145話 戦闘準備中
屋根が吹き飛び、爆風に襲われる。
城の中も外もものすごい風が吹き荒れ、皆その場に座り込むか、何かにつかまるか、もしくは結界で防ぐかする中、私が一つ忘れていたことがありました。
それは…、広間の中に飛び散った少々小さめのマーブルスライム。
よくよく思い出せば、彼等もその体から魔法陣を発し、今にも発動せんとしていたのだ。
ということは…。
「おぉぉぉっ、は、ハチの巣になるでしゅよ~!」
天井部分は吹き飛んだので、そこにはミニマーブルスライムはいないが、壁に張り付いたミニマーブルスライムから、緑色のビームの様なモノが飛び交い、私は魔法を発動させながらも器用にひょいひょいと酔拳で避けた。
そのうち、その動きは前後左右にブルンブルンと揺れて…。
「腹踊りでしゅ~っ」
恰好がおいちゃんだからね。高速でバインバイン動いちゃうよ。これぞ命のかかった腹踊り。
そんなピンチな私を助っ人してくれるのは、我等の愉快な仲間達。
ピコンッと軽快な音を立ててスライムを叩き潰すピコハンマスター。
ピコハンにねちょっとスライムの残骸がついて顔をしかめ、すかさず新たなピコハンを出したり引っ込めたり…と大忙しで倒していく。どこにそんなにしまってあるのだろうか…。
別の所では、花魁姿なのに華麗に空中へ飛びあがって舞い、ハリセンを振り回してビームを…弾いたのはハリセンマスター。時々流し目で学生さんを誘惑するのはやめましょうっ。戦闘不能になるからっ。
竹刀を持って壁を走り、スライムを打つ者もいる。
壁だから、そこ壁だから…、走れないから普通。
また、鬼の金棒を振り回し、ぶん投げてスライムを倒す者…。
壁にぼこぼこと穴が開いておりますよ。あとで城から請求書が来るかもしれないので気をつけて…。
爆発好きな魔法使いは、メイドさんの姿でこそこそと何やら仕掛けているように見える。
床は落とさないでね…。
パインパインッと軽快な音を立てて銀トレーで戦うゴスロリメイドは少々高い位置のスライムをフリスビー状態で叩き落としていく。問題は、銀トレーが彼女の手に戻らず、生徒や羊の頭に当たり、彼等がナムってしまうことだろうか…。
「ふっ」て笑っても誤魔化されませんよ!
そして、相変わらず恐ろしいのは、ずるずると気絶する人々を引きずって行く、ナース服の男子生徒・・・。
ドリルの音と悲鳴が響き渡っている…。
コツコツと言うハイヒールの音を聞いたら逃げねばなりません。あの高速移動からは誰も逃げられなさそうだけど…。
私が大魔法をぶつけ合っている間、続々と城に到着する友人達は、一部味方に脅かされながらも、敵を殲滅させていく。彼等のおかげでとりあえず蜂の巣は回避できたようである。
とはいえ、まだまだ油断はできない。あのスライムは分裂可能なのだから。
「シャナ! 上!」
ミニスライムは友人達に任せて…と少々肩の力を抜いたところだったが、シャンティの声にはっとして顔をあげれば、殲滅の魔法陣を放棄した巨大スライムが、ものすごい勢いで落ちてくるのが見えた。
蜂の巣の危険は去ったが、今度は押し潰される危険が!
