144話 衝突
「わしらも活躍するのじゃ~!」
どかどかと大量に駆けこんできたのは人面羊、ただでさえ人が多く、狭く感じた広間がさらに狭くなった。
「美形でしゅ!」
ミニシャナ軍団が羊に襲いかかる。
「おぉ、わしらが美形となっ」
羊と吸い取る君の邂逅・・・・。
しかし、「美形でしゅ」としか話さない吸い取る君は、次の瞬間羊の顔に噛みつき、羊は大騒ぎ。
「シャナ」
「はい?」
「あの羊もどきは何だ? 敵か?」
ハーンによる恒例の質問ですね。
私はちらっとアルディスを見ながら胸を張って答える。
「あれはでしゅね、塔の初代主でしゅ。全ての元凶でしゅ」
アルディスの顔から表情が抜け落ちた。
そうね、皆こんな反応するよね。
ついでにハーンを見上げると、彼はなんだか納得しているようだ。
「ハーン?」
ついついとズボンを引っ張ると、ハーンは答える。
「あれが最初の塔の主なら、主達がおかしいのも納得できるなと。あんなのが一緒に住んでたら狂うだろう?」
なるほど、そういう意味ですか。
ん? 主達がおかしいって、それって今もという意味ですかね?
ギランッと目を輝かせてハーンを睨むと、すぐ傍でぼとっと何かが落ちる音がしてそちらを見やる。すると、そこにいたのは、鞭を床に落とし、ふるふると震える赤毛のドリルヘアなアデラさん・・・。
「…塔」
ん? なんですかね。ぼそりと言われてよく聞こえませんでしたが。
「塔と言いましたわねっ。ついに聞きましたわよ! 私の愛する物語! 塔の主とお姫様物語! その塔の主ですって!?」
地獄耳です。
ついに第三者…といっても王族なので問題ないかもしれないけれど、塔の主のことが漏れてしまったような…そうでもないような…。
ちなみに、塔の主とお姫様物語というのは、誰かが作った創作物語で、塔の主がお姫様を救いだすというどこにでもあるヒーロー、ヒロインのお話である。
アデラは興奮気味に身を乗り出し、きょろきょろと辺りを見回した。
「どれがセレンディアだというの!?」
その名前はノルディークのことですよ、アデラさん。
そういえば物語の多くは、最強で名を馳せるノルディークの名が有名だった。
何をして物語にされるようになったのかは謎だけれど。
「あ~、シャナ?」
ハーンはこれどうする? という目で私を見つめ、私は遠い目でアデラにわかるよう、羊達を指さした。
「あちらに見えましゅのが~、かつての塔の主でございましゅ」
ギラリと目を輝かせたアデラは、そのまま羊をその視界に捕え、捕えた瞬間…ズドンッと落ち込んだ。
「戻ってこれましぇんね」
「王族の辿る道じゃないか?」
アルディスも塔の主であるのに冷たい。この反応はひょっとして、幻滅されたことがあるのだろうか?
しかし、そこで終わるアデラではなく、彼女は笑いながら立ち上がると、そのまま鞭を握りしめ、バシンッと床を打った。
「夢を見る時代は終わりですわっ。そこな羊達! 魔族に鉄槌を下す手伝いをなさい! これは私のミスでもあります!」
魔族に協力を仰いだ分、敵に回られて責任を感じていたらしい。
アデラは見事な羊飼いと化した。使うのは鞭なのでかなり危険だ。時折羊達から「クセになるのじゃっ」というおかしなセリフが聞こえてくる。
「さすがはノーグの王族。あのおっさんの娘だな。ただでは起き上がらん」
そのオッサンを昔殺しに行ったというハーンは、アデラを見ながら感心するように肯いた。
暗殺者を差し向ける息子といい、高飛車で思い込みが激しい娘といい、ノーグの教育って一体…。
いかんいかん、余計なものに目をやりすぎてレイゼンを忘れるところ…。
「あり?」
ちょっと目を離した隙に、レイゼンの姿が見えないではないか。
ソフィアはノルディークと戦っている。
エロ顔魔族は羊に追いかけまわされ、ついでに合流したシャンティ、オリン、アルフレッドの三人に取り囲まれた。
だが…レイゼンは?
