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守護塔で引き籠ります!  作者: のな
魔女編
148/160

147話 墓標

「ルアール王、レイゼン様」


 愚鈍で役立たず、女に溺れ、国の金を浪費する愚かな王。それが己の父であった。


 見たこともない母が魔族だったらしく、私の瞳は赤い。その血のおかげなのか、人を操る能力に長けていた。

 その能力を試しに使い、気に入らない愚かな王を廃し、国の金を盗み取ることにばかり頭が働く者どもを操り人形にしたのは何年も前のことだ。

 

 兄弟は…いたかな?

 即位した時にはいなかったので、いなかったかもしれないな。

 

 愚かな父の取り巻きの一人が、死ぬ間際に私の事を狂人だと言ったが、あながち間違いでもないだろう。

 何をしても満たされぬ。国を手に入れたところで何が楽しいのか。

 それでも、暇つぶしの様に国を手に入れ、即位して後、父のように女に明け暮れるような生活をする気はなく、あてがわれた娘だけを抱き、教本通りの様な執政で国は勝手に育ち、小国ながら子供達の努力で武の国と呼ばれ、いつの間にか妻が7人、子は11人に増えていた。

 

 子供達は誰もが武芸に秀で、頭も良く、あの愚かな父の血の欠片など見受けられなかったことに、あの頃はほっとしたような気もするが…、そのほとんどが死んだ今となってはよくわからない。


 そして、目の前に額づくのは、8人目の妻だ。

 名をスイカ。酔う華と書いて酔華だそうだ。さて、どの臣下からの捧げものであったか…。


 どこにでもいそうな平凡な容姿。特に胸がでかいというわけでもなく、かといって閨事に秀でているわけでもない。話し上手でもなければ、聞き上手、というわけでもない女。


 ただ、気は強かった、そう感じていただけの女だった。




「子ができました」


「そうか」


 腹をさすりながら告げたスイカに、答えたのは一言。しかし、それでは気に入らなかったらしく、スイカはじっとわたしを見つめている。

 椅子の上でなんとなく読んでいた、というよりただ文字を追っていただけの本を閉じ、小さくため息をついて言いなおす。


「役目を果たしたのだ、褒美をやろう」


「それは生まれてから言う言葉でございます、王」


 これも不服のようである。

 他の妻は褒美と聞けば絹だの玉だのとうるさいと言うのに、この女は褒美はどうでもいいらしい。


「では何が望みだ」


 女はにこりと微笑むと、ポンッと腹を叩いて告げた。


「よくやったとお褒め下さいませ」


「それだけか?」


「それだけで十分です」


「そうか」


 それだけでいいならば、と私は応えてやる。


「よくやった」


 何の感情ものせないうわべだけのものであったが、女は花が綻ぶように笑った。

 何とも安い女だ。


 それからの1年は、何とはなしにスイカの元に通ったような気もする。

 特に何をするでもなく、仕事をこなし、終わればスイカの元へ行き、のんびりと過ごす。他の子供達も新しい子が生まれるということでそわそわしながら、よくスイカの部屋を訪れていたので、時々相手をしてやっていた。


 そんな穏やかな日々は、子が生まれて数か月後に崩れていった。

 末児であるカティアが生まれた時から、スイカは何かに憑かれたかのように体調を崩し、床に着く毎日になった。

 

 だが、会いに行けば必ず体を起こし、話をする。そんな気丈さはもっていた。

 それも、ほんの数週間の事だったが。





 ある日、いつものようにスイカの部屋に足を向けた私の耳に、がたんっと言う大きな音が響いた。


 スイカの住む離宮はスイカ以外の侍女はほとんどおらず、夜ともなれば物音などしない。スイカが起きたのであれば別だが、すでにスイカはベッドで体を起こすことすらできなくなっていたはずであった。


 初めて感じる胸騒ぎに走り、スイカの部屋の扉を開けると、冷たい風が吹き抜ける。


「愚かな子」


 小さく呟かれた声はスイカの声と同じでありながら、全く違う響きを持っていた。



「誰だ?」



 部屋の中、月明かりだけを頼りに目を細めれば、闇夜に浮かぶのは緑の髪の娘。

 その娘の下で、剣に切り裂かれ、虫の息であったのは、その娘と全く同じ容姿の、しかし、間違いなくスイカであると感じる娘だった。何故そう思えたのかは全く不思議だが。


「賊か」


 すらりと剣を抜き放つと、スイカを斬った娘は「今は…」と呟いて闇に溶けるように消える。

 

「酔華」


 剣を置き、そっとその体を横たえさせると、スイカは私の腕を掴んで弱々しく微笑んだ。


「巻き込みました。申し訳ありません…我が王。私は…失敗作だったのです」


「何の話か」


 尋ねる私に、スイカは手を伸ばし頬に触れ、答える。


「あれと私は同じモノ。父により魂の定着の実験を受けた前任がこの私。しかし…、失敗作でありながら、私は自らを葬り去ることができず、姿を変え、周りを欺き、ここで…あなたを愛したのです。我が君…レイゼン様」


