130話 赤の亡霊
とりあえず、皆席に戻って、落ち着くためにお茶を一杯。
ついでに待ち時間が意外と長かったのでお菓子も摘まんで、ゆったりした空気が流れた頃、ようやく部屋の扉がノックされ、メイド達がぐったりした一つ頭のわんこ(狼)を連れてきた。
床に降ろされたわんこの毛は灰色。胸元に白い毛が生えている所は、間違いなくケルベロスと同じなのだけれど、なぜか頭が一つだ。
それはともかく、人間姿ではないのだが…。
やはりあれは幻だったのだろうか??
疑問に思いながら首を傾げ、やり遂げたという晴れ晴れとした表情のメイドと、なぜか青ざめている執事に視線を向ける。
「人間じゃありませんでしゅた?」
その質問に、メイド達はきらりと目を輝かせて迫ってきた。
「人間でしたわっ。美形のっ」
おぉぉ、顔が近い。近いですよメイドさんズ。
鼻が触れ合おうかというほどの距離で叫ばれ、私は体を後ろへ引く。
「そ、それで、犬になってから丸洗いしたのでしゅか?」
その質問には、執事達が表情で雄弁に語ってくれた。
彼等の表情は青ざめ、何かを失ったかのような虚ろな目で一気にどよんした空気を身に纏ったのだ。
つまり…人間姿のベロちゃんを、メイド達は嬉々として磨いたのだろう。
それは、乙女としてどうなんでしょね、と思ったのは私だけではないと思う。
そんなハプニングがあったものの、おそらくベロちゃんと思われるふさふさの毛のわん子は立ち上がり、光を纏って再び人化した。
その身長は高く、おそらく2メートルはあると思うが、周りの人々の背も高いのであまり気にならない。
人間バージョンのベロちゃんのその顔立ちは、ハーンの様な野性的な物でなく、かといって女性のようというわけでもない。では、塔の面々の様に男性的かというとそうでもない。彼は、青年期に入ろうかという中性的で独特の色気を醸し出していた。
これを丸洗い・・・・。
い、いかんいかん。考えたらうらやましく…。
「シャナ、顔に変態が出てるぞ」
「なんでしゅとっ」
ディアスの指摘に顔を押さえ、ぺちぺちと叩いたところではっと我に返る。
「顏に変態はでましぇんっ。ちっけいでしゅよっ」
思わず確認してしまったではないかっ。
あ、もちろん私は変態では無いのであしからず。
その後、メイド達が皆心得た様に退出した後、かなりぐったりとした様子のベロちゃんは小さく息を吐き、顔を上げた。
やはり、子供の様な、大人のような、そんな表情が色っぽい。
キュンキュンしますな。
「我が主と仲間達に伝えたいことがある」
声は低すぎず、柔らかい響きを持ち、甘く囁かれようものならば興奮して地面を転がりそうだ。
例えば…
「僕と逃げよう…」
とか!
そんなこと言われたらおねーさん、頑張って逃げちゃいますとも!
「ぐふふふふふふっ」
「ちょっと落ち着け」
がすっと脳天にちょっぷを喰らいました…。
首が縮んだらどうするつもりなのだ、シェールよ!
