146話 魂の持ち主
「シャナ復活!」
久しぶりの16歳!
存分に魔法も剣も振るって敵を倒して差し上げようではないか!(ただし、人外に限る)
「ぎゃあああああああ!」
気合を入れたところで、悲鳴が響き渡った。
「何事!?」
全員が声の方向を向くと、ぶよぶよと蠢く巨大なスライムに剣を刺した騎士が一人、頭を抱え、なにやらぶつぶつ呟きながらふらふらと歩き、そのまま目、耳、口、鼻から血を流してばたりと倒れた。
駆け寄った騎士達が男をスライムから離し、脈をとってほっと息を吐いた。
「まだ生きてる。治療班!」
すぐに数名の騎士が駆け付け、彼を連れていった。助かるといいけれど・・。
皆がスライムに注目する。
小さなスライムは攻撃するのに問題がなかったが、こちらの大きなスライムは攻撃すると跳ね返ってくる。もしくは、何らかの攻撃をされ、殺される可能性が出てきてしまった。
「学生は下がりなさい」
騎士達が、呆然とする生徒達を下がらせる。
戦いに慣れてきた、もしくは学園で鍛えていると言っても所詮は学生だ。やはり人の死の臭いには怖気づく。
それを察知したのだろう、すでに町の人々を外に出し終えたらしい騎士団がすらりと剣を抜き、スライムに向けて構えた。
相手は動きの遅いスライムだが、得体が知れない。
そして、騎士の中には兄様もいる。出来れば死のリスクは減らしたい。
「おじいちゃん!」
私が叫ぶと、羊達はようやく空の魔法を解体し終え、こちらに駆けてきた。
「いかんぞい!」
「心の弱い者は攻撃してはいかん!」
「内側から壊される!」
どういう意味だろうか…。
私はシェールの腰から短剣を奪い去ると、スライムに向けて投げてみた。刺さるかどうかはわからなかったが、騎士団の頭上を越えた短剣は、見事放物線を描き、スライムに突き刺さる。
「「「「シャナ!?」」」」
シャンティやシェール、それに数人の友人達に驚かれたが、まぁ、実際に自ら剣を持って刺したわけではないので、大丈夫なような気もする。それに、心が強いかと問われれば、すでに私精神年齢52歳、ちょっとやそっとで崩れるような心は持ち合わせては…
『助けてください! この子だけは!』
『家族だけは!』
『あの子には手を出すな!』
『妻を!』
『子供を!』
『愛する人を!』
タスケテ・・・・・
どんっと体に負荷がかかり、私はガクッとその場に膝と付いた。
体中から汗が吹き出し、心臓がどくどくと早鐘を打つ。
「これ…」
顔を上げ、羊達を見やると、シリアスな場面がぶち壊しではあるが、今は気にならなかった。
まるで全身を締め上げられるかのような錯覚を覚えた。実際倒れた騎士は全身を締め上げられてしまったのだろう。
体に変調をきたすような精神攻撃だ。
「無謀なことはしてはイカン」
「これはの、まさに魂の塊じゃ」
「それも、悪意ではなく、悲しみばかりが閉じ込められた魂なのじゃよ」
私達はマーブルスライムを見やる。
時折浮かぶ人の顔は、恨みつらみや欲望より、嘆き悲しむ表情だ。
嘆きや悲しみが閉じ込められたスライムだと言うのなら…。
「レイゼンは今どうなってるの?」
嘆きや悲しみを取り除いて存在する者がいるとしたら? ふと感じた嫌な予感に、羊達ははっと顔を上げ、私の背後に向けて何かを叫んだ。
まるでスローモーションだ。
私は振り返り、目の前に剣が迫っているのを見た。
そこには空間を破ってようやく姿を現したレイゼンの姿があり、右手には剣を、左の腕には…骸骨の頭を抱えていた。
私を庇おうというシェールの剣は間に合わない。
今まさに、私の頭を剣が貫こうと迫り、ギュッと目をつぶったその時、鈍い音と共に世界の動きが、音が、元に戻る。
何の衝撃もなかったため、ゆっくりと目を開けると、目の前でパタパタ落ちる赤い血の色に目を丸くした。
