133話 捕獲・・・?
「エロ顔魔族でしゅよね?」
胡乱な目つきでエロ顔魔族、えぇと、名前は…ザルツ・フランを見上げると、彼は首を傾げる。
全く同じ顔で、魔族の瞳、そして違う所は髪色だけなんて、疑うなという方が無理じゃありませんか?
私はザルツの顔をじろじろと見つめ、彼の周りをぐるりと回ってからもう一度正面に立つ。
服に隠されていても私にはわかります!
目測で計ったスリーサイズは、あのエロ顔魔族と全く同じでした!
そこで、今度はちらと横に立つダレンを見れば、彼はぼんやりとこちらの様子を見ている。
おそらく魔力干渉にあっているのだろう。後で吸いだしてあげねばいけませんね。
まぁ、お楽しみは後にして、今はとにかくエロ顔魔族だ。
「…何の用でしゅか?」
私が尋ねれば、ザルツはすっと膝を折り、私の前に跪いて小さな手をそっと取り、その手の甲に口づけを落とした。
後ろでメイド達が「はぁん」と悩ましげな声を出して喜んでおりますが、これは王子様のキスではなく、宣戦布告の様なもののはず。
彼女達の安全のために、余計なことは言わないけれど。
「あなたに求婚をしに参りました、シャナ・リンスター嬢」
それは私への挑戦ですね。
ばっちり視線が交差し、小さな火花が散る。
良いでしょう。せっかく贈ってもらった美形を逃す手はありません。
勝負して差し上げようではありませんか!
ザルツの手から手を取り戻すと、そのまま彼に歩み寄り、首に腕を回してチュッと口付ける。
すると、彼は一瞬目を見開いた後、ほんの少し口角を持ち上げた。
ん? こんな挑発的な表情をする男だったかな?
疑問には思ったけれど、私はそのまま彼の頭を引き寄せ、エロちっす発動!
再び腰砕けにしてくれるわ!
と…
張り切ること数分。
エロちっすして、すぐにエロちっすが返され、押しつ押されつの戦いが始まってしまった。
後ろでメイドの数人がちっさく悲鳴を上げて喜んでいるが、それどころではない。この男、あの時とは違って、なかなかうまいのだ!
どこで練習してきた!?
「ふんっ」
ちょっと色気の足りぬ気合いを入れながら続けると、目を細めたザルツから魔力が流し込まれる。
ここで魔力干渉ですと!?
だが、こちとらすでにノルディークに干渉されていて幼児状態。干渉はできないので…。
「むぅ?」
干渉はできないが、流される魔力は続き、私の中に溢れてくる。
すると、体がむずむずして・・。
ひょっとして…? と思った時はすでに遅く、ふわりと風に包まれたような感触がして、私の姿は16歳の少女へと変化していた。
あ、衣装はもちろんリンスター家のモノなので一緒に大きくなりましたよ。
16歳の姿にはデザインが少々子供っぽいが、そこは我慢だ。
「ふあっ」
息を吸い込み、今度は全開エロちっす。
さすがにザルツも眉根を寄せた。
ふっふっふ、これなら勝ったも同然。
このまま押し倒して敵の目的を白状させてやりましょう!
