155話 暗殺はここから始まる…
人間誰しも新しいことにはワクワクするものである。
もちろんこの私も例外ではなく、塔の関係者が集合して…といっても、交代で数人が王都の復興に出ていくので数人いなかったりするが、塔に集まっての魔力中和方法についての実験にワクワクしていた。
「吸い取る君というのはなかなかに高機能じゃ」
全て滅んだと思っていたミニシャナ型吸い取る君が、ハーンの手の中で「えっちでしゅっ」ともごもご動いている。
「わしらは昨夜、この製作者である学生にいろいろ学んでのぅ、この吸い取り機能を生かしてはどうかと思うのじゃ」
お爺ちゃんズ5人に囲まれた研究者達は眠れぬ夜を過ごしたことだろう。哀れ…。
「これに似た生物を大量に作る気・・とか?」
ヘイムダールの頬がややひくひくとひきつって見えるのは気のせいではないだろう。ディアスの額にも青筋が立っているのだから。
老人達はそんな彼等をほっとさせるように首を横に振った。
「それではこの生物が滅んだ瞬間また元通りになってしまうじゃろう」
皆の顏に、この生物が滅ぶ日が来るのか・・? という疑わしげなものが一瞬浮かんだが、それは口にはしなかった。
「つまりじゃ! 塔に魔力を集束するのじゃ! そして魔力を中和して吐き出すのじゃ」
「ろ過装置でしゅか?」
防災などで聞くあれだ。
ペットボトルの底を切って口部分を下にし、切った底にわたを詰め、石、砂、炭、小石、綿の順番で詰めて、布をかける。その布の上から泥水などを入れると、ペットボトルの口部分から綺麗な水がじょぼじょぼと出るというあれ。
それを説明すると、老人達は何やら落ち着きなくうろつき、私が言ったものを取り揃えてさっそく濾過を楽しもうとしていたので、ハーンが止めた。
「うぅぅぅ、実験してみたいのじゃー」
「イ・ケ・ズ・じゃ~」
「「「気色悪い!」」」
シェール、ハーン、アルディスの三人の息がぴったりだったっ。
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それからの日々は大忙しだった。(主に塔の主達が)
吸い取る君を生み出した研究者達も巻き込んで、その生態を解明し、吸収し、ろ過して吐き出すというその能力を塔に移す作業に取り掛かったのは、なんと…。
3日後だった…て、早いですね。
「なんでしゅかねー。暇でしゅ」
私が魔力を使って塔に魔法を施すのは危険であると言われたため、現在私はニートの気分で建物の上に座り、足をぶらぶらと揺らしながら復興していく街を見つめている。
まぁ、子供の姿で力仕事は無理、料理は壊滅的だから近づけさせてもらえず、魔法は危険ということで却下されて…。
あれ? 私、チートでしたよね?
思わず首を傾げて考え込んでしまった。
「子供の本分は遊ぶことと勉強だろう」
スッと誰かが横に立つ気配がして振り返った私は、ぎょっと目を丸くした。
そこに立っていたのは、首にいまだセアンの吸い痕を残したダレンである。
朝日に輝く赤い髪、夕闇の空の様な紺色の瞳の文官風衣装に身を包んだ美人。
衣装のだぶつきのせいか、それとも顔を隠すためのメガネのせいか、ほんの少し美女度が下がってはいるが、やはり女性に見える。
彼はノーグに一度戻って王都と同じように復興作業をしていたはずなのだけれど…。
「ノーグはもう良いのでしゅか?」
「ルアールに比べたら被害は小規模だ。それに、危険視すべきはこちらの方だしな」
じろりと見降ろされ、私は負けじと睨み返す。
塔の主達は本日全員町の復興、もしくは塔への魔法作業で私の側にいる人はいないのだ。彼が私を塔の主と知っていて、やるとしたら絶好の機会だけれど・・・まだ知らない?
「それだけの魔力と知識を持ってお前は人のために何もしないつもりか?」
やはり知っている…のよねぇ?
「ん~?」
突然何を言い出すのかと顔を向ければ、ダレンは町の復興作業に目を向けたままで、こちらを見ようとはしていない。恥ずかしがっているようにも見えるけれど…まさかね。
「ルアール王の暴走で、今回少なからず孤児が生まれた。国は復興にかかりきりになり、彼等を守る法は今の所弱い。幸い学園の生徒達がいろいろ説いて回っているようで、食料の配給は大人と同じように公平に分けられてはいるが、孤児となった子供達の未来があまり明るくないことは知っていよう」
ダレンはそう言うと、エルフの傍を走り抜ける子供達を指さした。
レイゼンの魔法は、痛みを堪え切れなかった者達の命をあっさりと奪った。当然その現象は大陸中で起きていて、本能で生きようとする子供達よりも、諦めることを知っている大人達の方が多く亡くなり、子供達が残される結果となっていたのだ。
「彼等の相手も、塔のすべきことだ。全部とまでは言わないがな」
要するに…孤児を救えとそう言うことだろうか。
私は再度ダレンを見上げ、今度は目を合わせた。
「ちゅまり・・・」
私にすべきこともあるとそう言っているのよね…、しかも、私がすべきことというのは、孤児となった子供達を養育しろと・・・・。
それは…。
それは!
「暇するぐらいなら遊んでや…」
「若紫を再び育成するのでしゅね!」
ぐっと拳を握って私は立ち上がる。
「は!? いや、遊んでやれと」
実のところ、ダレンはものすごく回りくどい言い方で、子供なのだから子供同士で遊べ、と言っていたらしいのだが、回りくどすぎて全く分からず、大人の考え方で素直に責任をとる方法を模索すると、私は私にできる方法で、若紫育成を思いついたのである!
「ケルベロス~!」
叫ぶと、足元に沼が現れ、ダレンは片足を突っ込んで落ちかけ、慌てて足を引き上げる。
「なんっ」
『こちらも忙しいと言うのに何事か?』
『冥界が混雑しちゃってぇ~』
『…ただ見てただけ』
にょきっと沼から顔を出した子犬ケルちゃんズは、文句を言いつつも尻尾を勢いよく振った。
「お仕事でしゅよ! 子供達を追っかけまわすのでしゅ!」
私が勢いよく叫ぶと、ケルちゃんがほんの少し目を輝かせる。
『鬼ごっこっ』
『あら、ケルがお気に入りの遊びね』
『・・・・』
私は目を丸くしているダレンを無視して拳を振り上げた。
「健全な能力は健全な体に宿りましゅ! 体力作りから始めるのでしゅよ!」
『確かに、確かに』
『そうねぇ~、冥界の門を見てるだけなのも飽きたし、可愛い子を追い掛け回すのも楽しいわ』
『主の仰せのままに』
私達は頷き合うと、建物から飛び降り、呆然とこちらを見下ろすダレンに手を振った。
「ご協力ありがとうでしゅ~! そのうちノーグの子供達も混ぜてあげましゅからねー!」
そう言って手を振る私は狸…ならぬレッサーパンダ。愛らしい立ち姿で手を振った後、子供達に向かって突進していった。
こうして、次代のノーグの王は、世界に恐ろしい種をまいたのである。
もちろんそれが表に現れるのは、もう少し先のことになる。
数年後、ノーグの新王ダレンは、子供達をおかしな生物にされてたまるかとばかりに白の塔の主暗殺に全力を注ぐが、全てに失敗することになる。
それ等全てを止めたのは、シャナが育てた若紫だったとか…。




