139話 謎解き2
「だっだうだ~」
意味はありません。ご機嫌に歌っております。
ちなみにその視線は目の前におかれた姿見に釘付け。
「シャナ…」
次は…そうね。定番の怪獣コスチュームでどうかしらん。
鏡の前の赤ん坊は次から次へと衣装チェンジ。この世界にカメラがないのが惜しい!
…と想像すると、カメラが手元に出てくるのだが、この世界にカメラというものがない為に、その機能は失われている。つまり、ただのおもちゃ…。これでは意味がないわ~!
「シャナ」
じゃあ次は何の衣装にしようかな。ぺ…ペンギンとか…。
「シャナ!」
ノルディークに叫ばれ、私ははっと我に返って振り返った。
えぇと、何の話でしたかね?
「だー・・・・うぶっ!?」
振り返った私はとあるものに気が付き、あまりの驚きに思わず高速でバック走行した。もちろんハイハイで。
一体何にそんなに驚いたのか…。それは、
「魔力をたくさん分けてくれてありがとう。おかげで動くことができました」
にっこりと微笑むゾンビ…じゃなくて、牛の着ぐるみを着たソフィアミイラがそこにいた。
うん、失礼かと思ったけれど、突然の恐怖に耐えられなかったのよ。許してね。
「お母さんが亡くなってから、お父さんはとっても神経質になったの。そのうち塔に閉じ込められるんじゃないかと思ったわ」
シュールです。ミイラなソフィアさん、ビジュアルもさることながら、ころころと鈴の音が鳴るような愛らしい声で話すその会話の軽さもなかなかシュール。
私はノルディークの膝に乗せられ、あんぐりと口を開けっ放しにしながら、視線は彼女に釘付けだった。
どうやら、私がこの世界へ来てから取り出していたスコップや着ぐるみなどは、魔力を素としており、それらはこの世界の主であるソフィアに全て流れていたらしいのだ。
老人達が適当なことを言って私に牛の着ぐるみをさせたりしたのはそれが目的だったらしい。
おかげで彼女は若返らないまでも、今や動けるまでになり、ニコニコと微笑む陽気なミイラになっている。
…ミイラ…でいいのよね? いや、動いているからミイラじゃない?
私は悶々とそんなことを考えつつ、せっかくのご本人登場なのだからと、質問を浴びせてみたのだ。
少しだけなら時間の猶予もある、というソフィアに甘え、聞いたのはレイゼンの中のマーブル魂の主犯格、3代目の事だったのだが、彼女が話すとどうも軽くなってしまう傾向にある。
家族だからかな?
「もうこのままじゃ行かず後家のまま塔で過ごすのかと思った頃、あの人が塔を尋ねてきてくれて」
そういえば昔の塔は見えていて人も入れたのだった。
「…ただね、彼、お父さんにばかり同調する研究馬鹿だったのよ!」
3代目の話というよりは、ソフィアと婚約者の馴れ初めのようにも聞こえるが…。まぁ、いいか。
彼女は魔法研究馬鹿だという婚約者に、当時を思い出して怒りを募らせている。
話によれば、その男は魔族で顔が良く、でもあまり魔力は強くなかったのだと言う。
「もう、二言目には自分の魔力を上げるために…とかいうアホなんだもの。でもね、懲りずにちょっかい出してたら、その内にすごく愛してくれるようになったの。恋愛成就のきっかけは馬小屋で、機嫌の悪い馬に襲われそうになった時の事なの…」
この先はメロメロ話が続くはずなので、私はじとっと老人達を睨んだ。
彼等はこっくりこっくり船を漕いでいたが、私の視線の気配を感じてはっと顔を上げ、慌てて声を上げた。
「あー、嬢さん。あまり時間がないのに一から話しておったんでは間にあわんぞい」
うんうんと全員が頷けば、ソフィアミイラははっとして「えへっ」と呟き、己の頭を小突いた。
その際パラリと多くの毛が落ちたが…。見なかったことにします。
「お父さんの本当の望みは、私じゃないの」
「ほぅ?」
恋話には全く興味を示さずずっと目を閉じていたファルグが目を開け、興味を示した。
「確かに私も死んだわ。病気で。でも、私の復活は最終的な望みのきっかけにすぎないの」
「だうぅ?」
どういう意味かと尋ねる私に、ソフィアは私を見て目を細めて微笑む。
見た目は…ちょっと怖い…。
「お父さんはきっともっとたくさんの魂を望むわ。そして、私ではなく、私の複製の体を使って…ううん、ひょっとしたらちゃんとした体も作ってあるかもしれない」
一瞬沈黙が降りる。
ひょっとして、と皆の脳裏にいろんなヒントのパズルが組み合わさる。
「お父さんは、お母さんを生き返らせるためだけに、自分の命を永らえさせてるの」
「妄執か」
「えぇ、そうよ。そして、今はきっと急いでいるんじゃないかしら」
「赤の塔の先代が、塔の主の体から追い出したせいで?」
ノルディークの質問に、ソフィアはコクリと肯いた。
「ただの人間の体では、あんな魂の集合体は生き延びれない。それこそ、そこの赤ちゃんみたいな魔力の塊でないと」
ん? それって私の事?