気合十分、カッと目を見開き、押し倒し体勢に入ったところで、ばたん! と扉が少々乱暴に開く音がした。
「シャナァァァァァ~!」
絶望したように泣き崩れる父様が背後に…。
背後だから見えてないけれど、気配は感じるので、床に四つん這いになり、オイオイ泣き崩れる姿が手に取るように感じられますとも。
だらだらと冷や汗が流れ、ちゅぽんっと唇を離し、くるりと振り返ってえへっと笑みを浮かべる。
「父様、これは…その、えぇと、そう! 予行演習です!」
「なんの?」
チラリと何かを期待するような目を向けられ、さらにだらだらと冷や汗が流れ落ちる。
あぁ、誰か私を助けてください、とばかりにメイドを見たが、彼女達は視線を合わせないようにして目を逸らした。
くっ…ちっすの最中はあんなに喜んで見物していたのに、助けを拒むとは薄情なりっ。
目を泳がせながら、私は父様に応える。
「その、ほら、私も大人になったので、結婚するかもしれないでしょう?」
我が愛人達皆と合同結婚式とか…それもいいかも。
「ぐふふ…」
おもわずにやりとしそうになって、はっと我に返り、顔を引き締める(笑いが漏れたことには気が付いていない)。
「その時のために、今から人前でしても恥ずかしくないキスをですね」
ちらっと父様に視線を戻せば、父様は無表情だった。
「と…父様?」
「結婚…。父様の目の黒いうちは結婚などさせん!」
ごぉぉっと父様が燃え上がったかのように見えた。
「落ち着いて父様っ、父様の目は茶色ですっ」
「そう言う問題ではないっ!」
おぉ、父様ちゃぶ台返ししそうな勢いだ。
そういえば会議にいたと思ったのに、私が追い出される頃にはいなかったし…ひょっとして他でも何かあったのだろうか?
例えば姉様ネタとか…。
「結婚なんて…結婚なんて…」
さめざめと泣きだす父様。
「お初にお目にかかりますリンスター卿。私はノーグの官僚をしておりますザルツ・フランと申します」
全く空気を読みませんね…。
ザルツはさめざめ泣く父様に淡々と挨拶をすると、父様はぴたりと泣き止んだ。
「フラン?」
「はい。奥様の遠縁に当たります」
母様の遠縁ってただの演技じゃなかったの…?
私がじっとザルツを見つめていると、父様が間を遮るように立ち上がった。
「あのフラン…? だが、しかし」
何やら父様が戸惑っている。母様を呼んだ方がいいかもしれないと思い、私はメイドに向けて合図を送る。
数人のメイドは心得たとばかりに静かに部屋を出て行った。
「ぜひお嬢様を我妻に迎え入れたく」
「それは…」
「お嬢様も私の思いに応えてくださいましたし」
ん? ひょっとしてエロちっすのことを言っているのだろうか。
あれは愛情表現というより、喰うか食われるかの戦いだ。ザルツに応えたことにはならない。
それに…
「父様、この方、あちらの寝室より現れたのです。きっと、ノーグの王子様と道ならぬ恋なのです!」
ぐっと拳を握って力説すると、部屋に残っていたメイドさんがきゃあと声を上げた。
喜んでおります…。
「そうか、道ならぬ恋か…。その気持ちはわかるが…」
父様の思考がおかしくなっている!
道ならぬ恋でも、あちらは男同士…には見えないから別にいいのか…?
見えないならまぁ良いのかもと納得し、うんと頷いたところで、私は一瞬眩暈を起こした。
うん? 久しぶりの大人目線でくらっとしたような?
「ところで父様、フランって?」
私が尋ねると、父様は渋面を作り、一瞬ためらった後、小さく呟くように答える。
「イネスの従兄弟が婿入りした家だが、その従兄弟がイネスにぞっこんで…あぁっ! 思い出しても腹の立つ!」
要するに、母様の取り巻きの一人だった男が婿入りした家らしい。きっと、父様が母様に近づくたびに邪魔したのだろう。父様は目を吊り上げてブツブツと呟いている。
おそらくは恨み言だ。
「えぇ、そういうわけで、必ずやお嬢さんを嫁として連れてこいとも言われているのです」
あまり表情が変わらず、淡々と告げられても嬉しくない。
それに、ザルツは明らかにエロ顔魔族だ。こんなのは猿芝居である。
じゃあ何が目的なのか…?
「ん~」
私は首を傾げた。
ひょっとして…時間稼ぎ?
でも、何の?
と、首を傾げた姿勢のまま、私の視界は大きくぶれる。
「シャナ!?」
父様の叫び声。
「必ずや、お嬢さんを連れて来いと言われておりますので」
声ののトーンが一段低くなったザルツの声を聴いた後、私の体はゆっくりと崩れ、そのまま父様の腕の中へと落ちて行った。
そして、私の魂は敵に捕らわれたのであった…。




