ。
一番初めの頃のクラゲの触手は、姉様を違う意味で危険に陥れたので、ディアスごと燃やしてやりましたが、最近できた新しい腕は見た目も普通でと変わらず、なかなか滑らかな動きになっている。なんと、触れた感触までするという優れものだ。
ベースが吸い取る君というのが謎だけれど。
「少しだけれど、感触もあるって言ってましゅたよ」
「そっかー。じゃあ花嫁さんも抱き上げられるわね。じゃあお式はいつ? 花嫁のベールを作るのは皆の仕事でしょっ」
そうそう、花嫁さんのベールは女性達がレースを編み、式当日には花を持ち寄って髪を飾り立てるのがこの世界の常識だ。そして、その作業に加われた者は、幸せな花嫁さんになれると言われているので、女性陣は皆いつ始めるかと目を爛々とさせている。
「日付は3週間後でしゅよ。シェールの妹ちゃんのアイリスちゃんも参加したいと言っていたので遊びにきましゅ」
「あぁ、次期公爵ちゃんね。アルディスさんがシェールに変わって養育中だっけ」
私はうんうんと頷く。
本来なら公爵代理としてシェールがしなくてはならなかった仕事を、現在はアルディスが肩代わりをしているのだ。
シェールは帰ってきたらその借りを返さないとね。
「最近アイリスちゃんはアルディスを狙っておりましゅてねー。ライバルなのでしゅ」
「まだ5歳ぐらいだったでしょ…。ライバルって…」
「女はいくつであっても女でしゅよ」
呆れるシャンティに私は断言し、シャンティも「ああ、まぁ」と誰か心当たりでもあるのか、歯切れは悪くも同意した。
心当たりはエルフの人達ですかね…?
そして迎える花嫁の日―――――――
青の館の庭はガーデンパーティーの装いで、たくさんのお客さんがそこから館のホールへと向かっているのが窓から見下ろせる。式はもうすぐだ。
姉様は…といえば、純白の花嫁衣装に身を包み、女性達が作ったベールを被り、持ち寄られた花と共に髪に固定して、まるで…
「女神しゃまでしゅっ」
キラキラと目を輝かせて姉様を見上げれば、姉様は幸せそうに微笑む。
そして、その横では、床に蹲る父様の姿が…。
「ナゼッ、まだ早すぎるっ…私の愛するノーラが馬の骨にぃぃぃぃっ」
「あれは放っておいて、次はシャナ、あなたよ」
母様に指名され、本日の衣裳を着るのかと近づけば、部屋にいた赤毛のくるくるドリルなアデラと、現在も再興中のルアールの王女カティア、それにシャンティさんがすかさず近づいてくる。
何事?
首を傾げると、私の周りでミニシャナが「えっちでゅっ」と高速で搾られ、私の姿を大人に変えた。
姉様の門出だから大人になって参列しろということだろうか?
「シャナも綺麗にしてもらわなくちゃね」
姉様はにっこり微笑んで手を振り、私はメイド達に囲まれ・・・・。
「おひょひょひょひょひょっっ! くすぐったいです!」
着替えさせられているはずなのに、なんだかいろんなところを触られたような…?
そうして出来上がった姿に、メイド達はうんうんと頷き、姉様も満足そうに微笑む。
「これなら参列に相応し…」
鏡の前に立った私は、姉様と同じ花嫁さん仕様でした。
あり?