といっても、まだスライムの放った魔法陣の攻撃はスライムを避けながらも発動されており、私は魔法を解除することができず、目だけが必死に泳ぐ。
「シャナ! 魔法は解いてもいい! 俺達がいる!」
アルディスの叫びにはっとしてすぐさま魔法を解除したが、巨大なスライムはもう目の前だった。
「つぶしゃれるぅぅぅぅ~!」
悲鳴を上げるのと同時に私の体は誰かの腕の中に抱きしめられ、そのまま安全な場所へと横っ飛びに飛んだ。
ゴロゴロと床を転がるのと、ずぅぅぅぅぅんっとスライムが床に落ち、床にびしりとひびが入るのはほぼ同時である。
危うくぺしゃんこでペラペラの、ペーパーシャナおいちゃんができるところだ。
実際にはスプラッタな事態になっただろうけれど、そこは軽く考えておく。
はぁはぁと荒い息遣いが聞こえ体を起こすと、私を抱えて横に飛んだのは…。
「おぉ、シェールでしゅか」
シェールであった。
彼は体を起こし、私を抱きしめたままふぅと息を吐いた。
「ケガはないか?」
ほんの少し体を離すと、そっと頬を撫でられた。
さすがは私の魔狼です。ちゃんと主を守りましたな。
ここは素直に甘えることにして、すりすりとシェールの手に頬を摺り寄せると、彼はそぅっと私を引き寄せて抱きしめた。
「あんまり無茶はするな」
トクトクと速く響く心臓の音が私を心配していたのだなと思えて、ちょっときゅんとしちゃいます。
「珍しく男でしゅねぇ」
むふふふふふっと笑いがこぼれた。
「そして茶化すなっ」
ぴしっと額を指ではじかれた。
照れなくてもいいのに。
そうこうしている間に、空に浮かんだ殲滅の魔法陣が少しずつ解かれていく。そのスピードは速く、さすがはディアス、ヘイムダール、アルディスの三人がかりなだけあるだろう…と思ったら、何やら視界の端で人面羊がブツブツ唱えていたのを見てしまった。
羊は…うん、協力してませんよ。していても、してないことにします。ですのでカッコイイとは認めませんっ。
「何やら心の中でひどいことを言われた気がするのぅ」
「傷ついた気がするのぅ」
「「「胸をざっくりじゃ」」」
私は彼等の声から耳も塞いだ。
「さぁ! スライムちゃんを倒しましゅよっ!」
と思ったが、この姿で武器も無しでは戦えないことに気が付き、腕にブランブラン揺れていた寿司折りの紐をほどいてみた。
そこから現れた母様の差し入れは・・・・。
「おぉっ! 人間の服でしゅねっ」
「・・・・いつ人間をやめたんだお前は」
すかさずシェールに突っ込まれた! 小憎たらしいので思い切り彼の足先を踏みつけ、飛び上がった彼を見届けて、溜飲を下げると、さっそくお着替えだ。
周りに人がいようが、戦場だろうが、慣れたもので、ぽぽぽぽぽーんっとおいちゃん服を脱ぎ捨て、服を着たが…。
「大人用でしゅね」
ずるんずるんに引きずる服は明らかに大人用であった。
母様は私が大人の姿になると見込んでこれを入れたのだろうか…。
「ノルディークに頼めば元に戻るんじゃないか?」
チラリと私達がノルディークへ目をやれば、彼はソフィアと激しく切り結んでいる。その表情は真剣で、その動きはとてもじゃないが私達が入り込めるレベルではなさそうだ。
「ソフィアちゃん強いでしゅね」
シェールはほんの少し自信を失っているのか、肩を落とし、ため息交じりに呟いた。
「無理そうだな」
いずれ追いつきますよ、とシェールの肩を叩きつつ、他に方法はと考え、そういえばいつも魔力が余分に供給されると大人に戻っていたなと思い当る。
「魔力でしゅ!」
拳を握って叫んだ。
だが、いかにして?
「それならお任せ」
にょきっとすぐ傍にそばかすオリンが現れ、私達は思わず飛びのいた。
いつ気配を消して近づくなんて高度な技を覚えたのだオリン…。
私とシェールは思わずオリンをじぃぃぃっと見つめてしまった。当のオリンはそんな視線は全く無視して続ける。
「ここに取り出だしたるは…ミニシャナです」
彼がぎゅむっと掴んで出したのは、今にもヒルに変わりそうなミニシャナこと、吸い取る君。
それをきゅむきゅむと絶妙な力加減で何度か握ると、ミニシャナの「美形でしゅっ」という言葉が変化する。
「えっちでしゅっ」
「えろでしゅっ」
どうやら言葉は二通りあるらしく、オリンは遠い目をしながら続ける。
見てるこちらも微妙な気分だ。特に自分の姿をしているのだから…なんだか…背徳的。
「むふっ」
思わず笑みを浮かべてしまった。
これは大人の事情よ、大人の事情。
「あ、出た」
オリンの言うとおり、絞られたミニシャナから白い靄のようなものが広がり、私の中に吸い込まれていく。そこで感じたのは魔力だ。
なるほど、そういうことか。
「これを繰り返せば人間に戻れるよシャナ」
「ちっけいなっ。生まれた時から人間でしゅよっ」
「「・・・・・」」
シェールとオリンの二人がなぜか沈黙したので、近くを走ったミニシャナを捕まえてかぶりつかせておいた。
とにかく、皆様戦闘中の中、あちこちからミニシャナを集めてむぎゅむぎゅと魔力を絞り出す作業が始まった。
総勢20名ほど。なのであっという間だったが…、戦場には、
「えろでしゅっ」
「えっちでしゅ」
の大合唱が広がったのは言うまでもない。
そして、絞る側では…。
「持っていって飾りたい…」
ぽつりと呟く…幼児好きの声が聞こえ、私はぞわっっと身を震わせたのだった。




