148話 始まりの雨
精霊達がスライムを攻撃している頃、城の外では魔族とエロガオ魔族対ハーンとファルグの戦闘が起きていた。
「本来魔族が魔力干渉に会うことはないが…」
ファルグは呟き、飛び掛かってくる魔族の腕を掴むと、そのまま地面に遠慮なく叩きつける。己が部下だというのに容赦のないその姿は、まさに魔王といった非情さだ。
「魔力干渉じゃないんだろうよ」
ハーンはエロ顔魔族と斬り結び、大きめの剣を片手で振り切る。その反動でエロ顔魔族ことザルツは後ろへ吹き飛び、地面に着地する。
あまりダメージを与えられていないが、わずかに手を痺れさせることはできた様だ。ザルツは手を軽く振って剣を握り直した。
ハーンはその反応に、にやりと笑みを浮かべると、剣を肩に背負う無防備な姿でザルツに尋ねた。
「あんた生粋の魔族じゃないだろ」
「ほぅ?」
首を傾げたのは、生粋の魔族達をちぎっては投げ、ちぎっては投げと忙しいファルグだ。その表情に焦りはなく、ひたすらに面倒臭そうである。
ハーンはザルツが何か言うよりも先に、ファルグの声に答えるように剣をすっと前方へとのばした。
「魔族の本領は筋力だ。それも、魔力を乗せることによってその力は魔法を上回る。生粋の魔族はその方法があるからあまり魔法を使わないんだが…、あんたは違うな。面倒になるほどの魔法による仕掛けをあちこちに施している」
ハーンの剣がぶぅぅぅぅんと鈍い音を立て、青白く輝いた。
「魔力を使えるようになったのか?」
ファルグはまだまだ余裕…というか、すでに半数以上の魔族を地面に叩きつけ、さらにその背を踏みつけている。
「全く使えないと言った覚えはないぞ」
ハーンはファルグに答えると、ザルツに向けて伸ばしていた剣を振り、地面に向けて横に薙いだ。
ほんの一振り、ゆっくりとした優しい動きだったが、剣は地面を深く切り裂き、ザルツの仕掛けた魔法をも切り裂いて爆発させた。
ザルツは息を飲む。以前斬り結んだ時と実力が違うのだから当然驚くだろう。
「あいつらがいる前で本気ではやりたくないんだ。さっさと終わらせよう」
そう告げたハーンの瞳の紫は深く、濃く染まる。
魔族としてのハーンの本領発揮である。
「まぁ、それぐらいの魔力は扱ってもらわんとな」
ファルグはぼそりと呟き、立ち上がろうとした魔族達を魔力で全員地面に縫い止めた。そこへ、羊達が押し寄せる。
ナーシャにほとんど倒されていたはずの羊達だが、まだ生きて分裂したらしい。
若干小さくなって弱々しかったが、彼等は魔族達の体に頭を突っ込んだ。
魔族の体に羊が生えた様で奇妙な光景である。
「相変わらずおかしな生物だな」
ファルグが見守る中、羊はずぼっと顔を引き抜き、その口に咥えたマーブル色のスライムをペッと吐き出した。
「魔力干渉ならぬ、魂の干渉じゃ」
羊は小さなスライムを踏みつける。
魔力干渉ごときで魔族は操れないが、魂の干渉ならば魔力干渉のように魔族を操れるらしい。ただ、魔王であるファルグに魔族が適うはずもないのであまり意味は成さない。せいぜい時間をとるくらいだ。
「時間稼ぎか?」
魔王を足止めして…と思ったが、羊達は首を傾げる。
「そうかもしれんが、違うかもしれん。どちらかといえば…時間がないはずじゃ。これだけ心を分離すれば、主となる人格が誰であれ、まともに生きることができんようになる」
「人は喜怒哀楽があって人じゃからの」
「こうやって削っていって残るのは…」
「純粋な…」
「魔力じゃな」
羊達ははっと顔を見合わせ、ファルグはハーンへ視線を向けた。
ハーンはすぐさまその視線の意味を受け取ると、地面を蹴り、ザルツの懐へと飛び込んだ。
その動きは今までの比ではない。
