156話 旅立ち
1週間後、ようやく皆の気持ちも落ち着きを取り戻し、それぞれがそれぞれにできることをすることで生活のリズムが出来、町は復興に忙しいながらも活気に満ち始めていた。
エルフによる建築も素早く、時々おかしな家ができるのにさえ目をつぶれば、復興スピードは概ね順調である。
私が教鞭を振るう若紫教育も当然順調で、最近では子供達がエルフや魔族に果敢に挑戦し、なぎ倒されている姿を見ることができる。
うんうん、子供は元気に戦いを挑むべし。強いものに挑むことで得るモノはいくつもあるはずっ。
何度も頷きながら子供達を見守る日々だ。
ただ最近、魔族の筋肉に興味を持つ子供や、エルフの変態さに虜になりつつある子供がいるのは危険だが…ある程度までは許そうじゃないか、親の様に広い心でね。
そして私も日々成長している。
最近では子供達と共に炊き出しにこっそり参加して、料理を作るようになったのだ。
包丁はもたせてもらえないが、砂糖と塩の見分けがつくようになりました!
媚薬とソースの見分けは付かなかったけどね…。
誰だ、調味料の側に媚薬置いたのは。
あの間違いは私のせいではないのです!
えぇ、認めませんよっ、私のせいとは認めませんよ!
それはともかく、ようやく落ち着いてきた生活を見て、ファルグが一度魔大陸に帰ると言い出した。
「えぇと、魂が繋がってましゅが・・遠く離れても大丈夫でしゅか?」
炊き出し中に集まった塔の関係者に呼ばれ、そのことを告げられた私は、なんとなく、魔狼で主と離れて過ごしていた父様に顔を向けた。
「魔狼も狼も基本的に自由を縛るものではないからね、離れても大丈夫だよ。ただ、傍で護れなくなるのが少し寂しいね」
エプロンドレスで三角巾を付け、炊き出しに気合を入れていた私の頭を優しく撫でて三角巾をずらしてしまい、それをはずしながら父様はにこりと微笑む。その笑顔が少し寂しそうなのは、きっとリアナシアを失ってしまったからだろう。
精霊のナーシャがいても、やはりリアナシアとは繋がりが違うのだ。
「ファルグも寂しいでしゅか?」
ファルグを見上げると、彼はこれといって表情を崩すことなく答える。
「本音を言えば、もう少し佐奈を抱きたかったが」
「却下でしゅ」
何を言い出すのだ、この魔王はっ。
やれやれとため息を吐き、私ははっと両手を見下ろす。
ファルグは魔王なのでどうあっても一度は国に帰らねばならない身だ。となると、お礼と餞別を兼ねて、私はこの手で作れるものをあげるべきかもしれない!
佐奈は駄目だけどね。
ということで、
「おにぎりをこさえてあげましゅっ」
「それはいらんな」
即答された!
これでもおにぎりは美味しくできるようになったのです。心配しなくても、少し前の様に、口に入れる前に爆発したり、手に乗った瞬間ドロリと溶けるなものは作りませんよっ。
「美味しい具を一杯入れて」
「それは最悪」
背後からぽそっと呟いたのは炊き出し準備中のシャンティだ。そして、他にも我が友人達が料理の手を止めず、ため息交じりに首を横に振った。
ナゼ…。
「一部魔族は引き上げる。だが、交代要員を回そう。結界があるのでそうそう新たな魔物が来るとは思えんが、用心はした方がいいだろう」
ファルグは私から目を逸らし、ディアスに声をかけた。
「ん? あぁ…だが、魔族側にも対価がいるだろう?」
なんだか難しい話が始まってしまった。
現在魔族はこの大陸に溢れかえった魔物を警戒してくれている。だが、この魔物は実を言えばエロ顔が集めて放り込んだ魔物らしく、それほど強くはないらしい。
だからこそ学生達であっさり倒せたと言うのもあるが、裏を返せば、魔族でも手こずるような魔物が魔大陸には多く住み、それらがいつ結界の壊れた個所から侵入するとも限らないのだ。
よって、魔物の対処に詳しい魔族の協力は欲しいが、いつまでもただ働きさせるとい訳にもいかないのだ。
しかし、報酬などの話は私には難しく、それではと見回した炊き出し現場は戦場で、途中から入ってはいけない雰囲気なので、手持ち無沙汰になった私は、すぐ横に立っていたシェールに向けて抱っこをせがんでみた。
この愛らしい若奥様スタイルともいえそうなエプロンドレスで悩殺して…。
「俺も魔大陸に行く」
「ほえ?」
私は腕を伸ばしたまま固まり、ディアスとファルグは空耳を聞いたかという様な表情でゆっくりと振り返った。
魔大陸に…行く?
