137話 迷い込んだ場所
羊と私達の壮絶な戦いが始まった!
老人5が姿を変えた人面羊、羊なのになぜか穴掘りがものすごく速いのだ!
「そっ、そっちに行ったでしゅ!」
羊は老人達一人一人の元を回りながら、少しずつ少しずつ掘っていくので、それを二人がかりで少しずつ埋め戻すのだが、羊は一匹なのに高速すぎて二人でも追いつかない。
『あ、あり得ん・・・』
佐奈もゼィゼィ言いながら埋め戻すが、どの老人も膝まで出てしまった。
「ムキャ~!」
かくなる上は、魔法で砂を大量にかぶせるのです! さすれば羊ごと埋まって世界は平和!
ばちんっと両手を地面につき、魔法を放った・・・・。
つもりだったのだけど…。
「あり?」
すぃぃぃぃっと魔法発動の光が地面に吸い込まれて行き、続いて近くでボコボコボコッと言う、なんだかついさっきも聞いたような音が響く。
『シャナ! おじーちゃんズが!』
佐奈の叫びに振り向けば、老人達がポーンっと地面から飛び出て、空中で光りを放ち、人面羊へと変身した!
「「「「ばばーんっ」」」」
『いや、ババーン言われても…』
変身シーンなのにカッコよくないし、しかも気持ち悪いモノの出現だあまり耐えられる状況ではない。
私は想像で巨大なハンマーを思い浮かべ、すちゃっとその手に装備して勢いよく振り下ろした。
叩きのめします!
「地獄に落ちるでしゅ~!」
ぶぅんっと体の大きさに見合わないハンマーを振り回す。
その横では、佐奈が斧を投げていた。
結構過激です…。佐奈も自分だけれど。
『肉にしてくれる!』
「過激じゃーっ」
「肉になるぞいっ」
「そう宣言してましゅよっ! 私はミンチにしてやりましゅ~!」
「地獄にしてくれんか!」
「そっちのがよさそうじゃー!」
「わしは楽園で」
5番目は自由ね…。
羊達は口々に叫びながら柵を越え、放牧場を駆け回り、私達を翻弄する。
何というか、顔がお爺ちゃんだけあって小憎たらしい。
モグラ叩きならぬ羊叩きと、佐奈による羊・肉化計画はしばらく続いたが、一向に追いつかない。
そんな最中・・。
「あ~、それは新しい遊びか?」
他に誰もいないと思っていた空間に懐かしい声が響き、私と佐奈はぱっと武器から手を離し、それぞれ駆け寄って行った。
声だけで素早く察知し、顔を確認し、そのままその腕の中にダイブして、即香りを堪能する。
「ふんふんふん。ふはぁ~…ノルしゃんでしゅ」
『こっちもファルグね』
佐奈はペタペタとあちこち触って確認したらしい。
なるほど、佐奈の確認方法はお触り。そこは大人と子供のスキルの違いかな。
私は突如現れたノルディークの胸に、ビタッとくっついた状態で頬を摺り寄せ二人の存在を確認すると、さっそくビシィッと柵の中の羊を指さした。
「初代でしゅ!」
羊を見たノルディークの表情が、一瞬無表情になりました。
『うわ、すごい珍しいもの見ちゃった』
佐奈の言うとおり、とても珍しい表情だ。なんというか…無表情による無我の境地?
きっとこの現実を受け止めきれなかったのですね。よくわかりますとも、その気持ち。
うんうんと頷く私に、羊達はぼんっと毛を膨らませた。
「なんだか馬鹿にしておるぞいっ」
「誰か知らんがわしらと嬢ちゃんらのランデブーを邪魔しに来たのじゃなっ」
「羊のイメージは余計じゃっ」
「そうじゃの、このイメージは余計じゃの」
「おかげで羊じゃー。もうちょい魔力を寄越すのじゃー」
ん?
いまの言い方だと、ノルディーク達が羊のイメージをしたことによってこの人面羊が生まれたように受取れたけれど?
ついでに老人5は何が狙いで魔力を欲するっ?
「シャナ」
「はいでしゅ」
ノルディークに呼ばれ、私が顔を上げると、彼はとてもにこやかな表情で微笑んでいたが、背中に闇の渦を巻いていた。
こ、これは逆らってはいけないバージョン。
逃げようにもすでに逃げられぬようガチリと抱きしめられ、全身からだらだらと汗が噴き出て流れ落ちるのを感じた。
「余計なものは拾ってはいけません」
「はいでしゅ」
いやいや、拾ってませんよ。あんなものは、断じて! 拾っておりませんよ・・・とは言えない状況だ。
後ろで羊がまだ文句を言っているけれど、ノルディークはちらとも見ずに告げた。
「で、シャナ、あれはそのまま放牧するとして、何があったか教えてくれるかな?」
にっこりと再び極上の微笑みで微笑まれ、私はびしりと固まる。
「…これはもう駄目だな。逆らわん方が身のためだ」
ファルグめ、他人事だと思って楽しんでいるな。口元が笑っている。
『素直に吐かないとやばいわよ~』
佐奈! 私と同じ魂なのに逃げる気ですね!?
