141話 敵は城に
「あ、いた! シャナ! こっちこっち!」
ファルグから降りた私が小さいせいか、いつの間にやらはぐれていたらしいノルディークとヘイムダールが、この場のリーダー的存在であるシャンティを連れて現れた。
「シャンティしゃん。これは何事でしゅか?」
「ん? ほらぁ、お屋敷で忙しくなるって言ったでしょ。精鋭を集めたらこういうことになって、そして丁度魔物の襲撃があったから、さっそく活動してもらってるの」
なるほど。私が眠っている間も、シャンティさんはレイゼン対策に奔走していたと、そう言うわけですな。
「て、皆しゃん強すぎましゅよっ」
それとも魔族と違って魔物が弱いのか。
あ、そういえば学園の防護壁を修理していた魔族の皆さんはどこに行ったのだろうか。
思い出したように尋ねると、彼等は城の防御に回ってもらったとあっさり告げた。
「ちなみに誰が頼んだのでしゅか?」
魔王を差し置いて命令するなど一体誰が…と尋ねれば、シャンティはポリポリと頬を掻きながら応える。
「それはあれよ、彼女…。ほら、年上でいたでしょ、赤毛で髪がネジの様に巻いた…」
ノーグの王女、アデラの事ですね・・。
どうやら彼女はあの強いキャラクターと押しの強さで、「城に避難した町の者を守ることを優先しなさい」と、なぜか魔族に言ったらしい。
筋肉男達は騙されたのか、面白がったのか、その言葉に従って城へと向かったそうだ。
そう言うことならまぁ…少しは安心かな…。
町の人達は魔族という強い味方に守られているようなのでこちらに専念できそうだ。
「ファルグも呆れながら城に向かったから、あちらは心配しなくていいだろうね。今、集中攻撃を受けているのは学園のようだし」
ノルディークの言葉に私は大きく肯く。
ここに来るまでに見た学生達は、まだまだたくさんいた魔物をこの学園に誘導していた。ならば、城の方は魔物も少なくて済むはずだ。
にしても…。
「何故こんなに魔物が溢れたのでしゅかね?」
結界の一部は崩れたが、まだ塔の皆が張った結界は残っているのだ。本来ならば、魔物がこんなに溢れるはずはないのである。
「一部でも欠ければ魔物をこの大陸に送り込むことは可能だから、あとは故意に発生させられてるのだろうね」
他でもないレイゼンの中のマーブル魂によって・・・。
そこは口をつぐみ、ヘイムダールは見解を告げた。
「魔物を集めてたくさんの人の魂を狩るためでしゅか?」
「どうかな…。魔力を集めるだけでもあちらには力になるだろうから、魔物で事足りる気もするんだが…」
ヘイムダールの言葉に私もはっとする。
そうか、魂に力を与えるには、魂か、もしくは『魔力』が必要だった。魔力だけなら、魔物から奪えばいいわけで…。
では、この魔物騒動は何だろう?
レイゼンの中のマーブル魂が狂いはじめているから起こしている?
「きゃああああ!」
「うわあああああ!」
深刻に悩んでいる私達の耳に悲鳴が届き、思考は一時中断。私達は慌てて外へと飛び出した。
戦局が変わったのか、それとも…?
不吉な予感を胸に飛び出した瞬間。私はその場にずさーっと転んだ。
「おぉ、見事なスライディング…のおっさん」
おっさんとはなんですか、シャンティさん。
まぁ、それはともかく顔をあげれば、そこには魔物をものすごい勢いで轢き、踏み潰す羊の群れが!
み…見間違いで無かったですね。
「魔力がたんまりじゃー!」
「わしらの力が漲るわ~!」
「これならわしら復活もできるかもじゃ!」
「若い子もたくさんおるぞ!」
「ウハウハ…」
駆け巡る羊達があちこちへ走り出す。そして…
「「「「「殲滅!」」」」」
唸る竹刀、金棒、ハリセンにピコハン。
「突っ込み隊絶好調ね」
ついでにシャンティさんが光の魔法を空からまき散らし、魔物・・と人面羊の数が減る。
私の出番がないですね。そして、皆が倒しているのは味方です・・・・とは言えない雰囲気だ。
「すごいね…」
ヘイムダールも手出しできずに戦場を見つめている。
ノルディークも無言だ。
その無言は何ですかね、ひょっとしてあの塔の汚点とも言うべき初代をこのままうやむやに消してしまおうかという無言じゃありませんよね?