「何のためにだ?」
ハーンが尋ね、いまだ固まったままの私をノルディークが抱き上げる。
私はノルディークと顔を見合わせ、にっこりと微笑まれて、少しだけほっとしてシェールを見やった。
「塔の主にはそれぞれ戦いの経験がある。ハーンには傭兵の経験。あのセアンだってああ見えて経験豊富だろう? だが、俺にはない。だから、俺はシャナを護れるくらい強くなりたい」
その表情は真剣で、私を見つめる瞳には熱いものがある。
それを見た瞬間…思わずきゅんとした。
おねーさん、久しぶりにきゅんときたよ!
「魔狼といえどもあれだけ魔力が濃いと危険だが?」
ファルグの言葉にはっとする。
塔の魔力中和は始まっている。けれど、昨日今日で全て中和されるものではなく、何十年も何百年もかかる作業なのだ。
「結界っ、結界だって張りなおされましゅっ、そうしたら戻ってこられなくなるかもでしゅっ」
現在穴あきの結界の修復作業も同時進行中だ。
「シャナは他種族との交流を無くすような結界を張ったりしないだろ」
う…見抜かれた。
そうなのだ。結界は張りなおさなければ人間に悪影響を及ぼすので力の足りないセアンを鍛え中だが、新しい結界は、魔物と多すぎる魔力以外は受け入れられるようにしたくて、老人達を引き留めて研究中なのだ。
「でもでしゅねっ」
「シャナ、決めたんだ」
すっぱりと言われ、言葉を失った私は、ふるふると震えてノルディークにしがみ付いた。
「シャナ?」
シェールに呼ばれるが、ノルディークの肩に顔を埋める。
「しりましぇんっ」
「シャナ」
もう一度呼ばれ、肩に手を置かれたので、振り返りざまその手に噛みつかんと襲いかかった。
「あぶなっ・・・と、シャナ…俺のことで泣くのははじめてだよな?」
ぱらぱらと涙がこぼれていた。
そして…
「寂しいか?」
寂しいか!?
そんなこと…思うわけが…。
・・・・・・・・
・・・・・
「寂びじぃでじゅぅぅぅぅぅぅっ!」
涙腺が決壊した!
「珍しく素直だな」
シェールはノルディークから私を受け取り、嬉しそうに抱きしめる。
私が泣いているというのに笑うので、腹が立った私は涙と鼻水を彼の肩にごしごしつけておきましたよっ。
いっそ染みになれっ。
「シャナ…」
「ふんん?」
「シャナ、すぐ帰ってくる。ノルディークよりもいい男になって」
「言いますね」
ノルディークが苦笑する気配が背後でした。
私は顔を彼の肩から離し、シェールを睨んだ。
「約束でしゅよ」
「約束だな」
シェールは笑い、私は再び大泣きするのだった。
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そして翌朝。
ノルディークの優しさなのか、それとも旅の餞なのかは知らないが、大人姿になった私は、シェールに長いこと抱きしめられていた。
「もう行かないとな」
「それ、もう5回目ですよ」
シェールは名残惜しそうに体を離し、私を見つめると頬に触れ、顎をすくい上げ、口づけた。
始めは軽く、そして少しずつ深く・・・。
皆見てますけど!
抱きしめられるのはまぁ黙認したが、これはさすがに恥ずかしいっ。
彼の胸をトントン叩くと、ひどく艶っぽい瞳で見つめられ、唇が離される。
「続きはまたな…」
うほ~いっ、彼はそういうこと最近言い出さなかったから忘れてるのか興味ないのかと思っていたよっ。
シェールはにこっと微笑むと、私の耳元でさらに囁く。
「好きだよ、シャナ」
「ひょ・・・・ひょひょひょひょひょっ」
純情少年の純情攻撃はお姉さんには少々濃いわ!
しかしっ、にやりと笑みを浮かべる彼にカチンときた私は、彼を見上げて宣言した。
「帰ってきたら、そのチェリーを奪ってあげます!」
きゃあっと見送りの生徒達の声が響き、私はしたり顔だ。
「暴露するなっ」
シェールは自ら自爆しました。そして、慌てて駆けて行く彼はある程度走った後、笑顔で皆に手を振った。
この勝負はお姉さんの勝ちです…と言いたいところだったけれど、顔を赤くして、その場にへたり込んでいる私は、どうやら今回は純情少年に負けたような気がします。
これは…帰ってきたらリベンジだ!