「ノルディーク!」
シェールが叫び、私を後ろに下げる。
ソフィアと戦っていたはずのノルディークが、私の目の前でその手を剣に貫かれ、立っていたのだ。
「ほぅ、ソフィアは…」
チラリと確認するレイゼンは、ソフィアが瓦礫の中に倒れているのを見た。
その彼女に、今止めを刺したのは…アルディスだ。
少女は何も言わず塵となり、消え去る。
その姿を見ても、眉一つ動かさないところを見ると、本当に彼は、彼の中の魂は、娘を忘れてしまったのかもしれない。
「彼女は強いですが、生まれたばかりでしょう? 私が戦ったソフィアの記憶もあったようですが、敵ではありません」
ノルディークは剣から手を抜き去ると、魔法で血を止め、己の剣を構えてレイゼンを睨み据えた。
そこへ、
「シャナ! あの魂の塊は私達精霊に任せなさい」
ふわふわと空から現れたのはナーシャである。彼女は胸をどんっと叩き、スライムの元へ行きかけてふと動きを止める。
「・・・そこの魔物はひょっとして味方かしら?」
動きを止めたナーシャが指差したのは人面羊だ。
「外でも暴れていたから殲滅したのだけれど、一緒にいるということは味方だったのかしら?」
ナーシャが首を傾げると、人面羊達がクワっと目を見開く。
「外のわしらを倒したのはこの精霊かねーっ」
「わしら」
「これでも」
「初代塔の主じゃ!」
「敬うのじゃー!」
ナーシャはにっこり微笑んで…そのまま数十秒固まった。無表情より怖い…。
「あとで片付けるわ」
次に動き出した時にナーシャがさっくりと宣言した言葉に、羊達はびくぅっと震えあがった。
ナーシャの事だから、きっと宣言通りにするだろう。
全力で逃げるといいよ、羊さん。あえて応援はすまい・・・。
それはともかく、ナーシャの声掛けでシャンティ、オリン、アルフレッドを含む使い魔の精霊が集められ、スライムの上空、もしくは周りを固めると、
「一斉攻撃~!」
ナーシャの号令と共にスライムへの一斉攻撃が開始され、部屋中にスライムのモノらしき悲鳴が響き渡った。
私達はその悲鳴の不快さに耳を押さえて悲鳴を上げる。その悲鳴は、黒板を爪でひっかいた音を何倍にも増幅したような不快感を出しているのだ。
「3代目は死んだ…。どういう意味でしょうね」
悲鳴の響く中、全く気にしていないノルディークの言葉に、レイゼンは口の端を持ち上げる。
「ソフィアか?」
「えぇ、死の間際に教えてくれましたよ」
何やら重要そうな話だが、背後では精霊によるスライム一斉攻撃が続き…。
「同調した魂に宿った3代目は死んだと」
ノルディークの言葉に、レイゼンは笑う。
「で?」
「誰に同調したのでしょうね」
ノルディークはいつものようににこりと微笑み、レイゼンは「ふん」と鼻で笑った。
誰に同調・・・?
私は耳を軽く塞ぎながら考え込む。
確か、3代目を主とする魂は、「妻」の復活を求めて赤の塔の主に住み続け、時にその主を乗っ取ってきたが…赤の塔の先代にはじかれた。
そしてその魂は…同調した魂の元へと逃げ込んだ…?
同調した魂。その器…。
「はじめから…その魂を取り込んだその時から、その器に宿る精神はただ一つ。ルアール王、レイゼン。あなたですね」
スッとノルディークが剣を向けたその先で、レイゼンはにやりと醜悪な笑みを浮かべた。
そして…。
「こっ…これは…きついわっっ」
背後では、スライムを見事倒した精霊達が、その魂の悲しみを受け・・・・。
「「「うわああああああああああんんっ」」」
床に手をダンダンと打ち付け、涙の大合唱となった。
どうやらあの悲しみを受け取ってしまったらしい。
「シリアスぶち壊しですね」
私が思わず呟くと、私を守るように抱きしめるシェールが、小さく呟いた。
「精霊もお前には言われたくないと思うぞ…」
どういう意味かなっっ!?