 スイカはぐっと横を向き、床に血を吐き出す。


「ソフィアでなく、酔華として生きられた…あなた様といられた…その日々が…とても…嬉しかった…」


 浅い息がゆっくりと聞こえなくなり、スイカの手が床に落ちる。

 父のように、ただの(むくろ)に成り果てたスイカの瞳の色は紫で、今までの妻の顔でも、先程見た女の顔でもなかった。

 おそらくは、魂を定着させたという器の姿なのだろう。

 だが、どのような姿であれ、酔華であった。


 それから数日、どのように過ごしたかわからない。

 スイカの体はしばらく安置していたが、ある日、私はその体の横に立って剣を構えていた。


 一息に剣を振り下ろし、その首を叩き斬った。

 その瞬間、体に流れ込んできたのは世界をさ迷っていた男の魂。

 そして、いつのまにやら背後に控えるのは、あの時の緑の髪の娘。

 スイカを殺した、酔華と同じ魂を持つソフィアという名の娘。


「妻を求める新たな器。これで今しばらくはもちましょう。我が父」


 ソフィアの言葉に、私の心が「なんだ、そうか」と納得する。

 私は、どうやら酔華を愛し、酔華を求めていたらしい。彼女の首を手に、ぼんやりと立ち尽くしていた。

 胸の奥で男がそんな私をあざ笑った。そんなことも知らなかったのか・・と。


 

 それから数年、私の魂はただただ流れに身を任せ、揺蕩(たゆた)っていた。

 ただ、時折薄くなるもう一人の意識に首を傾げながら、時折外に顔を出しては、そうとは知らぬうちに塔に対する復讐を始めていたようである。


 妻を殺したソフィアは、その間に一度死んだ。

 赤の塔の現在の主を冥界に封じ込めるために必要な死だった。

 しかし、死して後、その魂を冥界から呼び戻し、適当な器に放り込んだのだが、あまり持たなかった。ソフィアの知識と経験は、人間を遥かに超える為、反発が起きたのだ。

 

 ならば、ともう一つソフィアの魂を呼び起こし、子供という器に入れ、そこに壊れかけの以前のソフィアの魂を入れ込んだ。

 塔の継承に良く似た魂の継承を、もう一つの魂で補強しながら行ったのだ。

 これはうまくいった。


 だが、記憶や知識はあっても、新たな体は経験に乏しい。

 ならば、と己の中にしまわれていた魂を呼び起こし、大陸の外で何年も結界に挑み続ける魔族に交渉を持ちかけた。


「お前の望みと引き換えに、とある魂を受け入れよ」

 

 愚かな魔族は二つ返事で頷き、ソフィアの婚約者の魂を受け入れた。

 どうやら共存したようだが、未熟なソフィアを支えるというその動きに問題はないので放っておく。

 ソフィアの補助をし、魔物を大陸に解き放ちさえすれば、あとは命を狙ってこようがどうでもよい。


 コツリと音を立て、テーブルの上に取り出した骸骨。

 

「酔華、私はお前の魂を見つけることはできなかったが…」


 胸の奥で、男の悲鳴が聞こえる。

 

「お前の墓標をたてることはできそうだ」


 一つの大陸に、魔王も塔の主も揃ったのは、始めからそうあるべきだったからだろう。


 いつの間にか、妻を復活させようという妄執を持った男の魂は鳴りを潜めた。

 あとは、身の内でこの私を哀れよと嘆く魂の叫びを切り離し、奪ったこの力で全て滅ぼせばよい。


 いつか出会った黒髪黒目の小さな娘、あれを思い出すと魂達が騒ぎ出すのが気になったが、あれも消してしまえばよいだけのこと。

 ドンっとナイフをテーブルに突き刺す。

 

「お前達が作ったものがお前達を滅ぼすのだ」


 骸骨の前には地図、その上には4つのチェスの駒が置かれ、中央にはナイフが刺さっている。

 大陸の各所にある塔の場所を駒は示し、あちこちへ移動する緑の塔は壊したので今は存在しない。その塔の代わりとなるのは…。


 コツッとキングの駒をパルティアの城の位置に置いた。

 駒と駒が線を結び、五芒星が描かれる。これを発動させるための魔力は内側から発生させればよい。魔物という形で…。


 地図は中央のナイフに魔力を流すと、炎に焼かれ、一瞬で燃え尽きた。


『なぜ…』


 小さく女の声が響いたが、私はそれを無視して立ち上がった。

 

「全て消えれば、お前も眠れる」


 骸骨を手に立ちあがった私がその時告げた言葉は、私のモノだったのか、それとも他の者の言葉だったのかは、定かではなかった・・・。

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