149話 宣言
ぽつぽつと降っていた血のような雨が、次第に強さを増して皆が濡れ鼠になる。
一部の者は建物の陰に隠れて雨をやり過ごしていたが、雨がひどくなり始めてから先は同じだった。
「うあっ!」
始めに叫んだのは誰だったか、その場に膝を着き、手を震わせて体を丸める。
それに驚いて声をかける生徒や、駆け寄る騎士もいたが、彼等もすぐに同じようにガクリと膝を着いた。
皆の体からは、点々と光の粒のようなものが絞り出されて空に溶け込んでいく。
「何しょうね?」
私は周りを見回し、ガクリと膝を着いたそばかすオリンに駆け寄った。
「どうしました? 集団で…お腹痛いとか?」
ノロウイルスとか…、食中毒とか…、ではなさそうですね。
オリンは顔をしかめ、痛みに耐えるかのように首を横に振って、ぜぇぜぇと荒い息を吐きながら絞り出すようなかすれた声で告げた。
「シャナ、魔力が…搾り取られてる。しかも、強引にだ」
「強引に、ですか?」
聞き返すとオリンはコクリと頷いた後、さらに呻き声を上げて床に転がった。
もう蹲ってもいられないような状況のようだ。ひたすらに痛みを訴える。
その様子に、老人達が皆の元へと駆け寄り、そして周りを見回す。
学生達は次々と倒れていく。
実を言えば、光の粒はそんな老人達からも絞り出されているのだが、老人達は痛みを訴えてこない。
魂だから痛みがないのか、それとも耐えているのかは表情からは窺い知ることはできない。
「イカンの…」
老人達の表情は深刻そうだ。ついでに言えば、ノルディークやヘイムダール達の表情もひどく険しい。
この雨が原因だろうか?
私はとりあえず雨を浴びないように結界を張ってみた。
魔法が下手な私にしてはかなり上出来な結界が張れたが、雨に当たらなくても次々と倒れていく様子に、私は首を傾げた。
私は何ともないのだけれど…ナゼに?
「皆魔力を開放してはいかんぞい!」
「痛むじゃろうが我慢じゃっ!」
「見よ! 魔力を開放すれば・・」
老人達は苦しみながらも注目する生徒や騎士達に、羊姿の自分達を指さした。
羊達は険しい表情を一転させ、絞り出されて痛みを伴うらしい魔力を、痛みと共に開放した。
その瞬間、羊達は一瞬輝くような閃光を放ち、そのままその一瞬と共に姿を消したのだ!
「消えました…」
イリュージョン…ではないようです。
おそらく、生徒達も同じことをすればこの羊と同じように消え去って、二度と帰ってはこないだろう。
ぞくりと背筋に冷たいものが走った。
痛みに耐えるか、死んで楽になるか…、二つに一つ?
「一瞬であの世じゃ!」
「そして、魔力だけが取り込まれるのじゃ」
魔力だけが…。
私はそのまま視線をレイゼンに向ける。
取り込まれる。
だが、じっと立ち尽くすレイゼンも同じように光の粒を搾り取られているように見える。
では、一体どこにこの魔力は流れているというのだろう?
「・・・・シャナ、魔物がっ」
シャンティはギリギリと強くこぶしを握って床に転がりながら廊下側に転がって見える魔物を指さした。
すでに死んでいる魔物も、まだ息がある魔物も、一瞬で光りとなり消え去る。
もし、あの大量の魔物が魔力として吸収されたならば、一体どうなるのか…?