「シャ・ナ」
「うひゃいっ!」
変な返事をし、そろぉっとノルディークを見上げた私はうっと一瞬言葉に詰まった後、皆と分かれてからのことを洗いざらい話した。
それはもう事細かに全てだ。
「ファルグ、そっちの魂もお尻ぺんぺんで」
さすがはノルディーク、佐奈も同じ魂という括りでお仕置き決定ですね。仲間ができて喜ぶべきか、それとも、同じ魂だから二倍のダメージで悲しむべきか・・・。
『こ、この年でお尻ぺんぺんはやめてー!』
べしべしと叩かれました。
その後、私達がぐったりしている間に、人面羊に詳しい出来事を聞かれたノルディークが、事のあらましとマーブル魂、それに緑の髪の使い魔の説明をして、私達が言いきれなかった部分を補填していたようだが、あまりその辺は聞いていない。
「あ…愛の鞭でしゅ」
ガクリと項垂れると、羊達がじぃぃっっとこちらを見つめている。その姿はかなり気持ち悪い。
「なんでしゅか」
尋ねれば、人面顔羊はふぅむとそろって考え込み、さらに揃って首を横に傾げた。
ますます気持ち悪さが増しましたよ。可愛いという感じはないっ。
「わしら、実はとある事を知っておったようでのぅ。見に行くか?」
「えぇと、それは何の前ふりでしゅかね?」
人面羊達はノルディークがしたらしい説明でなにかを思い出したようである。
私は大人しくノルディークの腕の中に納まり、首を傾げる。こちらは純・美少女なので、人面羊とは違い可愛いですよ。間違いなく。しかも、羊を見た後だから数倍可愛いはずっ。
だからノルディーーク、私を癒してね~。と首にしがみ付く。
「ついてくるのじゃー。そなた等ほど魔力の強い者達ならば、あの哀れな魂の解放もできるやもしれん」
「それが望みかもしれんしの」
「「「きっとそうじゃー」」」
見た目が残念すぎて、真面目なことを言っても決まらない羊達は、なぜか縦一列に並んでぞろぞろと歩き出す。
「魂の解放か。それはお前達の様な者が他にいるということか?」
まさか、レイゼンに取り込まれたという魂全部が地面から生えてる畑とか、放牧された人面の何かが山ほどいるとか、そんな恐ろしい所じゃあるまいな?
「わしらのような…と言えばわしらの様な者じゃが、わしらのように自ら融合を望んだものではないのじゃ」
「話したじゃろ。亡くなった娘さんがいたと」
「魂は保存されたが、年月により劣化し、それを防ぐために何代目かが複製を作ってのぅ・・・おもえばその頃から魂の乗っ取りは始まっておったかもしれんの」
「そして、魂を定着させる体作りがなされての」
「魂が溶け込む前のわしが、その複製を定着させたのじゃー。ということを思い出したわい」
五人目! 五人目、今おかしなこと言いましたよ! 爆弾発言!
問いただそうと身を乗り出した瞬間、羊達が一斉にその顔をこちらに向けて振り返ったので、思わず言葉が消え、びくぅっとしてノルディークに強くしがみ付いた。
そのノルディークもちょっとだけ驚いたのか、私を抱きしめる力が強まった。
気持ち悪さに固まり、爆弾発言について問いただせずにいると、どうやら目的地についたらしい。
「ほれ、あれじゃ」
「緑の牧場」
そう言って老人達が短い羊足で示した先にいたのは、緑の髪の…。
「ソフィア?」
そう、ソフィアの子供バージョン…が、柵の中にわんさかいた。
皆ぼうっと座り込んで空を見上げている。
「わしらの推理が正しければのぅ、ここにおる複製が赤の塔の使い魔ではないかの?」
つまり私達が見たのと、塔の記憶にある緑の髪の使い魔は、この複製を使ったソフィア…ということだろうか。
『そんな大事な事何で今っ』
「で、こちらが本題じゃー」
人面羊は佐奈の言葉を遮り、そのまま緑の牧場を抜け、ぽつんと立っていた水車小屋へと向かう。
先ほどまでその姿も見えなかったのだけど…?
農場になぜか水車小屋。しかも、水がどこにもないのに水車小屋。
羊達はその扉をガンっと蹴り飛ばして開けると、それ以上は入れないと言って外で待ち、私達は恐る恐る足を踏み入れた。
中は薄暗く、目が慣れるまで時間がいった。
「そこにいるのはのー。オリジナルじゃ」
水車小屋の入り口辺りから羊の声が届く。
水車小屋の中には小さなベッドがあり、そこには人が横たわっていた。
しかし…。
「聞くが初代。ここは、どこだ?」
ファルグの質問に、羊達は一瞬沈黙した後、私達にした説明とは別の、真実を告げた。
「ここはの」
「3代目の娘、ソフィアの魂を閉じ込めた魔法の中じゃよ」
「その子がお前さん達を呼び」
「わしらを起こし」
「終わりを望んだのじゃ」
エロ顔魔族に浚われたと思っていた魂は、どうやら途中で道を変え、違う場所に引き込まれていたようだ。
そして、目の前に横たわる人がそれを望んだ人。
目の前には…
静かに眠る、物言わぬミイラが横たわっていた。
その頃地上では…
「ここの護りに魔狼二人とナーシャ、アルバート、頼んだ」
ハーン、シェール、アルバート、ナーシャが頷く。
「わかったわ」
「ルアールのことはすまないが後だ。現れた魔物を殲滅させるぞ」
ディアスの言葉にカルスト、セアン、アルディスが頷き、この国の王太子クラウスが告げる。
「では、学生達を招集します。彼等も立派な戦力です。エルネスト、騎士団の方へ加わってくれるだろうか」
尋ねられたシャナの兄、エルネストは頷くとすぐに動き出した。
苦しそうにうつむいていたカエンは、ばっと顔を上げると、その目に闘志を燃やす。
国は滅びても武の国の王子である。
「我等も出よう」
ディアスはその言葉にうなずき、彼等は動き出した。
そしてシャナは…
「がふぅっ」
何故か鼻血を噴いたのだった。