「アルしゃん…」
ひょっとして亜空間かとアルディスを振り返れば、ふと感じる嫌な予感に、私は背をのけぞらせた。
「わひょっ」
目の前に突然剣の刃が現れた。
間一髪だ。といっても、ハーンがすでに私の襟首を掴んでいたが。
相変わらず勘が鋭いですな。しかし、今の私も勘が鋭いのですよ。何しろ酔いどれオヤジです。酔拳が使えるのです(イメージで)。
「かかってくるでしゅよっ」
のらぁりくらぁりと動き、亜空間から飛び出す剣をひょいひょいと避ける。
これぞ酔拳。やればできるじゃないか、私! さすがはチート。
が、疲れます。
いつもしない動きに早々に音を上げた。
「だれかぁぁ、なんとかぁぁぁ、してくだしゃいぃぃぃぃ」
反撃できないことに気が付きました。何しろ相手は亜空間。避けるだけで精いっぱいだ。
肝心なアルディスは、知識はあれど、やはり先代の時に多くの力を失っているのか、亜空間は使えないらしい。
「うぉっと」
さすがに疲れたらしく、私のバランスが崩れた。
その瞬間を逃さず剣が襲いかかる。
「ま、おちびでも未来のお姫様だからな」
と、私の目の前で、ヒーローのごとく颯爽と真剣白刃どりを披露したのは、ストーカー騎士セアンだ。位置が低いせいか、彼は自分の足の間で止めるという姿で、はたから見るとちょっと間抜けだ。
彼は剣をそのままずいっと引っ張り、亜空間からレイゼンを…。
「うぉ?」
ずるっと亜空間から出てきたのは、例のマーブルなスライムだった。しかも、今度は巨大。
ぼちょんと飛び出たマーブルスライムは、もごもごと動いた後、思い切りはじけ飛び、広間中に飛び散った。
天井、床、壁、ありとあらゆるところに飛び散ったスライムから、かなり高い魔法の力を感じる。
いや、魔法の力だけではなくて…。
見つめていると、スライムの体の上に幾つもの複雑な魔法陣が描かれていく。
「まずいな」
ファルグがぽつりと呟き、町の者達を逃がしていた騎士達数名と、兄様が外から現れて叫んだ。
「町の上空に魔法陣だ!」
「ナーシャ様が国が吹っ飛ぶと言っている!」
どうやらナーシャは外にいたらしい。
塔の主達は一斉に動き、窓から空を見上げた。
赤黒い魔法陣が、城を中心にした位置で広範囲に渡り描かれている。
そして、その魔法陣の中心にはぶよぶよしたスライムの親玉が。
「イカンのー、あれは遠い昔に滅んだ殲滅魔法じゃの」
ミニシャナに齧られている人面羊を見て、私はぎょっとして仰け反った。
「なんでしゅとっ!?」
「美形でしゅっ」
羊に喰いついていたミニシャナは、役目を終えたとばかりにポロリとはがれて消えゆき、人面羊の顔部分、噛まれた額には何と、ハート形の噛み痕がくっきりはっきりと残った。ある意味恥ずかしい…。
「うぅむ、この生物についてはぜひ調べさせてもらいたいものじゃが、それどころではないのー」
そう告げる老人達の顔は、ミニシャナが剥がれていく度に若返り、美形に変化していく。
つまり! 吸い取る君10号は、美形を狙うのではなく、少々おかしな者を狙って噛みつき、美形に変える性質を持つのだ!
えぇと…これに何の得があるのだろう?
と首を傾げると、顏だけ美形な羊は、10秒で元の残念な顏に戻った。
「はぁ、ほんとに残念じゃ。それはともかく・・・・。あの生物に齧られると貧血になるのぅ」
ちゃんと、本来の役目である魔力は吸い取っているらしい。
「それどころじゃないぞ! 発動するぞい!」
人面羊が悲鳴を上げた。
余計なことに気をとられている間に、空の魔法陣が赤く禍々しく輝き、私はダカダカ走ると、千歳飴を拾い、床に円を描いた。
「んでは皆しゃま。耐ショックでしゅ!」
ぼっという音とともに、千歳飴で描いた白い魔法陣から白い炎が立ち上り、複雑な魔法陣が円の中を埋め尽くす。
そして、空から禍々しい光が降り注いだ瞬間、こちらも真っ白の光を空に向けて解き放った!
「「「何するか先に言いなさいよ!」」」
学生達から苦情が来ましたが、急ぎだったので受け付けませんよ。
私の魔法は、真っ向からぶよぶよの放った殲滅魔法とぶつかり、王都中に爆風を引き起こしたのだった。




