125話 母様・・・??
よもやセアンが何かしたか!?
皆が栗色のウェーブのかかった、長い髪を持つ蒼い瞳の美少女を睨むと、美少女セアンは一瞬びくりと動きを止め、首を横にぶんぶんと振った。
もう一度父様を見れば、父様ははっと自分を見下ろす。
長身でひらひらの衣装。髪は元々の色に似せたこげ茶色の髪で、身体つきは少々しっかりしすぎているため、衣装は大きめで作られているらしく、肩の違和感などはうまく隠れるようになっている。
その辺りは職人技だ。
そんな父様の姿を、一言でいえば…。
「鼻血モノのロリータ美女でしゅっっ」
うぐっと鼻を押さえた。
父様は自分を見下ろし、鏡の前に立つと、思わずガクリとその場に頽れたが、その姿は、膝を横にして座り込むという乙女座りだ。
今にも「よよよ」と言ってハンカチを噛みそうな雰囲気に、思わず周りの皆がごくりと息を飲みこむ。
「こ」
「「こ?」」
父様の言葉に敏感に反応し、皆が復唱してしまった。
「これは何事ですのー!?」
やはり女言葉だ…。
「と…、父しゃま?」
ひょーいっとノルさん腕から飛び降りて父様に駆け寄ると、見事な化粧を施され、潤む瞳で私を見下ろす父様の美女顔。
思わずゴクリとつばを飲み込んでしまいました。
お…襲っても、よろしいかしら…?
は、いかんいかん。セアンといい、父様と言い、なぜかいつもの感覚を失って、引き込まれるものがある。
恐るべしリンスター家のお化粧。
ちなみにそれを施したメイドさん達は悶えている。
頭をぶんぶん振っていると、父様は私の頭を撫でてにこりと微笑む。その微笑みはやはり蕩けるように美しく、愛らしい。
「て、いかんでしゅっ。この私が惑わされておりましゅっ」
慌ててノルディークの足の後ろに隠れると、父様が驚いたような表情で立ち上がった。
すると、私達の横をすり抜けて、父様の前に立つのは、魔王ファルグである。
やはり塔関係者だからなのか、父様はファルグのことを知っているらしく、目はつり上がり、警戒をあらわにした。
だが、ファルグはそんな父様をかまうことなく、じっと見つめた。
二人の背は大体同じぐらい。じっと見つめられ、思わず父様はのけぞるようにして一歩下がった。
「なるほど。魔具か」
「魔具?」
魔具と言えば、家庭内でもよく使われるランプなどがそうだ。
光の魔法を閉じ込め、一定の力で光を灯すその道具は、城ではシャンデリアなどで使用されている。
モノによってはとても高価な道具である。
我が家のような元貧乏な一家が、そんなお金のかかるモノに手を出すとは思えな…。
否定しようとしてふと私は父様の衣装を見やった。
最近母様達の作る衣装は外へと販売されている。
当然そのおかげで収入も増えた。そして、今まではそのお金で新たな生地を買ったりしていたけれど、最近作る衣装には奇妙な装置が付き始めた。
クラゲの足とか…。
「ましゃか…母しゃま?」
ちらっと母様を見れば、ふるふると震える母様が、目に涙を溜めていた!
「母しゃま!?」
驚いて声を上げると、ファルグはすかさず父様の頭からかつらを奪い取り、そのまま父様の前から離れた。
その瞬間を狙ったように母様が飛び込み、父様が抱き留める。
「驚かさないでください! 死んでしまったのかと思いましたわ!」
ぼろぼろと泣く母様を抱きとめ、強く包み込んで、父様は小さく「すまない」と呟く。
感動的な場面…。
だけど、父様の服装が乙女すぎて絵面が悪いです。
何とも言えない気分で見守っていると、ファルグが振り返った。
「シャナ」
「はいでしゅっ」
ファルグの投げたかつらを受け取ると、私はそれを矯めつ眇めつして、被ってみた。
「どうでしゅか?」
ずるっとこげ茶色の髪を床に引きずりながら振り返ると、カルさんが目を輝かせて鼻を押さえ、アルディスとシェールは思わず口元を押さえ、頬をほんのり赤くして目を逸らす。
ノルディークとヘインはにっこり微笑み、ハーンは「あぁ」と呟く。
「魅了の魔具だな」
ディアスがそう言ってセアンのかつらをすぽっと奪った。
魅了とな!? 魔力干渉に続き、怪しげな道具が出てまいりましたよ!?
そして、なるほどの効力である。
かつらを奪ってしまえば、セアンのあの潤む目の美少女の輝きが激減した。
「魅了の魔具なんて普通は手に入りませんね」
周りの皆の視線から奪うように、私を抱き上げたノルディークは、かつらをはずすと、悶えていたメイドさん達をちらっと見つめた。
メイドさん達の動きがピタリと止まり、目があちこちへと彷徨う。
その間、私はノルディークがはずしてしまったかつらを手に取ろうと必死だ。
あれさえあれば、我がハーレム帝国は盤石なりぃぃっ。
「あのかつらは何かいけないものなのですか?」
ずっと静かに様子を窺っていた姉様が首を傾げる。
「少しな」
ディアスの答えに姉様は目を丸くし、メイドを見つめると、メイド達ははっとして口を開いた。
「あれは裏町に遊びに行った時に見つけたものなのですぅ」
すぐに口を割るあたり、メイド達も姉様に心酔している。もちろん一番は母様だけど。
「裏町?」
姉様のその質問には私が答えられます。
「ちょっと危ない場所でしゅよ。ごくまれに、闇の商人なんて大層な名前を付けた人達がやってきましゅので、何度も摘発してましゅ。ぬふっ、ふぬっ」
かつらに手が届きませんっ。いまだ格闘中です。
「あぁ、その闇の商人です。奥様が美人だから、このかつらをお安くしますと言われて」
ピタッと私の手が止まった。
「裏町ででしゅか?」
「はい」
にこりと微笑むメイドに、はぁと塔の主達全員がため息をついた。
何という危険な取引。そして怪しげな道具。
「アルバートのあの言動もこれのせいだな」
ディアスはセアンから奪ったかつらをくるりと回す。
「あ、それはオプションで付けてくださいました」
闇の商人相手にオプションを付けさせるとは…。
一体何に手を出しているのですか、母様…。
「そんなことより、そろそろちゃんとお話をさせて頂戴」
ふよふよ~っと目の前をナーシャが飛んでいき、母様と抱き合っていた父様が、その声に反応して顔を上げた。
父様の言動に驚きすぎて忘れてましたよ。
「…我が君!?」
精霊ナーシャの姿が若返っていても、やはり父様にはわかったらしい。
ぎょっと目を剥く父様と、じっと黙っているが、実は記憶の本流を抑え込んでいたセアンに、何があったか説明されたのは、夜が明けるころだった・・・・。
とっても眠いけど、一つだけ…。
かつら…ください。