「シャナ!」
見上げる空から広間に飛び込んできたのは、やはり体から光の粒を出す魔王ファルグとハーンだ。
二人はどうやらエロ顔魔族を追ってきたようで、ハーンはわずかに肩で息をしながら、着地すると同時にエロ顔魔族の首に剣をつきつけた。
「何が…遅い?」
剣を突き付けつつ、ぐっと胸ぐらを掴んで起こしたエロ顔魔族は、痛みに顔を歪めながら答える。
「皆の命と魔力を使って・・・大陸の生物を滅ぼし、0に戻す」
これはヒントだろうか、でも、どちらの意識だろう? エロ顔魔族の器か、この体の中のソフィアの婚約者か。
「レイゼンを倒せばっ」
シェールが苦しげに告げたが、エロ顔魔族は首を横に振った。
「こんなつもりではなかった…。ただ、俺は魔族の皆をこの大陸に招ければ…それで…」
ん? これはひょっとしてこの器自身の意識だろうか。
「こんなつもりとはどんなつもりだ?」
私が聞きたかったことをハーンが告げ、つぷっとエロ顔魔族の首筋に赤いしずくが盛り上がってこぼれた。
エロ顔魔族は大きく深呼吸して息を吐くと、手近なところにあった城の瓦礫の欠片を床に置き、線で結べば星の形になるようにした。
「塔が、全てを滅ぼす。そして、大陸は墓標となる…」
ヘイムダールはぐっと手に力を込めて拳を作り、その欠片の姿を見て眉根を寄せた。
「塔を…魔法陣の要にして、大陸全土を魔法の効果範囲にしたんだっ…。必要な魔力は、そこに住む者自身の命から搾り取られる!」
どういう意味かと首を傾げる。
「・・・・大陸全てを焦土と化す」
まぁ、素敵…。じゃなくて!
ちょっとでかすぎませんか、お話が!
ん? まてよ? 塔を要にするには足りないものがありますが…?
「ヘイン君の塔は? もうないけど」
私が尋ねると、ヘイムダールは眉根を寄せる。そこへ割り込んできたのは、老人達だ。彼等はエロ顔魔族が置いた欠片を見やると、唸り声を上げた。
「緑の塔はこの時期、位置がずれるわい」
「となると、邪魔なだけじゃな」
つまり、緑の塔、ヘイムダールの塔は位置がずれていたために結界の要とはならず、逆に邪魔だったため、あの時壊したということらしい。それならと私は手を上げて発言した。
「新たな要を壊せばっっ」
「『もう遅い』」
エロ顔魔族は、私の声を遮り、低い声と掠れた声の入り混じった声で応えた。これはひょっとしなくてもエロガオの器と婚約者の声が重なったのでしょう。
ならば!
「もう遅い、もう遅いとしつこいのです! その耳かっぽじってお聞きなさい! ソフィアちゃんからの伝言です!」
はっと顔を上げたエロ顔魔族の瞳は一瞬赤く染まる。
私はハーンから彼を受け取り、胸ぐらをつかむと耳元で叫んだ。
「先に逝って待ってます! 以上! さぁ、いいこと教えてあげたのだから、出すもの出してください!」
ほれほれと胸ぐらを揺すると、背後でシェールが呻きながら突っ込む。
「カツアゲか…」
余計な言葉ばっかり知ってますな、このおぼっちゃまは!
とりあえず無視してエロガオを覗き込むと、彼は泣きそうに顔を歪めて小さく呟いた。
『要は…この城だ』
次の瞬間、パッと閃光を放って消え去り、私は眩しさに目をやられて何度か瞬きした後、すっと立ち上がった。
「さっき、たくさん魔力をもらっておりますからね。120パーセントでまいりますよ。ノルさん、アルさん、ヘイン君、ディアス、ナーシャ、約一名おりませんが、フォローお願いします」
私はパシンッと己の掌に拳を打ち付けると、己の魔力を練り始めた。
それに気が付いたレイゼンと目があったが、その間には老人達が立ちはだかる。
「「「「「わしらがあれを止めよう」」」」」
私は頷くと、魔力を解き放つ!
「皆さん巻き込まれないでくださいね!」
叫ぶと、足元から順に白銀の光に包まれ、風が拭き、髪が舞い上がる。
「・・・・ぶっ壊します!」
私の宣言に、シェールは床に突っ伏しながら呻いた。
「ついに城破壊か…」
・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・
世界的な文化財であろうと、人命優先です!
私はシェールの言葉には耳を塞いだのだった。