私、ひょっとして魔力の塊に見えるのだろうか。それがどんなビジュアルなのか謎だけど。少なくとも私の中では光の球とか、そんなイメージだが、ソフィア達には人ではないように見えるのかもしれない?
「それであのエロガオがシャナを襲撃したのか」
エロガオとな?
エロ顔…あぁ、エロ顔! そうか、そういえば私は彼に何かされたからここに来たんだった。
「そうじゃった! それそれ! わしらそれを言わんと!」
「そうじゃそうじゃ!」
「わしらそのお嬢ちゃんのおかげでかつての力を少し取り戻してのぅ。今なら外の様子がわかるのじゃが」
「どうもお嬢ちゃんの体」
「乗っ取られかけとるぞい」
・・・・・・・・・・
・・・・・・・
・・・・
「だだだうだ~!?(何ですと~!?)」
「何だ、あいつら役に立たんな」
ファルグが誰のことを言っているか知らないが、のんびりしすぎ!
「あらら。じゃあここまでね。私はここに残った複製の子達と共に消えるけど、地上に残った子は生きてるから、気をつけて。それから、私の婚約者にあったら伝えてくれる?」
世界が少しずつ闇に覆われ、遠くで狼の遠吠えの様なモノが聞こえる。
「だう?(なんて?)」
ノルディークに抱っこされた私は、その肩越しに、ソフィアミイラが少しずつ崩れ、変わって若い頃の、おそらくは3代目が保存した当時のソフィアを見た。
彼女はにっこりと天使のように微笑み、手を振って消える。
「先に行って待ってますって」
その後も何やら唇は動いていたが、何を告げたかは聞こえなかった・・・・。
そして
「だはぁ!」
ばちっと目を覚ました私は、目の前に迫った虹色のスライム状な何かを見てぎょっと目を見開き、そのまま短い脚で蹴りあげた。
もちろんそれでは威力が足りないと思って魔力を乗せて攻撃したのだけど・・。
ばいん! べしっ ぼちょっ…
え~、説明すると、蹴られ、天井にぶつかり、床に落ちた。
「なんでしゅかね…」
体を起こしてじっと見つめると、気持ちの悪いスライムのでっかいのは、そのまましゅうぅぅぅっと煙を出して消える。
ひょっとして。レイゼンの中のマーブル魂の欠片とか?
「ましゃかね~?」
中身があんな弱いはずないない。
うんうんと腕組みして頷いていると、もぞっと隣で何かが動く気配。
「シャナ? 目が覚め…」
真横で声がして見やると、そこには私と手を繋いだヘイムダールがいた。
「あれ? また子供に戻ってるね…それと、シャナ、そこの羊は?」
ヘイムダールは体を起こしつつ首を傾げる。
羊? 羊なんておりませんよ。家の中で羊を飼ったりいたしませんとも。
あえてヘイムダールの視線の先には目をやらず、首を傾げて見せる。
「あ…増えた」
増えた!? 増えたってナニ!?
振り返り、ヘイムダールの視線の先へ目をやった私は、そこに予想通りの人面羊を見てがっくりときたが、それと共に大きなショックを受けた。
数が倍!
10匹! いや、さらに倍!
「増えてましゅ~!!」
悲鳴を上げると、同じ顔の人面羊はにやりと笑みを浮かべる。
「何やら不穏な気配はわしらに任せとけ~!」
「わしらこう見えても初代塔の主じゃー!」
この瞬間ヘイムダールの表情が無表情になる。ノルディークと反応そっくり。
「魔物の気配じゃー!」
え? 魔物?
「わしらに任せよ~!」
「久しぶりのシャバじゃ~! 爆発させねば~!」
最後のが本音か!
止める間もなく、羊達は扉を開き、メイド達を驚かせながら屋敷を駆け抜けていった。
その頃にはその数は5倍ぐらいになっていたのではないだろうか…。
「逆に狩られそうでしゅね」
一抹の不安が…屋敷から出て行ったのであった。
その頃の町中
クリセニア学園の学生達があちこちに散らばり、魔物達の進路を変える作業に当たっていた。
「そっちに行ったぞ!」
「うまく誘導しろ!」
「あいつらならきっとやってくれる!」
「あぁ! あの」
「「「「突っ込み隊なら…」」」」
と、全員が告げたところで、目の前を駆け抜ける…
「羊?」
「羊?」
「・・・・見なかったことにする!」
「きっとあいつらならやってくれるさ!」
「だな!」
謎の名前の付いた学生の一団、突っ込み隊…。彼等は一体…。
そして、学生達があえて無視した羊とは…。
続く…。