ザルツも咄嗟に身を引いて躱そうとする。だが、ハーンはその胸ぐらをつかむと、剣を突き付けた。
「何が狙いだ?」
ザルツは緊迫した表情から一転、笑みを浮かべた。
「もう遅い・・・」
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一方、城内では。
「というわけなのよぉぉぉぉぅ。可哀想過ぎるぅぅぅぅぅ」
涙ながらに語るのは、精霊達…ではなく、その精霊達と心を共有する主であるシャンティ達である。
どうやら例のスライムを精霊が倒したその時、魂が訴えていたらしい嘆きや悲しみを受け取り、それを主達に流したようなのだ。
よって、現在城の広間は、女も男もレイゼンの過去を覗き見た者達が大号泣しているのである。
「話の内容を効く限り、狂った男の話のような気がするのですが…?」
ノルディークは首を傾げ、
「奇遇だな、俺もそう思えたぞ」
シェールと二人頷き合った。
精霊を使う学園の生徒達の話を総合してみても、明らかにレイゼンの狂いっぷりが前面に押し出されたような話だったのだが、どこをどうやれば可哀想になるのか謎である。
「女狂いであった父親とそう変わらないという話でしょう?」
「ノルさん辛辣!」
私は皆の涙につられ泣きで、ハンカチを噛みながら叫ぶ。
「いつの世も、女に狂った男の末路なんて似たようなものだってことだろ」
ノルディークの横に立ち、剣を構えたアルディスは苦笑する。
こちらも辛い評価だ。
「そういうふたりはどうなのですか?」
涙は引っ込めて尋ねてみた。
この二人は私に狂ってたり…してくれるだろうか?
その場合、私のために争ったり、世界を滅ぼしたり、はたまたちゅどーんを起こしたり…とか…。
私は期待を込め、目を輝かせながら二人の背中を見つめた。その瞬間アルディスはびくっと震え、ノルディークはクスリと苦笑した。
「もちろん狂ってますよ。あなたに」
さすがはノルディーク、さらっと言った!
うるりと目を潤ませてノルディークに抱きつきたいところだが、今は残念ながらできない。何故なら、レイゼンの目が飢えた狼の様にこちらをギラギラと睨んでいるからだ。
存分にいちゃこらしたいのに、残念すぎる…。
ポツッ…
「ん?」
額にポツリ、手にポツリ・・と水が当たり、空を見上げると、雨のしずくが落ちてくる。
雨のしずく…だけではない。人間と羊も降ってきた…。
「ナゼにー!?」
最初に振ってきたのはエロ顔魔族だ。
続いて降ってきたのはおなじみの人面羊集団。彼等は「あぁぁぁぁぁぁ~っ」と叫び、涙を流しながら降ってきた。
「わしら高所恐怖しょ、ぶっ」
そのまま床に突き刺さる。
高所恐怖症って…じゃあなぜあんな高い塔建てたのだ…。
「ようやく…きたか」
このシリアスからかけ離れた雰囲気の中、レイゼンのぽつりと呟く声を耳にして私は振り返り、ぎょっと目を剥いた。
「レイゼンがお漏らししてます~!」
「・・・スライムな、スライム」
さすがにレイゼンが可哀想になったのか、訂正をかけたのは我が友、筋肉アルフレッドだった。
仕方ない…、彼に免じて訂正です。
「うぉっほん。訂正します」
私は咳払いして姿勢を正し、一度目を閉じた後、カッと瞼を開いて叫び直した。
「スライムが漏れ出してます~!」
「気が抜ける…」
シェールの言葉は無視です。
とにかく! 現在レイゼンの体からは、モコモコと赤と黒のマーブル色スライムが出ているのだ。
レイゼンはそのスライムに呑まれながら、緩やかに笑みを浮かべていく。
「これで眠らせてやれる」
彼はゆっくりと両手で骸骨を掲げた。
骸骨にぽつぽつと降り注ぐ雨。
それは、血のような赤い色をしていた…。