ノルディークをじっと見つめていると、今度は私達の横を何かが通り過ぎ、すぐ近くのケガをして額から血を流し、それでも戦っていた生徒が突如ガクッと気を失う。
「にゃにごと!?」
と、次の瞬間、私達の横を今度は風が通り過ぎ、生徒の傍にはあのナースの男性生徒が!
彼は怪我した生徒から・・・吹き矢を抜いた!
「お…恐ろしいでしゅ」
まさか自ら治療者を確保しに来ていたとは…。
とりあえず怪我はしないようにしよう、とこの時全員が心に誓っただろう。
皆遠い目をしていた…。
「うわあああああああ~!」
おや?
何やら聞き覚えのある声に皆が攻撃の手を緩めると、羊軍団第2弾が大量に押し寄せてきた。
一体何匹に分裂しているのか。
と、それはともかく、聞き覚えのある声は、シェールであった。
彼は、羊達の群れに乗っかり、大移動をしていたようだ。
「何をしてるのかな、シェール」
ノルディークの笑顔がとても怖い。
シェールは本来ならば私を守るために屋敷にいて、あのスライムを追っ払っていなければならなかったのだから、主を危機にさらした魔狼には、ノルディークも怒髪天ということだ。
どさっと羊に振り落とされたシェールは、ノルディークの笑みを見て目を逸らし、ほんの少し青ざめた様だ。
「えぇと…、奴を追っていたらその…」
「奴?」
シェールははっとして背けていた顔をこちらに向け、ばちっと私と目があって首を傾げた。
「・・・なんでオッサンの格好をしてるんだ?」
オッサン?
そういえば先程シャンティさんも同じことを言いましたよ。
メイドさん達に怪しい衣装をごそごそと着替えさせられた後、自分の姿を確認するまもなく飛び出し、周りの様子に圧倒されてすっかり忘れておりましたが…、と自分の姿を恐る恐る見下ろす。
そこにあったのは、少し柔らかめの生成りのシャツに、生成りのステテコ、ピンクの腹巻に・・・。
「か、鏡はどこでしゅかっ!」
慌てる私にすいっと鏡を手渡したのはシャンティだ。彼女の手鏡を覗き込むと、そこには何故かねじり鉢巻きをした一本毛のハゲかつらを被ったおいちゃんな私が!
「き…」
「「き?」」
シャンティとシェールが復唱して尋ねる。
「キモ…カワイイ…でしゅか? ぎりぎり…」
ぎりぎりだ。ぎりぎり・・・。
「え? どうだろ、ビミョ・・」
「おいちゃん幼児最高っ!」
どこからか、忘れ掛けていた幼児好きの叫びが聞こえたが、慰めにならないのであえて無視する。
微妙…やはり微妙だろうか。
テンション落ちる…。
がくぅっとその場に膝を着き、ほろほろ涙するが、これはこれで世の親父の代表ファッション(シャナのイメージです)なのだから最強なのだと思うことにしよう!
たとえピンクの腹巻でも!
無理やり己を奮い立たせた。
「それよりも!」
突然思い出したようにシェールが立ち上がる。
「敵の親玉らしき人間が城に向かっている! 俺とハーンはそれを追って館から飛び出し、魔物に囲まれて身動きが取れなかったんだ」
「で、その後羊に浚われたと…」
ノルディークが推測して出した追加の言葉に、シェールはうっとつまり、私とヘイムダールは彼をじとっと見つめる。
図星だったらしい。
おかげで危うくマーブルスライムに喰われそうになってたのですよ、私は。
「とにかく! 奴らは城に向かった」
「「「城?」」」
私達は首を傾げる。城に何があるというのだろう。
ま、それはともかく、城に何かあるというならば、そちらにも戦力を向けねばなりません。
私はすぅっと息を吸い込むと、突っ込み隊に向かって叫んだ。
「敵は城にありでしゅよ~! 羊は味方なのであまり数は減らさないでクダしゃーい!」
「「「「「「はーい!」」」」」」
返事する突っ込み隊の攻撃が増し、上空から何やら槍のようなものが一斉に魔物達を襲った。
そして…
「うわぁぁぁぁぁぁ・・・・」
突っ込み隊の一人によって発動した広範囲魔法は、見事に槍ごと刺さった魔物をはじけさせ、そこには魔物の体液に染まった青い羊が生まれていた…。
「中から爆発って…ス・テ・キ」
魔法に酔いしれる突っ込み隊約一名がおりますが…とりあえずここはお任せして城に行きましょうね!
私達は乾いた笑みを浮かべ、そのまま回れ右をして脱兎のごとく学園を後にするのだった。
・・・・・・・よく考えたら活躍してないよね、私。
まぁ、お楽しみは後に取っとくということでいいか…。いいですね!