ぎろりとシェールを睨むと、シェールもぎろりと睨んでくる。
しばらく無言のまま視線の戦いを繰り広げていると、ふわりと抱き上げられた。
「ノルしゃん」
「ちょっと話を聞こうか」
にっこり微笑むその表情が小さくお怒りのようなので、私はお口にチャックをし、大人しくノルディークの膝の上に納まった。
その様子を確認し、ベロちゃんが頷く。
「先程の男についてだが」
先程の男と言えばレイゼンである。
塔の主達は、シャンティにそのことを聞いていたところだったので、はっとしてベロちゃんに注目した。
もちろん、共にいるシャンティも耳を傾ける。
「アルディスにはもう予想がついているだろう」
「アルしゃん?」
全員の視線が今度はアルディスに向けられ、アルディスは苦虫を潰したような表情を浮かべる。
予想がついているというのは、一体何の予想がついているのだろうか。
「どういうこと? あのレイゼンって人が敵で、えと、最近聞かされたルアールの王様なのよね? その人について予想が付いているってことは、あの人の目的がわかるってこと?」
この中では唯一塔の存在を知らないシャンティが、敵でも見るようにアルディスを睨みながら尋ねた。
まぁ、襲われた側なのだから、全部洗いざらい吐け! という気持ちになるのはわかるけれど、その睨みは怖いです。
「シャンティ、落ち着いて。たぶん、アルディスにつく予想って言うのは…」
ヘイムダールがシャンティに落ち着くよう促し、アルディスを見て続きを言うのをためらえば、アルディスは大きく息を吐き、観念したように両手を上げて答えた。
「シャンティが報告した亜空間の魔法。それとおそらく時間を捻じ曲げるような魔法も使っているだろう。それらを使える人物を一人だけ知っている」
「ルアール王じゃないの?」
シャンティの不安そうな表情にアルディスは頷き、彼は口を開いた。
「「「赤の亡霊」」」
アルディスの声だけではない。
重なるように同じ言葉を発したのは、ノルディークと、ひょこりとソファの背から顔を出した精霊ナーシャだ。
「何それ?」
「それはですね」
間髪入れず、シャンティの背後ににょきりと姿を現したカルストに、シャンティはびくぅっと飛び跳ねた。
いまのは心臓に悪いだろう。
「おとぎ話の塔、その赤色の塔の主だったと言われる男の話です」
ふんふんと私は頷く。
「おとぎ話でしょう?」
シャンティは首を傾げる。
塔の主などというものは、関わりさえなければ、ただのおとぎ話で終わる存在なのだから、シャンティの反応は普通である。
「えぇ、もちろん。ですが、完全におとぎ話だというわけでもないですよ。昔ね、この世界には世界を正そうとする研究者がいたのです。彼等は世界をよりよくするための研究を繰り返し、やがて、枯渇しかけた魔力を増幅させることに成功しました」
それって、ちゅどーんっの5人組の事だろうか…。
なんだか美化して語られている感があるけれど、まぁ、魔力を増幅させたことは間違いないので黙っておこう。
「そのうちの一人は、子供から孫へ、孫からその子供へと、ある一つの使命を言い渡したのです」
シャンティがうんと一つ頷く。
「魔力でもって死を滅ぼせ」
アルディスの言葉に、私はむむむっと眉根を寄せる。
魔力で死を滅ぼす。つまり、死ぬこと自体を無くしてしまえということだろうか。
「ものすごいありきたりでしゅね」
「ありきたりなのか?」
ハーンに突っ込まれました。
私はコクコクと頷く。
「死を逃れる、不死の魔法、不老不死の法、何でもごじゃれでしゅ。悪人の王道でしゅよ」
「え? 悪人の王道って言ったら追剥でしょう」
…ジェネレーションならぬ、ワールドギャップがここにっ。
この世界の悪人はなんて可愛らしいんでしょうかね。追剥が基本とは・・。
思わず遠い目をしそうになりましたよ。
「話がずれたが、カルストの言いたいのは、その研究者の子孫の一人が、未完成のその力を使い、ルアール王の中に住み着いたということだ」
「それが赤の亡霊?」
研究者の子孫、というのはおそらく塔の主達の事だろう。
となると、私がレイゼンに魔力干渉どころでなく、魂に干渉されたときに見たのは、元塔の主の思念で…。
私がはっとして顔を上げると、黙っていたベロちゃんが口を開いた。
「あれは、生きた人間の皮を被った死した魂だ」
「死人!」
シャンティが声を上げ、私はむむむむむ~っと眉根を寄せ、腕を組んで考え込み、そして一つの結論に達し、次いで声を上げた。
「シャンティしゃん!」
私の呼び声に、シャンティはこくっと頷く。
「任せて。光系の魔法を使える人を集めておくわっ。それから、そっち系が得意な専門科にも声をかけとくからっ。あんたはここで作戦を練っといてね! 忙しくなるわよ~!」
シャンティはそう言うと、話を最後まで聞かずに飛び出していった。
うむ、何も言っていないのに動けるその行動力は素晴らしい。
でもシャンティさん、私は名前を呼んだけなのですよ…。
「被られてる人間の皮に光系の魔法は効くんでしゅかねぇ??」
効くといいね…。
とりあえず、ここまででわかったことが一つ。
真の敵はお化け。
「足があればいいでしゅ…」
私の思いはそれに限るのだった。