「これって…?」
「おまけにシャナまでぇぇぇっ!」
父様の嘆きの声がさらに大きくなる。
「お相手がたくさんいるシャナは正式な結婚式は難しいでしょう? だから、一緒にしてしまいましょうと思ったの」
姉様は無邪気に微笑み、タイミングよく部屋をノックするものがいる。
メイドが部屋に通したのはカルストで、なぜか司祭様のような服を着ていた。
「私、こう見えてエルフの司祭もしておりまして。エルフには結婚の概念はありませんが、だからこそ自由な愛が許されております。そこで、この私がお嬢様の結婚式を人間の司祭の隣で同じ形をとって執り行うこととしました」
ということで、合同結婚式をすることになったらしい。
私は目を丸くしながらも、周りに流されてあれよあれよという間に、父様の手を取って、館のホールの式場のバージンロードを姉様と共に歩いていた。
この時、何が起きたのかいまだ頭は理解して無かったかもしれない。
姉様の式を取り仕切るのは人間の司祭様だ。
その少し離れた横には似非司祭カルスト。何しろバージンロードの先にいる白い騎士服の男は3人もいるので、一般的な式は無理なので、形だけでも人間式に見えるように同じ流れでカルストが司祭として執り行ってくれるらしい。
後の2人は帰ってきたら、だ…。
「2人は渡さんぞ」
いつまでも手を離そうとしない父様の手から、ハーンとディアスが花嫁を奪い取り、式は進行した。
その間私はノルディーク、アルディス、ハーンのタキシード姿に悩殺され、鼻を押さえるのに必死だった。
それはまさに人生最大の試練だった!
腰砕けにカッコイイとは…このことを言うのだ!
ビバ、白の騎士服!
頑張れ鼻の粘膜!
必死に鼻血を堪えていると、いよいよ司祭が参列者に確認をとる。
「皆様異議はございませんね」
父様が泣きながら「異議ありぃぃぃっ」と叫んだが、母様によって取り押さえられた。
司祭様は母様の知り合いなのか、見なかったことにして進める。
「では、誓いの言葉を」
参列者の異議が無いのを確認した後、司祭が告げる。いよいよクライマックスだ。
この世界では、結婚式で男性が始めに言葉で愛を乞う。
姉様の方はディアスがまごついているので、こちらが先に告げるようだ。
「シャナ、あなたに愛を誓います。いつも私の傍にあってください・・・愛してます」
ノルディークが膝を着いて私の手を取り、その指先に口付ける。
白い長い髪を一本で結び、アイスブルーの瞳をこちらに向けるノルディークは、現在30代前後に成長している。
これがまた大人の色気むんむんで…もう胸が爆発しそうです。
続いて跪き、同じように手を取って口付けるのは赤い髪のアルディス。
赤い髪を撫でつけ貴族のようなスタイルにしている。
青碧の瞳をまっすぐに向けてくるその表情は真剣で、元王子様だけあってものすごく様になっていて…。
にやけそうだ。というかにやけている。
「シャナ、私の愛をあなたに捧げる。共にあって欲しい。永久に」
こ…興奮するわ、これっ。
そして、最後はハーン。灰色の髪は束ねもせずそのままで、、アメジストの瞳は熱くこちらを見つめ、魔族式なのか、跪くことはせず、そのまま唇を奪った。
「ふんんっ」
さすがにエロちっす戦争を起こすわけにいかないので身を預けると、口付けだけで腰砕けにされてしまった。
「俺の子を産め」
ダイレクト!
なんにせよっ、三人で良かった! これでファルグとシェールが続いていたら気絶は確実だったよ!
さすがの私も愛のストレート攻撃には心臓が持たない!
ハーンは口付けしたので、あとはノルディークとアルディスにキスを返せば…て、ノルディークの目が怖い!
アルディスはアルディスでその熱っぽい視線をやめてーっ!
悲鳴をあげたいところだったけれど、なんとか口づけましたよっ。ノルディークに深くふかぁーくされて、アルディスにながーく責め立てられて…。
「は・・鼻血が出ます…」
最後にはぐったりと三人に寄りかかってしまった。
くそぅ。花婿マジックにやられたわ…。
と、そういえば姉様は?
チラリと見やれば、いまだディアスはもじもじしていたが、こちらが終わってしまってようやく覚悟ができたのか、姉様の手を取って口づけ、告げた。
「レオノーラ、私の妻になって欲しい」
「ディアス兄様…はい。はいっ、喜んで」
二人は口付けし、皆がわっと喜びの声を上げる中、私はディアスの呟きを聞いた…。
「やっと、求婚できた…」
・・・・・・・・・・
・・・・・・・
「なんですとーっ」
私の叫びは人々の声にかき消され、式はつつがなく終わったが…。
異議ありと今から言ってもいいですかねー!?




