129話 ベロちゃん??
「シャナ、一体何が?」
ノルディークに首筋に触れられ、ピリリとした痛みが走る。
そういえば先程切られていたのでした。隠す前に見つかっちゃいましたね。
私はヘイムダールの胸にしがみ付き、すりすりすりすりと頬を摺り寄せながら、考える。
議題は、いかにしてこのピンチを抜けるか。
・・・・・・・・・・
・・・・
考える事数秒。
全て敵に押し付けてしまおうと言う結論に至り、振り返った。
だが、よくよく考えればわかったことでもあるが、この食堂で、姉様のエロボイスと、ヘイムダールストリップショー以外に、騒ぎが起きた様子はない。
ということは、当然振り返った先に悪の親玉レイゼンがいるはずもなく、私達が座ってご飯を食べていた場所には、見知らぬ禿げたオヤジが、楊枝のような物で歯をしーしーやっていたところだった。
「「ダレ??」」
私とシャンティの声が重なる。
そこにいたのは、レイゼンとは似ても似つかぬ、しかも、この世界の男性にしては珍しいほどの典型的な『オヤジ』だ。
ハゲ…はまぁ結構いる。お腹が出ている男も貴族にならいる。だが、こんな庶民の為の食堂で、毎日歩き、働く男に、腹の出た者はほとんど見かけない。
だから、オヤジ。
オヤジは私達の視線に気が付き、顔を上げるとにひゃりと笑み崩れた。
「あぁ、ご飯代はおいちゃんが持つからいいよぉ。若い子と食べられて幸せだったしぃ」
親父はにっこり微笑んで手を振る。
そう言われるということはだ、キツネに化かされたようではあるが、私とシャンティはあのオヤジとご飯を共にして、なんだか楽しまれたらしい。
ぞわわわわっと怖気が走った。
「シャナ…」
「なんでしゅかシャンティしゃん」
私達の目は遠い所を見た。
「あのおじさんに奢られたかと思うと複雑なの」
「気遇でしゅね、私もでしゅよシャンティしゃん」
奢られるのは嬉しいし、感謝しているのだけど、なんというか…そう、乙女心は複雑なのです!
何かわから無いけれど、返せ~! て気分になりました。
ごめんね、見知らぬおじちゃん。
_______________
お屋敷への帰り道はものすごく叱られた。
結局お叱りの間、ノルディークの腕から逃がしてもらえず、帰り道は延々とお小言を聞き、意識が飛んでいきそうになると、ぺチリとお尻を叩かれた。
「セクハラでしゅ~」
「その意味は分からないけれど、なんとなく意味は伝わったかな。でも、こういうのは愛の鞭って言うんだよシャナ」
それは現代の子供達に言ってあげてください。
私はもちろんその世代じゃないので、言わなくても大丈夫なのよっ。
だから、愛の鞭も必要ないのよっ。
「はい、集中っ」
ぺチリと再びお尻を叩かれ、思わず「あっふん」と叫んでしまった。
だって、ニワトリのオケツを叩かれるとお尻がもぞもぞするのだっっ。
もちろん白い目で見られました。
私が悶えたり、意識を失いかけたり、ちょっとむふっとしてしまったりと忙しい中、シャンティはヘイムダールにレイゼンについていろいろと説明をしていたらしい。
それはそのまま屋敷に辿り着いても続けられ、一部屋に集まった塔の主達は、報告を聞いて皆唸り声をあげ、考え込んでしまった。
それはそれとして、悩んでもらっててもいいのだけれど、私は部屋の壁の、虎に似た動物の皮が飾られたその横に、同じように飾りのように飾られている、白目を剥いたぼろ雑巾のようなセアンが気になるのだけれども…。
誰もそれについては触れようとしない。
シャンティもチラチラとみるものの、何かを諦めたように口を噤んだ。
「じゃあシャナ、ケルベロスを呼んでみろ」
ディアスの言葉に、壁が気になって仕方がない私は、はっとして今のディアスの質問を復唱する。
「ケルちゃんの生皮をはぐのでしゅね?」
「なんでだ…」
シェールに残念な子を見るような目で見られました。
ディアスはため息を履くと首を横に振る。
「そんなことは一言も言っていない。ケルベロスを呼べと言ったのだ」
おぉ、質問が全く違いましたな。
そういえばケルベロスを亜空間に残したままでした。
生きてますかね。やられてたりしないですかね。
それも全て、呼べばわかることなので、ノルディークの腕からようやく降りることが許可され、床に降りると、すーはーと深呼吸する。
私が召喚をするときは、たまに失敗するので、皆が少し離れた安全そうな所に移動を始める。
足元に黒い沼が現れて、落ちました、なんてことになったら恥ずかしいからだ。
昔ケルベロスを呼んで、あの池にはまった人が数人いたのだ。
て、そんな昔の話はどうでもいいね。
皆に睨まれたので、ちゃんと呼びますとも。
すぅと息を吸い込むと、ばっと両の翼を空へと向ける。
本当はポーズなど必要ないけれど、雰囲気が大事だ。
「おいでませっ」
カチリ
「こけこっこ…」
どごんっ がんっ
間違えて必殺スイッチ押しちゃいました。
で、ものすごい音に振り返ると、そこには、蹲り、なぜか顎を押さえるディアスの姿が。
チラリと何があったのかと目線で問えば、ハーンが指先で床を指し、次いでソファのアームを指した。
つまり、姉様のこけこっこにやられ、すっ転んでソファのアームで顎を強かに打ち付けた…と。
「平和でしゅねぇ…」
『そうだな』
聞きなれぬ声が足元からして、私はびくっと飛び退った。
よくよく見れば、そこには首が一つの薄汚れた狼さんが…。
「・・・・・・ベロちゃん?」
おそらくベロちゃんと思われる狼さんは、ふわりと光を纏うと、少しずつ大きくなり、やがて、シャンティの身長を越え、アルディスぐらいまで大きくなると、光がぐにゃりと変化した。
そして、光の中から現れたのは、砂埃で真っ白に汚れた・・・・。
「汚れあるところに我等あり~!」
ズバターン! と扉が大きく開き、目の前で巨大化したはずのベロちゃんらしきものは布でくるまれ、執事達によって抱えられた。
布にくるまれたその中身は、激しく暴れているように見える。
「汚れを落としてからお届けいたします。少々お待ちください」
メイドさんはそう言うとぺこりと私達に頭を下げ、布でくるまれた塊と共に慌ただしく部屋を飛び出していった。
私達は目をぱちくりさせ、驚きで、しばらく誰も動くことができなかった…。
いま、ベロちゃん人間になりませんでしたかね…??
ハーン 「ますます人外に近づいていないか、ここのメイド」
ヘイン君「汚れ探知の魔法とか、そう言う類のものかな。ちょっと興味あるね」
ディアス「うぅ…」
ノルさん「まだダメージあるようだね」
アルさん「相手がノーラだといろいろ大変そうだ」
シャナ 「皆しゃん、いましゅごいことが起きてましたよ!?
驚かないのでしゅか!? ベロちゃんがっ…」
シェール「今更」
ナーシャ「シャナが起こす騒動よりはインパクトがないものねぇ…」
シャナ 「なんでしゅと~!!」
だんだん心も別の意味で麻痺する人々・・・。




